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gap

驚いたのは、そこに立っていたのが私の知っているニアとは全くの別人だったこと。





Gap





世界の切り札が衝撃的な依頼をしたのは数日前。

"潜入捜査に行ってきてください。"

目が飛び出すとか、口があんぐりなんて表現はこういう時に使うものだと、ハウスの子ども達に教えてあげたいくらい(だが彼らはニアを知らない。)、ベストシチュエーションだった。
とにかく私は目が飛び出し口があんぐりと開いていた。
ニアがですか?
余計なことを口走りそうになるが、すんでのところで抑える。ニアにもプライドがあり、Lには作戦があるのだ。

「現在追っている世界規模の窃盗組織ですが、2日後にパーティーを開きます。互いの戦利品の披露といったところです。」

Lの唇が滑らかな口調で自分の考えを述べる。
いつの間にか私の背丈を越したかつての少年が、銀髪をくるくるとせわしなく弄っているのを横目で確認して、胸が重くなる。

「会場には万一の捜査に備え、直接関係のない客も多数入れます。窃盗品は関係者だけが分かるような法則性を持たせ展示する可能性が高い。
そこに潜入して関係者の顔、展示品を全て覚えてきてください。」

「!」

ビリビリと痛く固い空気が、振り向かずとも右側から迫って私の肩を凍らせる。

「…私がですか?」

ニアは私が堪えたのと同じ言葉で聞き返した。

「メロとマットは別件で出払っています。」
「ではSPKからメンバーをお貸しします。」
「それが、」

名探偵は含みを持って一度言葉を切る。
何を言いだすかとこちらの若い名探偵もじっと相手を見つめる。

「会場を調べさせたところ、厳戒体制のセキュリティが施され、電子機器の一切を中に持ち込めないようセンサーが張られています。つまり、」
「監視カメラや遠隔操作等の手段は使えない…。」
「…そういうことです。」

言葉を取られたLが指先を口に運ぶのと同時に、ニアが指の関節を唇につけて黙り込む。
この二人の癖は少し似ている、と思いながらそれを見つめる。
右肩に伝わる空気がますます強張って感じた。ニア、あなた今、とても不利。

「カメラの代わりになれる者がその場に出向くしかありません。
そうなれば当然、瞬間記憶に秀でたあなたが最適な人物です。」

ニアは明らかに不機嫌になり、反抗期の少年のような表情で目を上に向け宙を睨む。
けれどもう彼は考え始めている。私にはその詳細は理解しかねるけど、でも彼は、確かに。

「重要人物の顔を見るまたとないチャンスです。パーティーは情報交換をする場で、武器その他の荷物も全て厳しく規制され持ち込めないので安全度は高いと言えます。
そこでペア役としてナナさんにも行ってもらいたい。」

すっかり油断していた。心臓に鉛を携えてその場に向かわねばならないのは、ニアだけだと思い込んでいたのだ。


**


うまいことLに言いくるめられ、私はベッドの上で丸まって考えていた。
正直なところ、とても憂鬱だ。ニアがどのような動きを見せるか全く見当もつかないし、想像を巡らせてみても、パジャマの光沢が反射した淡い白色に、薄く照らされたニアの顔しか浮かばない。
無造作に床に落とされたフワフワのバスタオルのような、妖艶さを隠しながらこちらを誘惑する純白のうさぎのような。
浮かぶニアの全てが、気だるさをまとった憂いの姿だった。


**


とうとう当日が来てしまった。

「よく似合っています。」

選んだ当人からいただくお褒めの言葉。ワンピースに近いシンプルなカクテルドレスを、ワタリが見繕ってくれた。
ハウスで一番有能なのは、実はワタリではないかと半ば本気で思う。
「お金持ちに見える?」と冗談を返し、ほんのりと笑顔を添えて車に乗り込む。
中には既に憂いの青年が乗り込んでいた。窮屈にならぬようシャツの前を深く開け、シルバーに薄く艶めいたジャケットのシルエットが崩れそうなだらっとした姿勢でシートに深くもたれている。蝶ネクタイは付けておらず、忌々しく見つめながら指先でくるくると回し無言で弄んでいる。

