宝物はなあに?
うだるような暑さが続き、私もマットもすっかり夏バテ気味だった。今日も今日とてどうやって過ごすか考える。「水鉄砲で遊ぶのもいいけれど…」
「涼しい部屋でゲームやってるのが一番!」
「今日は賛成ー!!」
そう賛成はしたものの、私はマットみたいに無駄に卓越した技術は持っていないから見ているだけ。
優しいマットは、私がどんなソフトを選んでも、キャラクターまで指定しても、その都度見事なプレイを披露してくれるから、見ているだけでもとても楽しい。
それにこんな大サービス、マットは私にしかしてくれない。
「今日はどれにしようかなぁ〜!」
うきうきしながら、大量にソフトが突っ込まれた棚を見渡す。
「よし、コレ!」
機嫌良く狙いを定め一本のゲームソフトを引っ張り出そうとした瞬間、事件は起きた。
「あっ!!ナナまずいっ!!」
カタカタカタガタガタゴトンッ…
マットの呼び声虚しく、棚の中身は私が引き抜いたソフトに連なり、崩れるジェンガの如く滑り落ちてバラバラに散らばった。
「あちゃー!ちゃんと整理してなかったから…一旦片付けてからゲームにしよう!」
ソフトのいくつかに手を潰された私は、片付けないマットとそれを見過ごしていた自分に少し苛立ち、棚を片付けることを宣言した。
「えー…」
マットは不満の声を漏らしつつ、片付けなければゲームができないことを察し、渋々と動き出す。
面倒くさそうに手を伸ばし、近くにあった白いパッケージのソフトを一つ持ち上げた。
ヨシヨシ!と自分も片付けに取り掛かろうとしていたその時、棚に戻すと思われたそのソフトをマットがさりげなく違う引き出しに入れたのを見てしまった。
確かに目撃した。
あやしい…
いかがわしいDVDとか?
潜入先で出会った女の子の連絡先とか?
一気に疑念がわいてきて、しまわれたソフトの中身を確かめたくなる。
「あれ?あのソフトがない、ここにしまいたいんだけどな。マット、白いパッケージのソフト知らない?」
気づかなかったふりをして聞いてみると、何とマットは平静を装って答えた。
「ん?見てない」
うそ、ついた!
ごまかすなんて。
「さっき拾ってなかった?」
今度は少しプレッシャーをかけてみる。
「あぁ、あれか。売ろうと思ってたから、こっちに入れとく」
普段冗談ばかりのマットが大人しい調子で話すと、著しく際立つ。
「じゃあ最後に見たい!今からやるゲームそれにする!」
「え…あれ飽きたし、別のでいいよ」
「やだ。あれがいい。出して」
怪しさが増す一方なので、半分怒り、半分悲しみで段々語気が強くなってしまう。
あの引き出しの中が気になる。気になるけど怖い。怖いけど、やっぱり秘密は嫌だよ。
「いいって!ほら、こっち片付けよ!な?」
もはや「かっこ汗」と表現した方がいいのではないかというくらい、マットの口調が、態度が、隠し事を物語っている。
そっちがそうなら。
「…分かった。…じゃあ見るのはこのゲームにする。ここに置いとくね」
渋々を装って違うソフトを選ぶと、マットは安心したように息を漏らした。
しかし私たちの水面下の攻防は続いていた。
「じゃ、片付け進めよう。マットの近くにあるシリーズ5本は、この段。端から並べて?」
上目遣いで頼むと、引出しから意識を逸らしたい一心なのかマットはすぐにソフト5本を拾い集めた。
マットがソフトを持って棚の方に近付くのを待って…今だ!!
私はダッシュで怪しいソフトがしまわれた引き出しに向かって突き進み、俊敏な動きで引き出しを開け、肝心の物を手に取った。
「ちょ!!ぉいっ!」
マットもそれを警戒していたのだろう、即座に持っていたゲームソフトを手放し、こちらに向かってきた。
「それ!返しッ!」
「やだ!」
傍から見れば、兄弟みたいなゲームソフトの取り合い。
だけど、お互いに譲れない思いがあり揉み合うはいい年した大人二人。
「こちょこちょ」
「きゃっ!ずるいっ」
一瞬の隙に脇をくすぐられ、ソフトを押さえる力が緩んだところで、せっかく入手したソフトをマットにスッと奪われてしまった。
乱れた息を肩で整えながら、いよいよ本題に入る。
「…あやしい」
「あやしくない」
「マットおかしい。そのゲームソフトの中に何か隠してるでしょう?」
「何も?ただのソフトだって」
「じゃあ見せて」
「やだ」
「何でよ!?」
「ダメなもんはダメ」
「何が入ってるの?」
「…宝物」
宝物だぁ!?私に見せられない宝物って何よ!!
