おあずけのそのあと。
波乱の幕開けだった。「あら、エミリー。どうしたの?」
昼食の片付けが終わった後、ハウスのキッチンで数多あるチョコレートにリボンをかけていると、可愛いお客様が来た。エミリー。陶器のように滑らかな肌に、輝く瞳と血色のいい小さな唇を備えた、麗しい7歳の美少女さん。
「あのねえ、お兄さん探してるの。ナナちゃん知らない?」
お兄さん…。正直なところ、ナナちゃんには候補として浮かぶお兄さんが複数人いる。
どのお兄さんがどの子と面識あるか分からないし迂闊なことは言えない。
「どういう人〜?」
ピンと来ていないフリをして尋ね返すと丸いお目めをクリクリさせながら、エミリーが答える。
「ブロンドのお兄さん。」
ナイス、メロね。
「あぁ、ブロンドのお兄さんってちょっと目がこわい人?」
閃いた風を装い確認すると、エミリーが勢いよく頷く。ゆるくウェーブがかった髪が、動きにつられて肩を滑る。水分を含んでしっとりと綺麗な彼女の髪もブロンドだ。
「さっき図書室に本を探しに行ってたわよ。」
居場所を教えてあげると、色素の薄い睫毛を瞬かせ笑顔の花を咲かせる。
幸せそうな表情。何て可愛らしいんだろう。
こちらまで嬉しくなって尋ねる。
「そのお兄さんに何かご用?」
「私ね、あのお兄さんが好きなの!会いに行ってくる!」
うずうずと今にも走り出しそうなエミリーの様子に私も笑顔になる。
「そう、行ってらっしゃい。」声をかければ、おとぎ話の主人公みたいに一目散、目的の場所まできらめくウェーブヘアを揺らして行ってしまった。
さて。私の方はバースデープレゼントに用意したチョコのラッピングを仕上げなければ!
夜、二人になったら渡す予定。楽しみ。
**
今日はメロのお誕生日。
そうはいっても、ハウスのお手伝いはいつも通り忙しい。
子供達はクリスマスパーティーに向け歌の練習をしたり、サンタさんから何がもらえるかを想像して盛り上がったりの日々。
慌ただしく過ぎる毎日の中、浮き足立ったみんなの様子は微笑ましくて、なんだかんだ言ってもやっぱりこの季節が大好き。
この間、サンタさんから何がもらえるかしら?と聞いたら「サンタクロースについての文献と諸説の中から、存在していない可能性もあるのでは。」なんて5歳の子に言われて苦笑いしてしまった。これもまた、ハウスならではのクリスマスの光景。5歳の彼は私が責任を持って驚かしてやろうと心に決めている。
**
夜、子供達が部屋でくつろぐ時間。そろそろ消灯の見回りに行こうかとガウンを羽織る。この時期、夜の廊下は凍えそうな程寒い。
キッチンを出たら一旦振り向いて、今日は丁寧にドアを閉める。
ドアに遮られ徐々に見えなくなるキッチンの、端に置いてある冷蔵庫を見つめる。
見回りが終わったら迎えに来るから、チョコちゃん、そこで溶けずにお利口にしててねっ!
