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ムラも悪くない
くっ…

くうう…

くうううううう…!!!

「だめだあっ!!うまく塗れない!」

何の話かといえば、マニキュアの話。

ただのベタ塗りっていうのが奥深く、ムラにならないように塗るのは案外難しい。と私は思う。

「信じられない程五月蝿い…。」

横を振り向けば、ニアがこちらをじとっと見ている。
本当に、"信じられない" という表情をしている。

「…ごめん。」

そりゃ確かに信じられない。

多忙を極めながら真剣に捜査しているニア。
今はその隙間を縫って少しの空き時間。
彼にとって癒しである玩具遊び中なのに、無神経に叫んでしまった。

「しかも臭い。自分の部屋でやってください。」

「うわーんそんなこと言わないで〜!」

だって一人の部屋は退屈だし、ニアの側にいたいんだもの。

「爪の健康にも悪い。」

もう!さっきから悪いことしか言わないんだから!

「じゃあさ、ニアが塗ってよ。自分じゃうまく塗れないの。やってくれれば大人しくなる。ニアならそういうの、上手だと思うなぁ。」

うまくのせて、指先イチャイチャタイムに促せるか。

「嫌です。ベタベタするので。」

即答で断られる。

「ベタベタしないよ!上手ならね。ニアこの間のプラモデル、着色まで完璧な仕上がりだったじゃない、あれより簡単!」

「ではナナはその簡単な作業すらできないということになりますね。」

「うるさい!いいからこれ、やってやって?」

やや強引だけど、ニアの側に行き、マニキュアを渡す。

それでもまだ、「私は知りません」とでも言いたげな顔ををしている。

「見て、どうしてもムラになっちゃうの…」

ちら、とニアの視線が私の指先に移る。
しめしめ。

「一度で塗りすぎなんですよ。」

「そう思って丁寧に重ね塗りしてるけどできないから困っているんです。」

「逆切れですか。」

「う…るさい!お願い!ニア〜。やってくれたらチューするからっ」

「結構です。」

一刀両断とはこのこと。

「分かった、ニア、自信がないんだね?分かるよ、分かる。彼女の手前、失敗したくはないもんね。」

ぴくり、とラジコンのコントローラーを持つ手が反応する。
すっごく不快そうな顔をしているけれど…

「手。」

私の心臓が跳ねる。
やったぁ、私の勝ち。

「お願いいたします!」

張り切って手を差し出す。

初めて触るマニキュア…のテクスチャがどのような柔らかさか丁寧に確認している。
筆を傾け量を調節する。だるそうな表情に不似合いの、真剣な目。

どこを確認し、何から攻略するか。
注目すべき場所も立てるべき作戦もすぐに気がつく。こんな日常の仕草一つで、どれだけ私をときめかせるつもりなんだ。かっこいいなぁ。

ニアは無言で私の爪に色をのせていく。
力の入れ方がいいのか、ムラになって当然の初期段階からすでに綺麗。

指先をニアの指に捕らえられ、うっとりとする。
お互いの体温が混ざって、一つの温度になっていく。
自分で誘っておいて、妙にドキドキするなぁ。

*

「うまい!!」

仕上がりを見て、本気で感嘆の声が出てしまった。
煽てるつもりが、本当に素晴らしい仕上がりで、非の打ち所がない。

「ニア…すごいよ。ネイルアーティストになれるよ。」

「残念ながら探偵業で食い扶持には困っていませんので。」

「そうでしたね!だけどこれなら私のやりたかったデザインも作れちゃうかも!今度またやって〜!」

「いいですよ。アルファベットのLかK、アヒルか鏡餅なら描きましょう。」

「…K以外で。」

するといつの間にか器用に筆で何かを描き出しているニア。

「ちょっ!ちょっとちょっとKはやめてよ!?っていうか…」

っていうか、同じ色を重ねてるから何を描いてるのか分からないし…。

「よく見れば分かりますよ。」

「んー…?」

細めた目を近付ける。

夢中になりすぎて、コツ…ニアの頭とぶつかる。

「あっごめ…

んっ」

一瞬の出来事。

私の手を支えていた方の腕をあっという間に後頭部に回したニアに、グッと引き寄せられ唇を奪われる。

「んっ」

重なった皮膚から伝わってくる体温が私のものになる。
恥ずかしいのに、どうしようもなく愛しくて、高まる鼓動に全身が熱を帯びるよう。
私の体温は溶けるようにニアに移り、今はもう彼の一部だ。

思った以上に長く熱いキス。息が苦しい。


ちゅ…と小さな音を立てて唇が離れる。
ニアの滑らかな頬が遠ざかっていく。

「ニアのへんた…」

「塗ったからチューしたまでです。」

あ。そうだった…自分で言ったんだった。

至近距離で見られてしまったバツの悪い顔に、まだ触れ合っている指先。
何を描いたのかはこの後じっくり見ることにして、ひとまず区切りをつけよう。

「…ありがとね。」

「どちらに対して?」

「爪の方に決まってるでしょっ!」

キッと睨んで出来上がった爪の先を見る。


「これ…。」


同じ色を重ねているから言われなければ気がつけないけれど、

薬指の爪にわざと追加された色ムラは、

Nの形…?

「ムラも悪くないでしょう。」

「…うん。」

私は素直に返事をして、そのまま爪を見つめる。
指先に残る確かな愛の証は、何だか指輪
みたい。

自然とにやけてしまう口元が見えないよう後ろに振り向く。

想いを込めて、薬指の爪にキスを落とす。
さっきまで愛しい人と重なってた唇。


片付けをしながら、しばらく手仕事は丁寧に行おうと心から誓う。


このマニキュアにできるだけずっと、指先にいて欲しいから。


*end*
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