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モーション
「わあーーーつまんないつまんないつまんない!」
「気が散ります」
「肩凝った肩凝った肩凝ったあー!」
「静かにしてください」
「つまんないつまんないつまんないいー」
「見立ての甘いあなたのミスです。責任は取ってください」
「違うよ!ニアのが大作すぎるんだよ!」

一体ここまでに何枚使ったのかも分からない、部屋を覆い尽くす巨大ドミノは完成間近。

この憎っくき大量のドミノ牌も、それが崩れるのを防止するストッパーも、調達したのはこの私。

ニアの気まぐれな短い言葉の要求だけで、よく汲み取ってこの量を準備できたと思う。

ところがドミノ牌が倒れるのを防止するストッパーがここにきてあと一つだけ足りなくて、ストッパーに変わり、文字通り私の手を貸すこと十数分。

完成間近だからこうしてるのも少しで済むかと思いきや、思ったより時間がかかっている。身動きできないまま緊張感を保たねばならないこの姿勢。辛い、辛すぎる。

床についた膝は絶対赤くなってると思うし、何より普段取らないポーズだけに肩が凝る。肘も痛い。

片手を伸ばした土下座のような姿勢で私はニアの説得を試みる。

「ニアならストッパーなしでも大丈夫だって…」
「崩れたらナナに直させます」
「わーそれも嫌だ!うう…頑張る」
「はいその調子」
「あー!」

つまんない!
飽きた!
姿勢がつらい!
手が痛い!
膝も痛いし冷たい!


とか。

言いながら、

騒ぐ私を相手にせずドミノ牌に向けられる真剣な視線。その横顔に見惚れる。

艶やかな束となり耳元を隠す美しいシルバーの髪。柔らかな頬、揺るがない瞳。

素敵。
格好いい。

何度見たって見足りない、大好きなニア。

ふっと息をかけたら秘密のベールのようなその髪を揺らせそうなこの距離で、人にはとても見せられないこんなみっともない姿勢になれるほど心開いているのに、あなたに触れられないあと30センチが近くて遠い。

好き。

好き。


あぁ…好き。


「何ですか、その視線」
「もう…早く解放して」
「解放というより、物欲しそうな顔です」
「何言ってんのよ…私が今欲しいのはこの腕の自由だけだよ」

我慢したけど堪え切れないから許して欲しいの。
半分痺れた腕と、ああそれからニアに支配されるこの心の内も。

「腕の自由…それだけでいいんですか?」
「は?」
「動けないのをいいことに」

さらりとこぼしたニアがドミノ牌を一枚唇に押し当てて、思案するようにこちらを振り向く。そしてじりじりと近付いて。

「キスでもしてしまおうか」


「わ!うそ!なにそれ!」
「冗談ですよ、本気にしました?」
「な、なんてやつ…」

ひどい。純真な乙女心を弄びやがって。
ひどいひどい、分かってない!


私は本当にニアが好きなのに。

その唇からあなたの声で名前を呼ばれるたびに、その瞳に映る私を見つけるたびに、どうやって息をしたらいいのかも分からなくなるくらい胸がきゅっとなって、苦しくなるのに。


冗談でからかわれてしまうなんて。


小さなことでぬか喜びした自分が恥ずかしくていたたまれなくて、何だかとっても悲しくなって、じわじわと涙が浮かんでくる。

でも絶対、バレてなるものか。

私、決めた。
いちいちニアに振り回されるのはやめる!


「ニアの馬鹿。もう崩しちゃうから」

そう宣言してはったりをかけるつもりだった。
ところがニアは待ってましたと言わんばかりに私の語尾に重ねて言ったのだ。

「では責任は互いに取ることにしましょう」

「へ?」

理解できない話の流れに眉をひそめる間も無く、次の瞬間気がつけばニアの熱が私の唇に重なっていた。

押し当てるように、奪うようにあてがわれる未知のニアの温度に動揺して手元が狂った。

カツンともコツンとも言えない音を立て最初のひと押しがなされると、パタパタとドミノ牌の倒れる心地よい音が連なり始める。

ストップをかけることもままならない。


だって、この熱を失いたくない。


走り出してしまった感情のように、ドミノはあっという間に手の届かないところまで暴走してしまう。連鎖が繋がって、真横に高く積み上げられたタワーまで視界の端でバタバタと倒れ、しまいには牌が飛び散って雨降るみたいに崩れ始めた。

まるでスローモーションだった。

ドミノとニアが、私の頭の中を白く淡く埋め尽くしていく。

多分私たちは姿勢でいえばそんなに大きく変わってはいない。だけど違うの、熱が、熱が。


**


「…どみの」

そっと離れたニアの伏せがちな目が斜め前方を確認していて、初めてキスをしたというのに色気のない第一声を放ってしまった。

飛び散った牌のせいで部屋の端をまだパタパタと緩やかに進むドミノは、今や完走間近。

顔が熱くて、それに困ってもいて、どこを見てどんな顔をしたらいいのか分からない。


倒してしまったけれど、どうしよう。

キスしてしまったけれど、どうしよう。


呼吸をととのえて考える私を前に、ニアが突如言い放った。

「ドミノの責任はナナがとってください」

言われるとは思ったけれど、この大惨事を私一人で修復?そう思うと胸のドキドキに反して自然に言葉が出る。

「えっ!ニアは?」

大量のドミノ牌を前にひるんでいたら、小気味良さそうにニアが口角を上げている。

そして妙な男気を見せるものだから。


「私はキスの責任をとりますよ」


大人しく了承せざるを得なくなってしまった。


彼が責任を取ってくれるなら、ドミノは私が直すしかない。


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