ああ、本当に大丈夫かしら。
私たちはただ客としてその場にいて、ニアが見たいものを見られればそれでいいのよね。

自分に言い聞かせるようにして不安を追いやる。動き出す景色。今夜中には帰って来られるのに、ぽつぽつと着き始めたハウスの明かりを妙に名残惜しく見つめる。

どうか無事に帰って来られますように。…オーバーかなぁ。

車が門をすり抜ける刹那、窓から覗くLが一瞬見えたような気がした。


**


車内の空気が重い。到着までに少しでも気分を変えたいと、口を開いてみる。

「こんなの着るの、久しぶりだなぁ。」
「むしろ初めてでは。」

意外な早さでニアが返事をくれる。

膝に目を落とせば、私の足の形に沿って柔らかな波を作ったカクテルドレスから、こぼれ落ちるように光沢が広がり、暗闇の車内でぼうっと浮いて見えた。
確かに、ここまで豪華なお洒落は初めてかもしれない。何だか急にうまく立ち振舞えるか心配になってくる。

「ニア…不安。」
「何故ナナが。私についていればどうにかなります。多分。」

たぶん。なんて頼りない。
それでも私は覚悟を決め、胸の中に広がるもやとやとした気持ちを身体から追い出した。

目的の会場が見えてきて、車のスピードが徐々に下がる。
ああ、もう着いてしまう。早まる鼓動と共に縋るようにニアを見れば、渋々と蝶ネクタイを首に付けているところだった。


**


ワタリに縋る視線を送りながら一時の別れを告げ、厳しいチェックを受けた後、中に入る。
会場内は、見たことのないきらびやかな別世界だった。
周囲は華やかに着飾った上流階級の人ばかり。小慣れた雰囲気で歓談しながら、場内を優雅に移動している。
右を見れば、髪の毛までキラキラにスプレーされたお姫様のようなお嬢さん、左にはワタリを彷彿とさせる上品な老紳士。はたいた化粧品の匂いをぷんぷんさせてお喋りに励むミセス達。そして…私はすぐ近くの光景に目を見張る。


驚いたのは、そこに立っていたのが私の知っているニアとは全くの別人だったこと。


スッと伸びた背筋と斜め下に向いたクールな視線、無造作におろしていただけの髪が決めすぎないラフな形を保ち、ほんのりと色味がかった唇が妙に色っぽい。
あれだけ車で溶けかけのアイスのようになっていたのに、不思議とシワになっていないジャケット、嫌味なく似合う蝶ネクタイ、生まれが高貴なのだろうと感じさせる違和感のない着こなし。

???

私の頭の中はハテナで埋め尽くされた。さっきまでのニアとはまるで違うよね…?
その場に似つかわしくない気がして恐縮していたのに、気がつけば周囲の視線をニアは独り占めにしていた。
私はこの美しい王子様のパートナーなのだ。

「(ニア…何か目立ってるよ。)」
「(…用事を済ませてさっさと抜けましょう。)」

小声で交わした面倒臭そうな言い回しとは裏腹に、すっと歩き出すニアについていく。
ニアは隅から隅まで見落とさないよう展示している品を観察し、沢山の人と挨拶を交わした。
会話のほとんどは私がしたけれど、合間の相槌や重要と思われる事柄への質問はさりげなくニアがした。
別れ際にニアが薄く微笑めば、相手方にいる女性が軒並み惚れ惚れとした表情を浮かべた。

展示品を見終わり立食スペースに到着する。もう用事は済んだかな。お洒落して少し浮かれていたけれど、いまや胸は早く帰りたい気持ちで埋め尽くされていた。
何だか場違いだと思っていたのは私だけで、ニアはこの場所にとても似合っている。そして重要な任務もこなしている。
銀髪の王子様に届く熱視線をおまけのように浴びながら、私は段々といたたまれない気持ちになっていたのだった。

