角砂糖より、愛を込めて。
私、生まれ変わったら人間になりたいって、そう思うの。*
あぁ不機嫌。そんな風に歯を立てて私を削らないで。
ほらまたよそ見。そういう時あなたは私をどろどろに溶かして弄ぶ。
あなたが疑問を解消すると、少し距離が開いてしまう気がして、寂しい。
一番好きなのは、そう、あなたが熱中して思考を巡らせる時。
私を存分に味わってくれる。舐めあげるように、溶かすように。
熱い舌で捕らえられ、探るように崩されていくのは、えも言われぬ快感、虜。
どうか、ゆっくり味わってね。
深いところに堕ちてからでもお役には立てるけど、どうせならもっと相手をしていて欲しい。
私はあなたのお側で、生まれては齧られ、食べられ、あなたの一部になっていく。
必要な成分だけ吸い取られて、さようなら。
何度でも生まれ変わって、あの刹那を想って身を焦がす、切ない運命。
あなたがどこかを見つめながらこちらに手を伸ばす時、いつも祈っている。
どうか私を選んで。
そして存分に味わってくれますようにって。
だけどいい加減、耐えられなくなってきた。
今日はどんな風に食べてもらえるか祈って過ごすだけの日々には退屈してる…なんて。
違うの。
本当は、夢中。
斜め下から、いつも見ている。
上を向いて電子画面を見つめるあなたの顎のライン。
考え事をしている時の真剣な表情。
それに苺を口に運ぶ時のセクシュアルな様。あなたの中に赤い果汁が広がっているなんて、悔しい。
虚ろに見える目に、真実を追い求める執念や信念が絶えず存在していること。
幾晩も寝ないで過ごすあなたの目の下が、少しずつ薄暗く濃く変わっていくところ。
ごくたまに、眠そうにあくびをかみ殺す瞬間。そんなの私をここに運ぶ男の人だって見たことがないんじゃないかしら。
以前あなたに持ち上げられた時に見えた、男の人達。敬うような、疑うような、怪訝な顔をしてこちらを見ていた。
あの人たちはあなたが何を考えているのか知りたいのに、分からないの。残念。
私には分かる、きっと。だって正面の特等席からいつも見ているもの。
あなたは誤解を恐れない人だから、私が理解者だと言ったところで、そんなのは価値のないことかもしれない。
でもね、覚えて、どうか忘れないでいて。私は、あなたのことを決して誤解したりしない。
だからね私、生まれ変わったら人間になりたいって、そう思うの。
そうすれば、あなたを抱きしめることができる。
少し休憩なさい、ダメよって声をかけても許される。
あなたが苛立っていることに誰も気がつかない時、私ならすぐに気がつくことができる。
角砂糖ではなくなってしまうけど、代わりに甘いものを沢山用意してあげるから、それでいいでしょう?
だから探偵さん、私に背中を見せて。違う景色を一緒に見たいの。もっと長く側にいさせて。どうかお願い。
*
「…無言で。」
どうしたんですか、とLが振り向いてこちらを確認する。
「…ん?あぁ。」
ちょっと考え事、と告げれば「そうですか。」と呟きLは顔を前に戻す。
唐突に思う。私は前世で角砂糖だったんだと。
恋に盲目で、少し自信過剰な角砂糖。
顔がほころぶ。
無機質な部屋の中。
細く開けた窓から入る心地よい風に、白いカーテンがふわりと持ち上げられ、眩しい。
少し離れたソファの上で丸くなって座りながら、膝に乗せた腕に顔を埋め、Lの背中を見つめる。
柔らかい綿の生地が、猫背に合わせて伸びている。着心地は抜群。
Lに代わってお礼を言います。ありがとう。
襟足の毛が伸びてきている。最近ワタリさん忙しそうだもんな。私にはやらせてくれないかな。
さすがに無理かしら。明日チャレンジ。
「何ですか。」
時間差だね。
質問の意味は、"今何見てるんですか"ではなく"さっき何考えてたんですか"。
「ん…えーっとねぇ。実は私、前世では角砂糖だったの。そのことを少し、思い出しておりました。」
「角砂糖…ですか。」
また妙なことを言い出した、といった表情で愛しの君がこちらを向いてくれる。
近くに何もないから、親指の爪をガリガリ。
「信じる?」
「インパクトでいうと死神の方が勝りますし。」
そうよね。死神を見たことがある人には、生まれ変わりなんて可愛いものだろう。
じゃ、Lは信じるのね。
あの時苺を口に運んだ恨みは深いわよ。
「私が角砂糖だったらどうする?」
Lは少し考えて、PC画面をオフにする。
立ち上がってぺたぺたとこちらに来ると、ソファを一つ動かして私の真正面にぴたりとつける。
お互いにソファに座り、向き合う。まるでカウンセリング。私は平常心ですけど。
「ナナが角砂糖だったら困ります。」
ストレートにそう答える。あぁやっぱり愛しい人。かじって食べちゃう、なんてくだらないことを言ったりしないところ。
「ナナを食べたいのは山々ですが、そうするとあなたを消化することになりますから。」
「そこが問題よねぇ。」
あたかも重要な素振りをして頷く。
横のテーブルに置いてある苺を一つ、摘んで口に運ぶ。
取ったのが私でがっかりした?
ごめんね、苺ちゃん。
「大問題です。」
「そう思って人間になることにしたの。今はもうLの背中も見られるし、それに…こうやって抱きしめることもできる。」
膝をついてLのソファに移り、ぎゅう、と抱きつく。
生まれ変わる前と同じ至近距離に、Lの唇を見る。
吸い寄せられるように重ね、お互いを味わうように絡めあう。
ふとLが顔を離して呟いた。
「どうりで。ナナが何故甘いのか、真相がはっきりしました。」
「探偵さんにしては気がつくのが遅かったですね。」
「あなたのカミングアウトが遅かったので。」
「ふふ。」
鼻を擦るように近づき、目を閉じてもう一度キスをする。
徐々に熱を帯びる舌、頬、身体ぜんぶ。
ああ。
生まれ変わっても、やっぱりLに溶かされ飲み込まれてしまう。
でも今の私は、あなたに唇を返せる。溶かして飲み込むことだってできる。
あなたに飲み込まれて深いところに堕ちたとしても、今度はもう消えたりしない。消化なんてさせない。
何度でも戻ってきて、今度は私がいただく番。
そうやって影響しあいながら、一緒に生きていくっていうのはどう?
そうやって愛し合いながら、ずっとLの側にいたい。いさせて。
穏やかな陽の光が差し込む部屋の中。
ソファの上で、全て飲み込むように、受け止めるように、抱きしめ合う。
Lと長く一緒に時を過ごせる幸福を、胸に秘めて存分に味わう。
私はいよいよ「生まれ変わって良かった」なんて本気で考え出してしまう。
まるで本当に、前世があったような気になって。
恋に盲目なのは、相変わらずだな。
角砂糖より、愛を込めて。