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留守番
喉を走った刺激に、自分も英国人なのだと実感する午後3時。

「うわっ!炭酸っか…よ…っ!」
「ん、紅茶が良かった?わっ!ご、ごめ…!」
「別にいいん…だけど…ごほっコーヒーと、勘違いしたっげほっこほっ」

ひとしきりむせ込みながら考えたこと。


“正直に言えば紅茶が良かった”


が、まあ、それは言わずにおこう。

それにしてもうっかりとコーラを出すほどに、ナナの中で由々しき事態なのかと、乙女の胸を巣食う悩みの深さに恐れ入る。

「ああ…大丈夫。それにしても珍しいチョイスじゃん」

ぼんやりと考え事をしながら俺にコーラを手渡し、結果むせさせた事態にハラハラと心配するナナに応え、何とか言葉を返した。

何も問題はない。
もう少しでクリア寸前だったシューティングゲームの最難関ステージ、画面に鎮座した赤いゲームオーバーの表示も、今日は問題ないことにしといてやる。

何も知らない彼女は、憂鬱のため息をこぼして。

「飲みたい気分なの」

その理由は知っている。

メロが1週間ほど、Lからの調査依頼でアメリカへ行っていたのだ。

メロには対象者との接触を伴う調査が充てがわれやすい。前回の調査で軽度だったが怪我をして帰ってきたメロのことが、ナナは片時も忘れられない。

やたらと薄いコーヒーを出す日が続くと思ったら、帰国の連絡がきた今日は突如としてコーラに差し替えられたので、さすがに喉も驚いたという訳だ。

「これでもう連日のU.S.A.気分も終わりだろ。今夜は優雅にティータイムじゃん」

「まだ考えられない。無事に怪我なく帰ってきてくれるまで、落ち着けそうにない…!」

「怪我なく」と口にして、自らの言葉に不安を増幅させたナナは、指先をもじもじこすり合わせ、ため息をつく。
まつげの先が下を向き、微かに震えている。話すたびきゅっと閉じられる唇がいじらしい。

俺もメロの無事は重々祈ってるけどさ。想われるってのはいいもんだなと、少しばかりあいつが羨ましくなる。


その時、視線を下げたナナの背後の窓。そのずっと向こうに、門をくぐった車が見えた。

意地悪でもしてやろうかと思ったけど、俺は俺の一言で彼女の笑顔を引き出せることに気が付く。


「お、帰ってきた」


「本当!?」


本当。本当に一瞬、まだメロだと確定していないのに、ナナは俺の言葉にきらきらと目を輝かせる。
そして彼女は柔らかな残り香だけ置いて、窓辺へ駆け寄る。

「わあ!!マット!!ありがとう!!」

何がありがとう、なんだか。
浮いたり沈んだり、まったく忙しい一週間だった。

「良かったね」
「うん!!メロがいなくて退屈って言ってたし、マットも良かったね!」

振り向いたナナは、心から俺の退屈明けを祝う表情だ。

「あぁ」

何となく呟いていた言葉を思い出し、苦笑してしまった。

「…そうだな」

この部屋で奴の帰りを喜んでいるのは、悔しながら彼女だけではなかったようだ。


**


ドアが開くと弾けるようにナナが立ち上がる。

一週間ぶりのメロは、特にこれといって変わった様子はない。見たところ怪我もしていないようだし、身に付けるものも汚れたりくたびれた様子がない。

むしろ艶が増したのではと思わせる金髪を肩のところで淑やかに跳ねさせていて、Lが用意した滞在場所は高級なホテルだったに違いないと確信した。

今までと変わらぬ切れ長な目に、今までよりずっと穏やかな瞳をのせて、メロは駆け寄るナナを片手で受け止める。

もう片方の手は荷物を持っているのだ。受け止めた方の手でメロはナナの頭を引き寄せ髪にそっと口付ける。

「怪我してない?どこも血、出てない?」
「ああ…出てない」
「本当?無理してない?」
「してない。心配かけたな」
「全然大丈夫!今回はメロがハウスにいないこと、すっかり忘れてたくらいだもん!」
「そうか、いい子にしてたか?」
「してたしてた!」

俺がいるということを二人とも忘れているのか、よしよし、とメロがナナの頭をぽんぽん撫でている。ナナも調子がいい。何がいい子に「してたしてた!」だ。

俺の送った1週間に密かな哀愁を感じつつ立ち上がる。

邪魔もんはおいとまするとしよう。
何せ俺はゲームがしたい。

メロの手元に狙いを定めつつ近寄ると呑気な声が聞こえてくる。

「マット!優雅なティータイムやろうよ!」

「俺はコーラ飲んだばっかだからいい」
「…コーラ?」
「わぁ!!メロ何でもないの!マット!しっっ!」
「喉が痛いなぁ。最近紅茶もご無沙汰だったし」
「ちょっっ!だから今ティータイム誘ったんじゃない!マット!!」

それ以上言わぬよう必死に制止する姿はいつも通りのナナで、やっと冗談を言っても大丈夫そうな様子に安心した。


持ち帰った荷物をナナがベッド上で広げ出すのを見届け、その隙にメロへ近付いた。
部屋に入ってきた時からずっと持っていた愛しの手土産ちゃんを受け取る。

「さんきゅー!」

中身は昨日ワシントンで先行販売された最新のゲームソフト、そして煙草をカートンで。

「あ!マットだけお土産?いいないいなー!!」

頬を膨らませたナナ、その言葉と態度を受けすかさず言ってやる。

「俺だってただぼんやりしてた訳じゃねーっつうの!」

そして“そうね、ずっとゲームで忙しそうでしたし!”と憎まれ口を叩き返してくるナナの死角に立ち、メロに耳打ちした。


「出発から2日は何も手につかず機嫌が悪かった、3日目から徐々に落ち着いたがミスは増加傾向。昨日今日の朝方は泣いてるみたいだったよ。寂しくなると子ども達と遊んでた」

メロは一点を見つめて薄く相槌を打つ。

「…悪かったな、助かった」

「いーえ。こちらこそ♪」

手土産を持ち上げブラブラ揺らして見せると、メロの口角が僅かに上がった。


二人の気配に気がついたナナがハッとしてこちらを覗き込む。

「マット…!…言ってないよね?」
「あん?薄いコーヒーとコーラでU.S.A.気分満喫してたってこと?」
「…U.S.A.気分?」
「ぎゃーー!!メロ!何でもないの!!」

大慌てで赤くなるナナを最後にたっぷり見届けて、俺は部屋を後にしたのだった。


留守番

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