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雪色
さくさくと心地良い音を立てて足を進める早朝。眼前には、まだ誰も足を踏み入れていない白銀の世界。後ろを振り向けば、私とニアがこの景色を最初に支配した証が続いている。

右に行ったり左に行ったり、交差するように混ざった足跡が愛しい。表に出てまず初めに作った雪だるまは、小さく見える距離になってもこちらを見つめていた。

「て。繋ぎますか」

今朝のニアはほんの少し、機嫌がいい。
てっきり寒いのは嫌いかと思っていたけれど、いざ外気に触れれば何かと興味深いらしく、白い息を吐いてみたりつまんだ雪をさらさらと指先で崩してみたりと冬を楽しむのに余念がない。

珍しく積極的な台詞を口にしてくれたのは、きっとそのせい。

ああそれなのに、私といったら困ってしまった。

こんなに嬉しい申し出はないのに、手を繋ぐことができない。

何故なら、ねえ。今握っている手の中に、チョコレートが一粒隠れているから。

雪の積もった早朝散歩に誘ったのは、誰もいないうちに誰よりも早く、この気持ちを渡したかったから。

雪に対し思った以上に静かな興奮を見せたニアに、渡すタイミングを失ってしまった小さなプレゼントは、私の手の中で身を溶かしながらその時を待っている。手自体が感覚を失う程冷えているので思ったより長持ちしてくれていることが幸い。

こちらの戸惑いを探る澄んだ瞳、その中で一面の白を遮っているのはニアを見つめる私の姿。今そこに、認識されている幸せ。

「この手で拒否するものなら許しません、かなり冷えてます」と私の握ったままのこぶしを上から包むように握って、ニアは言う。嘆いた息が白く濃く立ちのぼって、愛の重さを知る。あなたの手だって大した温もりをよこさない程、冷えている。

握りこぶしを開かない私を覗くようにして見たニアが、訝しんだ様子で口を開く。

「何故、手。開かないんですか」

「え、あ、ごめん。あのね、実は」

「早くしないと溶けます」

こちらを斜めに覗くニアの視線に射抜かれた私が、またしても透き通る瞳の中にはっきりと浮き上がって映っている。

鏡を見ているような気すらする中、私はニアの手ごと持ち上げる。
そっとニアの手が離された。
冷たいと感じた手も離れれば急激に冷気が襲い、恋しい。寒さでかじかむ指先を静かに開いて、私は握っていた一粒を差し出した。

「ありがとうございます」

礼を言って仄かに笑むように見えたニアが、改めて手を握ってくれる。


バレンタインは愛し合う恋人の日。
この朝も、この手も、少し積極的なニアとその瞳に映された私も、全て素敵な贈り物。

静かな朝、言葉少ない私たち。赤くなった指先を温め合いながら今度は戻る道を進む。

もう少ししたらきっとまた見えてくる、玄関で待っている雪だるまには、いい報告ができそうだ。

雪色
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