「えっちな写真とかなんでしょ!!」
「えっ!?ちげえよ!」
「じゃあ普通の宝物なら、私に見せてくれたっていいじゃない」
「いやナナには絶対…うん、絶対見せられない」
「何でよ…」
ここまでしてるのに確信を持って絶対見せられないと言われるなんて。
マットを信じたいけど、そんなあからさまに隠されたらつらいよ。
やるならもっと上手に隠してよ。
潤み出してしまった視界。涙は気持ちを落ち着けようと思えば思う程、みるみるうちに瞼の許容量を超える。
「えっちょっ泣かなくても!怪しいもんじゃないから!」
大好きな人に堂々と隠し事されてるんだもん。泣くよ。
…あ。
でもマット今うろたえてるな。
「ごめんっ!」
今しかないと判断した私は、一瞬の隙をついてマットの手からソフトを奪いにかかった。しかしさすが警戒を続けていたマットの方も手に力を入れ…
左右から引っ張られたソフトは宙を舞い、落ちた。そして、床に当たった衝撃で中身が飛び出した。
「あ゛あ゛!!」
マットは変な声で叫んだけれど、中身が飛び出してしまったからかその場で立ち尽くしている。
私は大急ぎで駆け寄り、落ちているものを手に取った。
確認してみると、それはポラロイドのような写真の数々。
子ども達と庭を駆け回って笑う姿。
映画に感動して涙する横顔。
マットの手を握りながら薄く微笑む寝顔。
全部…
「私!?」
かあああ、と顔が熱くなる。
「ど、どういう、えっ?」
「だから宝物だって言っただろ…」
がくっと頭を落とし、その場でしゃがみこむマット。
わ、私の写真が、マットの宝物なの?
「全部盗み撮りしたやつだから、ナナには見せられないし。勿論超レアショットだから他の奴にも絶対見せないけど」
…じーん。
感動で胸がいっぱいになる。
マット、疑ってごめん。
いつもこんな風に私を想っていてくれたなんて。
…
…ん?
盗み撮り、って言わなかった!?
私は更に散らばった写真を拾い集める。
湿った髪から水が滴っている入浴直後の姿や、暑くて胸元に空気を入れようとパタパタ仰いでいるところ。
「なに…これ…」
よくこんなもん集めたな、という確かに超レアショット。
「はい、マット」
「?」
私が感動して拾い集めた写真を返してくれると思ったらしいマットは、こちらに手を差し出す。
「これは没収します」
「ええっ!!!」
片付けどころか宝物の没収まで言い渡されたマットは、更なる嘆き声を発する。
「集めるの大変だったのに…」
肩を落としているマットを見ると、少し気の毒にもなるけれど、やっぱり恥ずかしいよ。
ねえ、それならさ。
「こんなもの集めなくたっていいように…これからもずっと一緒にいればいいのよ!生で、映像で、もっと目に映してくれればいいでしょ」
「ナナ…」
あれ。私今大胆なこと言ったかも。
もうこの話はおしまいにしよう。
「とにかく盗撮禁止!」
「俺は諦めないぞ!!」
「…」
わざとらしく軽蔑するような視線をマットに送ってから、私は自分の写真をポケットに突っ込んだ。反省のない彼氏の足を踏んづけ、棚の整理を再開する。
再度床に散らばったソフトに目をやると、さっきマットが投げ捨てたシリーズもののソフトたちがあった。そこまでして隠したかったマットの宝物、見てしまった…。
すごく恥ずかしいけれど、ちょっと嬉しかったり。
「ねえねえナナ」
「なに?」
しかしそれも束の間。
後に続いて整理を始めたマットに訊ねられて、私は再び慌てる羽目になった。
「さっきのってプロポーズ?」
「ち、違います!!」
宝物はなぁに?