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Mistake
綺麗に畳んだ洗濯物を重ねて持ち、私はよろよろと動き出した。これから、各自の収納場所へ衣類を片付けに行く。まとめて持った清潔な洋服たちに視界を遮られながら、落とさないよう慎重に足を進める。

この家の天才さん達の衣類のケアは何かと気を遣う。

感覚が研ぎ澄まされている分、敏感というか何というか。
強すぎる匂いがついたりしないよう注意が必要、とはいえ肌触りや着た時の馴染みの良さも大切で、快適な柔らかさ・香りに仕上がるよう、私はいつも小さなこだわりを持ってお洗濯している。

(特にニアのシルク製パジャマの扱いが難しいのよね…)

すぐ匂いも皺もついてしまう。
ふと仕上がりが気になって、抱えた洗濯物の一番上に置いたニアのパジャマに鼻を近づけてみた。

強すぎる芳香が漂うこともなく、ほんのりとしたシャボンの香りだけがかすかに届く、まさにちょうどいい仕上がり。
自分の腕の良さに嬉しくなって顔がついにやけてしまう。気分は上々。


誤解が生まれたのはまさにその時だった。

「ナナ…何してる」

声に気が付いて視線を前にやると、メロが立っていた。こんなところで会えるなんて嬉しい。けど、何だか嫌な予感がする。
メロは不愉快極まりないといった目つきでこちらを睨んでいる。

そうだ、しまった。
直感で分かった。メロは誤解している。

「メロ!あのね、もしかしたら今誤解してるかもしれないけど、洗濯物の匂いを確認してたのよ?」

「わざわざニアので?」


あぁ、もう。

メロが怒ると、やましくなんてないのに焦ってしまう。

「深い意味はないの、ニアのパジャマは特に…」
「ニアのは特別だってことか」
「そうじゃなくて…」
「焦ってる」
「メロが聞いてくれないからじゃない!」
「やましくなれけば焦ることもないだろう」
「違うってば!落ち着いて聞いてよ!」

メロの生い立ちも、彼の感情を左右する事柄も心得ている私は、必死だ。だけど涙目になって大きな声を出す私は、メロの目には違う意味の必死に見えるらしい。
つまり、誤魔化していると。


「…ニアに聞いてもらえばいい。」


ちょっと!と呼び止める声も空しく、メロはくるりと後ろを向くと、足早にその場を立ち去ってしまう。

追いかけたいけれど、抱えた洗濯物の山とメロが話を聞いてくれなかった憤り、そして何より怒ったメロの顔をもう一度正面から見る勇気がなくて足が動かない。

悔しい気持ちと不安と、メロを悲しませてしまった事実に胸が潰されて、視界がみるみる歪んでいく。


Mistake


後ろから足音が聞こえて誰か来たのが分かったけれど、塞がった両手のせいで頬を走る水滴を咄嗟に拭うことは適わなかった。

「ナナちゃん♪一人で何して…えっ!?」

マットが私の顔を覗きこみ、すぐに固まった。ゴーグルで見づらい目元はともかく、口元だけで「まずいものを見た」という表情をしているのが分かる。

きっと涙でぐしゃぐしゃの顔をしてるのだろう。
持った洗濯物を落とさないよう慎重に手を横にずらし、ぐすぐすと袖で涙を拭った。

だってメロは、私が他の人の前で泣くのを嫌がると思うから。


こんな風にいつも、誰といてもメロを想っているのに、私を信じてくれないなんてひどいよ。

そう思うと、拭いても拭いても涙が溢れてきてしまう。

「えっちょっどうした!?俺、なんかした!?」

焦るマットに、ぶんぶんと首を振り「…メロが…」と絞り出した。


*


「と、いうことらしいです、ニア先生!」
「…」
「ほらーナナ顔あげろって!な?」
「…」

かろうじて涙は落ち着いたけれど、真っ赤に腫れた目とこすり過ぎた鼻を誰にも見られたくなくて、私はマットに連れられてきたリビングのテーブルに突っ伏していた。

接着剤を探しにリビングまで来ていたニアは、ぐすぐす泣く私を引っ張って入ってきたマットに捕まり、話を聞かされていた。

ニアが口を開く。

「つまり…私のパジャマをナナさんが愛を持って至極丁寧に仕上げてくださっているのはよく分かりました」
「そこじゃねーだろ!」

マットが滑らかにツッコミを入れる。

「ニアじゃ頼りになんねーな!大体ニアが原因だし」
「私は何もしていません。メロが勝手に闘争心を燃やしているだけで」
「そうだけど…あーーーどうすりゃいいんだ!!」

