バレンタインノススメ
1・まず誰に渡すかを決めましょう…決まってます。迷うことなく。
2・どんなプレゼントを渡すか決めましょう
…そりゃ勿論チョコレート一択。
3・プレゼントを用意しましょう
…してありますとも。何日も前から。
だけれども。
4・意中の相手の元へ行きましょう
これ。ここが問題なのである。
私は渡すだけになったチョコレートの箱を棚に戻してこの日に似つかわしくない苦々しい顔を浮かべた。
バレンタイン ノ ススメ
メロと過ごすバレンタインデーに悩んでいると言ったら、みんな口を揃えてこう言うだろう。
「バレンタインといったらメロの日みたいなものじゃないか」と。
甘い。チョコレートくらい甘い、その考え!
そう、確かにバレンタインといえばチョコレート、チョコレートといえばメロ。間違いなし。
「なるほど、毎年のことだとネタ切れで何をあげようか迷っちゃうのね」
なんていうのも可愛い悩み。目の前に置いた箱の包み紙くらい可愛いです。
問題はね、そこじゃない。
「バレンタインデーといえばチョコレートといえばメロだと、みんなが知っていること」
なのだ。
*
部屋に渡すはずのチョコレートを残したまま、様子を伺いにダイニングルームに向かう。
ドアを開けて入ると、マットがゲームをしながらチョコレートを貪っていた。その横でニアが板チョコをかじっている。
「おはよう」
「おはよ!ご自由にコーナーに大量にあったやつ、いいんだよな?」
「勿論。何もないんじゃ味気ないでしょ。いっぱい召し上がれ」
「これを何枚も食べていたら具合を悪くしそうなものです」
「ね」
フォローなのか茶化しているのか、ニアがメロを揶揄するようなことを言う。
「メロの日だからなー」
「…そうね」
くすくす笑うマット、返す私の声には不機嫌の色が混ざってしまう。
「外で追いかけられてましたよ」
ドアが開いて部屋に冷気が混ざり込んだ。入ってきたのはL。
「足が鍛えられていいんじゃなーい」
冷めたように返す私に「想定内」と3人は特段気にかける様子もない。
窓際に寄ると、見える見える。ハウスの庭の端、メロの周りに群がる女の子達。
たまにハウス内を出歩く時もチョコレートを食べているものだから、みんな会えないかもしれないお兄さん相手に願掛けのような祈りを込めてチョコレートを用意しているのだ。そして念願叶って遭遇成功と。おめでとう。
そんなことに目くじらを立てている訳ではないの。それより…
「さて、これはどうしましょう」
荷物を抱えたワタリがLから少し遅れてダイニングに入ってくる。見たくないものが、目に入った。
*
ベッドの上で寝返りを打ち、塞がっていた胸を解放すると少し呼吸が楽になる。
呼吸、といっても出てくるのはため息だけだけど。
ワタリが抱えて入ってきたのは、案の定チョコレートやプレゼントの山だった。
バレンタインデーが憂鬱なのは、メロの情報の少なさに由来する。
メロの誕生日は?年齢は?
住んでいる場所に、本名は?
誰も知らない誰も答えられない。
でもその彼について唯一明らかな情報がある。
"He likes chocolate."
だからメロに好意を抱いているたくさんの人がバレンタインのこの日、こぞって彼に贈り物を用意する。依頼で知り合った表裏問わない有力者達が、橋渡し役のワタリを通じてメロへ友好の意を示そうとする。
それがバレンタイン。それが私とチョコレート好きな恋人の、バレンタインの過ごし方。
少女達の可愛い好意ならまだしも、各国のセレブリティ、表には出てこない組織関係者、窃盗や詐欺等その道のスペシャリストからの熱烈なプレゼントに、私は圧倒され吹き飛ばされそうになる。
高級な貴金属を添えられたブランドもののパッケージ、凝った作りのオーダーメイドチョコ、有名なパティシエに作らせたこの世に一つだけのケーキ。
私がどんなチョコレートを用意しようと、敵う訳がない。居た堪れなくて、気が重くなる。
卑屈さが顔を出し、平々凡々な私がメロの恋人であることに自信を失って、釣り合わないと否応なく思わされる。
それが、私のバレンタイン。
気にしないフリをしてきたけれど、あのプレゼントの山をいざ目の前にしてみたら、強張った顔も自信のない胸の内もやっぱり繕えそうにない。
棚に置いた、私と同じくらい平々凡々なチョコレートに背を向け、夕陽を眺めていたその時、部屋のドアが慎重にノックされた。
「ナナ」
「…」
「いるのか?入るぞ」
「んー」
ドアが閉まる。ぱたん。
「具合でも悪いのか?」
「悪くないよー」
「じゃ、」
機嫌が悪いんだな、と呟いてメロがベッドに腰掛けてくる。足元が少し沈んだ。
「べつにー」
「ナナさん、今日はバレンタインなんだけど」
「知ってる。メロさんが沢山チョコ持っていたので」
かなり刺々しくなってしまった。
我ながら可愛くない言い方。
「あれ全部お前にやるよ」
「いらない」
「どっかのパティスリーのケーキ入ってた。欲しがってたろ」
「あれは、他の人がメロにあげたものでしょ!」
語気を強くして思わず上半身を起こす。私がどんなに惨めな気分かぶつけてやろうと思った。それなのに。
メロの所作は反則だった。
振り向いた姿勢は私が起き上がるところまで想定されていて、ちょうど視線の先にぶつかった目は優しくこちらを見据えていた。私の手を取ると、ぎゅっと握り視線を落とす。
「欲しい人からもらえなかったら意味がない」
夕日を浴びたメロは金髪をオレンジに染めながら一言そう呟いた。
そして身体一つ分近づいて私を抱きしめる。あーぁ、チョコの匂いだ。全部甘くしちゃう、チョコの匂い。
「ナナからのがいい」
耳元でそう切望されたら、不安も何もかも飛んでいく。あの棚にね、ちゃんとあるんだ。早く言いたい。
*
あっという間に私からのチョコレートを平らげたメロが偉そうに言った。
「バレンタインは贈り合う日だからな」
「はい?私何ももらってませんけど」
「やっただろ。俺のチョコ。レアもんばっかだぞ」
「うわ!最低!女の敵!」
「プレゼントを使いまわしてる訳じゃなくて」
「?」
「ナナからのだけを受け取るっていうのが、俺からの好意…というか」
もごもご言っているメロが赤くなり出したから、私は何だか笑ってしまった。
笑ってしまって、同時に泣きそうだった。
あんなに不安だったのに、あんなに憂鬱だったのに、メロはあっけらかんと私の否定を否定してくれる。
目の前の素敵な恋人に心を込めて感謝。来年も再来年も揺るがないぞ。その時には今よりきっと、もっと深い仲に。
バレンタインノススメ
5・とびきりの笑顔を添えて
そうだ、とびきりの笑顔を届けたらよかったんだ。卑屈にならず、悲観せず。
大好きな大好きな、チョコレート好きの恋人ただ一人に。