長い1日が終わってやっと二人きりでお祝いできるその時が近付き、子供達以上に浮き足立てて私は歩みだした。
「あれ?エミリー戻らなかった?」
エミリーと同室のカレンに聞くと、「うん。」とそっけないお返事。
最初に見回った時は「夕食時以外見ていない。」とのことで、全体を見回っている間に戻るかと消灯は保留した。ところが再度覗きに来た今も、まだエミリーは部屋に戻っていないらしい。
「ナナちゃんこそ心当たりないの?」
カレンに聞かれ、そういえば!昼休みにエミリーがメロを探していたことを思い出す。
カレンに先に休むよう伝えて、私は図書室に向かうことにした。
**
「エミリー、ここにいたのね〜!」
図書室のドアを開け、安堵する。この時間に不釣り合いな、カナリアのように高い声が聞こえたのだ。
「あ!ナナちゃん!どうしたの?」
きょとんとした顔でこちらを振り向くエミリーと、その先に少しうんざり顔のメロ。
「どうしたって、もう消灯の時間よ。遅くまで部屋に戻らなかったら心配するでしょう?」
室内に足を進め言い聞かせるように伝えると、メロが「その通り。」と小さく頷いた。
ところがエミリーはにっこり。
「大丈夫!私にはお兄さんがいるから!」
目配せするようにチラリ、と視線を隣に座った"お兄さん"に送っている。
困った様子を滲ませながらもはっきりとは否定しないメロ。どうやら散々好意をアピールされたのか、7歳の女の子を前に冷たくすることもできないようだ。
無理に引き剥がすと抵抗しそうなので、少し話を聞くことにする。
「エミリー、ここで何してたの?」
「ふふ!お兄さんのお手伝いしてたの!」
「そう。良かったわねぇ。」
にっこりと相槌を打てば、エミリーの表情が柔らかくなる。
「だけどお兄さん、名前教えてくれないのよ!」
「わざわざ名乗るまでもないって言ってんだろ。」
「好きに呼べって言うから、私のお人形と同じメロディちゃんって呼ぶよ!って言ったんだよ?ふふ!」
くすくすと肩を縮めて笑う姿の愛らしいこと。そんなことより、なかなかいい線をいっているネーミングセンスに吹き出しそう。
メロと目が合って、ますます笑いが込み上がり、横を向いて滲んだ涙を指ですくう。
「エミリー、今日はメロディちゃんと一緒に過ごせて良かったわね。さぁ、そろそろお部屋に戻りましょう。カレンも待ってるよ。」
本題に差し掛かると、
「いーやーだぁー!」
駄々をこね、エミリーはメロに抱きつく。
胸の中がほんの少しチリチリする。何を少女相手に胸をチリつかせているのだ私。ああ、そうか彼女が戻ってくれないと二人きりのお祝いタイムが遠ざかるからだ。ヤキモチ…ではないよね?
「私、お兄さんとずっと一緒にいたい。」
告白よろしくうっとりと告げるエミリーにメロが手厳しい言葉をかける。
「おい、我儘言うな。ナナと部屋に戻れ。」
「やだ!」
「エミリー、もう寝る時間よ。また明日にしましょ?」
重ねるように声をかけると、エミリーの小さい唇から決意の言葉が飛び出した。
「やだ!離れたくない!今日は…何か、特別な感じがするの。わたし今日はお兄さんの側に行かなくちゃって、思いついたんだから!」
ぐずり、半泣きになった彼女を見て、思わず息を呑んでしまった。
すごい。
何も知らないはずなのに。メロの誕生日にそんな風に思ったの?偶然?
決心を秘めたその表情に面食らう。
小さな彼女の胸を満たす本気の恋心、メロのことが大好きと揺るがない瞳。
7歳のお嬢さんの真剣さに、私はちょっとした危機感を感じる。
すごい勘だよ、運命的。
メロはそうは思っていないみたいで、
「また今度相手してやるから。部屋に戻れ。おい、ナナ…」
と私に助けを求めてくる。
そこで敏感なワイミーズ育ちが鋭く気がついた。
「なんか。二人…仲良し。もしかして、お兄さんとナナちゃん…恋人!?」
恋人、なんて一体どこで覚えてきたのか。
「こ、恋人じゃないよー!」
焦って否定する。子供達の手前、認める訳には…。
「ほんとぉ?」
ずいっと身を乗り出し、エミリーは焦る私を覗き込む。目線に耐えられず思わずメロの方を見ると、
「こんな女と付き合うかよ。」
エッジの効いた助け舟を出してくれた。
「ほんと?じゃあお兄さん好きな人は?いるの!?」
「ああ。」
「!!!」
エミリーが目を見開いて固まる。何もそんなこと、今言わなくても。
「ど…どんなひと?」
ごくり、と喉を鳴らすかのよう真剣に聞かれた質問に、メロが口を開く。
「少しだらしないとこもあるが…本気出したらすごいやつ。」
メロの言葉は曖昧で、目の前の少女を傷つけないようにしているのが分かる。
ぼかしながらでもそんな風に言われるなんて…えへへ。
「そうなんだ…でも私だっていつかはそうなれそうだよ!