目線が下を向き、拗ねた気持ちで履きなれないピンヒールを見つめているうちに、うっかりニアとはぐれてしまった。

恥ずかしいのでそうっと周囲を見回していると、にこやかな笑顔を浮かべた彫りの深い顔立ちの男性が近付いてきた。

「よろしければご一緒してもらえませんか?」

彼はそう言うと、すぐに私の背中に手を回してくる。
あぁ、どうしよう。こんな時、どうすればいいか分からない。

「えっ、あの、連れがいるので…」
「君を一人にしてしまう連れかい?」

男はセクシーに片眉を下げ、核心をつくように確認した。

ニアは私を一人にしてしまったの…?

ううん、私がはぐれちゃっただけ。
気を取り直そうと意識するも、胸の中に氷が一粒落とされたような冷たさが走る。

「どうぞ、マドモアゼル。」

彼はグラスワインを取ると、私に勧めるように差し出した。

――受け取れない。ニア…

その時何者かの手がさっとかざす様に現れ、グラスワインをはっきりと拒否した。

「(ニア…!)」

人前なので名前を呼べないのがもどかしい。

「私のパートナーを見つけてくださり感謝します。では。」

そう言うや否や、ニアは私の手首を掴み、背中を男から奪うようにして受け取るとぐんぐんと進みだした。

「あっご挨拶っ…」
「しなくて構いません。帰ります。」

声をかけたそうに佇んでいる若い女性を素通りして入り口まで進む。
私は横を向き、銀髪の王子様を見上げる。
歩く度に揺れる髪の毛から、真っ直ぐ前を見つめるニアの目が見える。
キメの整った白い肌、意思強く閉じられた唇、そして目の下にある隈。

後ろでこちらを見ているであろうお嬢さん達は、この人の名前も、髪の毛を弄る癖も、この隈がどうやってできたかも知らない。
密着した体から、溶けてしまいそうな熱を感じながら歩みを進める。

クロークで既に手荷物を受け取っていたワタリに合図して、私たちはすぐに着けておいた車に乗り込んだ。


**


「ニアはぐれちゃってごめ…」
「焦りました。一人にしてしまいすみません。」

車に乗り込んですぐ。フロントガラスの先、ネオン光る街を真っ直ぐ見つめながら、ニアが真剣に言った。

景色が動き出すと、ニアは蝶ネクタイをするすると取り、少し上を向いてシャツのボタンを慣れた手つきで外す。

役に立てないどころか足手まといになってしまってごめんなさい。
そう謝ろうと口を開いた時だった。

煩わしそうにジャケットを座席に放り投げながら、

「こんな窮屈なこと…二度とごめんです。ナナがいたからどうにかなりました…感謝します。」

「え?」

私がいたから、そう思ってくれるの?
私があそこにいて、ちゃんと意味があったのかな。

かけ離れた存在のように感じた銀髪の王子様を再度見ると、いつの間にかいつものふてぶてしい"ニア"に戻っていた。

心の底から安心する。

「お目当のものは無事に見られた?」
「勿論。見るのは得意ですから。」

良かった。

二人ともきっと少し、さっきの慣れない世界から抜け出してきて興奮している。
だって座席の真ん中で、無造作に置いたお互いの手と手が触れているのに、私達は相手の熱から離れられない。

「ハウスまでまだ時間があります。少し眠られては?」

ワタリの柔らかい助言が聞こえ、ミラー越しに頷いて応える。

王子様も素敵だったけれど。

「早くパジャマのニアに会いたいな。」

思わず呟いてしまう。

「何ですか、それ。」

ニアは「失礼な。」と含ませこちらに視線を送る。

だってそのニアの方が安心する。
だってそのニアのことを私は…。

目が合ったらきっと伝わってしまうから、顔を上げられない。


「…今日は疲れましたね。」

ニアが静かに言って、私の手を包むように握る。

眠りにつくポーズを取りながら私もそっと、ニアの手を握り返した。


*end*
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