マットの嘆き声に少し顔をあげると、灰皿が消された煙草でいっぱいになっているのが見える。まだ長いのに潰されるように消された煙草の本数が、マットの困惑を表していた。

「…マット、ありがとう。二人ともごめんね。少しすればメロも冷静になると思うから…それまで部屋で休んでる」

二人に心配かけないよう軽く笑顔を向けて立ち上がると、私は灰皿を交換して付き添うか気遣ってくれるマットを断り部屋に戻った。

*

強く濃いオレンジ色が、窓から差し込んでくる。

すっかり時間も経って、夕方。

ベッドに横たわりながらオレンジ色を全身で浴びていると、眩しいのに物悲しい気持ちになってくる。

…メロが分かってくれなかったらどうしよう。
…私が悪かったのかな。

これ以上泣くまい、と決めたのにまた天井がぼやけてくる。

オレンジが滲んで…きらきらと綺麗。

目尻から一筋水滴が溢れ落ちたのを感じた時、バンッ!!とけたたましい音を立ててドアが開いた。思わず「きゃっ」と声が出る。
振り向くとそこに立っていたのは。

「メ…」

つかつかと足早に近づいてきた愛しい人は、名前も呼び終わらないうちに私の手首を掴んでベッドから引っ張り出す。

「何!?」

私の問いかけに答えないメロは、そのまま強引に手を引っ張りどこかへ向かおうとしているようだった。

「いやっ!なにっ?メロッ…痛いっ離し、てっ」

抵抗しても、しっかり手首を掴んだままずんずんと足を進めるメロ。

怖い。

この後どうなるのか、全然想像できなくて怖い。

怖いけれど、メロが握っている手の温もりを手放すのだって怖くて、私は大人しくついていく。

ハウス裏の細い道を室内着のまま抜けて、草を押し分けながら緩い坂を上る。
足元が汚れていくのも気にせず、夢中になって進む。そういえば前に、ここに来たことがあった気がする。でも確か、あまりいい思い出じゃなかった。

小さな丘の頂上につくと…前に来た時のことを思い出した。
眼下に広がっていたのは、一面の花・花・花!
色とりどりに咲き乱れた綺麗なお花畑がそこにあった。

「メロ、ここ…」
「お前の言った通りだったな」

そう、以前ここにメロと二人で来たことがあった。
初めて来た時は真冬で、土と草ばかりが広がっている場所だった。
私が探検したいと無理やり引っ張って来たのに大した景色も見られず、メロと二人で失笑したんだ。
綺麗な花畑になるかもしれないからまた来よう、と声をかけるとメロはそれを否定し、こんなとこ来たくないと文句を言った。私は食い下がって「ここはいつか絶対素敵なお花畑になるよ!」とまた来る約束を無理やり取り付けたのだった。

「あの時はふざけんなって思ったけど」
「うん」
「来てみたら、見事に咲いてた」
「うん」

目の前の景色は鮮やかに色を放ち、心まで豊かにしてくれるようだった。
横を見上げて見るメロの瞳にも色が宿って、綺麗。

「ナナの言ってた通りになったな」
「当たったね」
「それで…朝のことも。ナナの言う通りかと」
「…うん」

まだ呼吸が整わない中、瞬きも忘れて素晴らしい景色と、真っ直ぐ前を向くメロを見つめる。
瞬間、腕を引っ張られ気付いた時にはメロの腕の中にいた。視界が一気に黒に遮られる。柔らかくなったレザーに包まれるとあっという間に温もりが広がった。

「…話を聞かなくて悪かった」

ぼそりと一言放たれた言葉は、ぶっきらぼうだけどいつもの優しいメロの声で、安心してまた涙腺が緩む。
メロが私の顔を覗きこみ、親指で涙を拭う。

「泣くなって…」

メロの顔に後悔の色が滲んでいる。

「あのね、ニアのパジャマはシルクだから特に扱いが難しいの」
「ああ」
「でもメロの服なんて革だからもっと手間がかかってるんだよ?汚したら絶対怒るし」
「はい…」

ブツブツと思いの丈を吐き出す私を見て安堵したメロが、かすかに笑った。

「もーーーー!!何笑ってるのよ!悲しかったんだからね!!ばかばか!」
「いてっ悪かったって!おい…やめっ」

鮮やかな色彩に見守られながら、ポカポカ叩いてじゃれあって。
私たちは無事に、仲直りすることができたのだった。


―――その頃


「まったく世話の焼ける…」

ニアは自室でメールを確認しながら呟いていた。

"やれるもんならやってみろ"

メロからの返事を見て、自分が送信した内容を振り返る。

"彼女の心に付け入る隙があるなら、とっくに私が奪っています"


「ちょっと…刺激が強すぎましたかね」

ニアはにやりと笑うと、作りかけの玩具に手を伸ばした。


*end*
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