そしたら、絶対お兄さんの恋人になる!」
「なってもいいことなんて一つもないからやめとけ。」
「あるよ!一緒にいるだけで楽しいもん!」
エミリーが迷わずそう口にすると、メロは彼女のブロンドをくしゃくしゃと撫でた。
「わっ!やめてよ!
ねえ、じゃあもう帰るから、その好きな人の名前だけ教えて?お願い!」
少しの沈黙。ここで言ってしまったら台無しだし…そう思った矢先、メロがエミリーに耳打ちをした。
大好きな憧れのお兄さんに顔を寄せられた彼女のドギマギした顔は、微笑ましいような、少し切ないような。
メロのことだから、うまく濁したんだろう。聞き終わっても私を見る目が変わらないエミリーを見てそう思う。
まだぽけっと夢見心地な恋する乙女に手を差し出すと、満足したのかこちらに来てくれた。
「いいクリスマスにしろ。」
そっけなくも優しい別れの挨拶を聞き嬉しそうに頷いたエミリーの、しっとりと汗ばんだ手を引いて私は彼女を部屋に送り届けた。
**
キッチンに寄って手提げにチョコのプレゼントを忍ばせてから図書室に戻ると、メロが待っていてくれた。
暗い廊下を二人で並びながら、普段生活している秘密棟への通路へ進む。
何だか言葉が出ないでいると、メロの方が先に口を開いた。
「静かだな。」
廊下じゃなくて私が、ね。
だってだって…
「メロ〜〜。私、妬けちゃった…!」
は?という顔をするメロを見てもなお止まらない。
「私7歳相手に妬いちゃったかも…。だってエミリーってばすごいよ、メロが今日誕生日なことを何となく感じ取ったんだよ。絶対可愛く成長するだろうし、なんか…なんか最後の方妬けてしまった…!情けない〜…!」
顔を覆って嘆いていると、メロは「阿呆か。」と呟いている。指の間からちらっと覗いて見えた顔は、少し口元が緩んでいる。
「エミリー、一途だからきっと大人になるまでメロのこと好きなままだよ。年の差だってそんなにないんだし。私ピンチだよ〜。」
つらつらと思うままに口に出すと、
「俺の意向はどうなる、俺の意向は。」
とメロが答える。
メロの意向?まぁ確かにメロが私のこと好きでいてくれれば問題はないけどさぁ。
君の意向は?
じとっとした目つきでメロを見ると更に言葉が続いた。
「大体その頃には俺らはハウスから出てるかもしれないだろ。」
「へ?」
へ?どういうこと?
「俺らって?我が家の探偵陣?」
「違う。おれ と おまえ。」
こちらを見据えてはっきりと答えたメロの言葉の意味…勘違いして浮かれちゃいそう。
それってプロポ…
い、いやいやいやいや話の流れだよね?
高鳴る胸を抑えて進む。今日プレゼントをもらうのはメロなんだから、この件には食いつかないでおこう。う、うん。
「え、えっと。」
「…。」
メロもバツが悪いのか黙ってしまった。
何を話そう。えーっとえーっと、あ!
「恋人の名前聞かれた時、エミリーに何て言ってごまかしたの?」
ナイス質問!
「…。」
「…?」
「深い意味はないぞ。」
「ん?」
「…マートル。」
「…まーとる?誰よそれ。」
「マットからもじった。」
「マット!!」
急激に笑いが込み上げ、私は今度こそ見事に吹き出した。
「少しじゃなくてだいぶだらしないよ!!あぁ、でもやる時はやる男?みたいな?何だ〜あれ私のことじゃなかったのね〜。」
「あいつはこういう時何かと便利なんだよ。」
「失礼なんだからー!この話、明日マットに言ってもいい?意味深風に!」
「面倒くさいことになるからやめとけって。」
ため息をつくメロが面白くて素敵でたまらない。
冷えた暗い廊下も、メロと一緒なら怖くないし寒くない。薄闇の中、いつもより心近く話し続けられるなら、この廊下がもっと長くたって構わない。
「絶対言う…!」
「ふざけんな。」
笑いながら顔を見合わせると、私たちはどちらからともなくキスをする。暗がりに溶け込んで、一歩近づきあって。ぬくもりを頼りに唇を重ねる。
ふわっと香るチョコレートの匂い。いつでも、胸いっぱいにメロが好き。
「部屋に入ってからするべきだったね…。」
メロの部屋が見えてきてそう告げる。
「したい時がしどきだろ。」
メロが意外と情熱的なことを言う。
部屋の前まで来た時、
「メロはああ言ったけど、メロと付き合ったらいいこといっぱいあるよ。私、幸せだもん。大好き。」
暗闇に乗じてストレートに伝えると、顎を持ち上げられ
「違うことしたくなるからそういうのは中で言え。」
と言われた。顔が熱い。
**
「やっと二人きり!お待たせしました!」
「ん。」
暖かい部屋に入り、手提げから取り出したリボン付きのチョコレートを披露する。
お預けをくらったけれど、ここからが本日のメインイベントなのよ。
「じゃじゃーーーん!メロディちゃん、お誕生日おめでとう!」
「その呼び方やめろって。」
「へへ。改めまして…メロ、お誕生日おめでとう!
プレゼントに、世界の色々チョコを集めました!
まずボンボンオショコラからつまむ?プラリネも一応用意したけど、今はチョコレートオンリーでいきたい気分でしょ?一応ホワイトチョコもあるよ、こっちはお酒入り。いっぱいあるから好きなの選んでっ!」
苦労して取り寄せた数々のチョコレート。巻きつけたリボンが崩れないようにテーブルに置くと、ベッドに腰掛けていたメロがすかさず立ち上がってこちらに来た。
メロはリボンを解いてチョコ山から引き抜くと、「これ。」と言いながら私の手首に器用に結び直してくれた。
ブレスレットのように赤いリボンが巻かれ、いい感じ。
「可愛い!素敵な再利用!」
今夜はこれをつけていよう、明日からはヘアアクセサリーがわりに使おうかな、なんて考えた矢先、メロがあっという間にリボンを解いてしまった。
「あ。」
「だから、これ。これにする。」
「?」
「誕生日にはナナにリボンつけてくれるって言ってたよな?」
「ぁ…!」
「廊下の告白はお誘いだろ?遠慮なく…いただきます。」
「ぅわぁっちょ!ちょっと待って!」
メロに手首を掴まれ引っ張られる。
やや強引にベッドに組み敷かれ、熱い視線から逃げるように横を向くと床に落ちたリボンが目に入った。
あぁ、再利用は無理。明日以降、あのリボンを身につけたら意味深なサインになっちゃう。
真上にいるメロの髪の毛が、はらりと落ちてきて頬をくすぐる。
私はメロのプレゼントになれる?
問うまでもなく、答えを含んだ愛しい人の唇が、瞳が、熱を帯びて近づいてくる。
ああ、それなら本望か。
目を閉じ口を小さく開けると、私は熱を受け入れた。
お誕生日の今夜は、とっておきのプレゼントできっと熱い夜になる。
…チョコレート、溶けないといいけど。
おあずけのそのあと
happybirthday!!!Mello**
2015.12.13