やきもち
Lにティータイムをせがまれたのはつい先ほどのこと。「ナナ特製の紅茶が飲みたいですね」
「私はLの近くにいたいですね〜」
「紅茶、よろしくお願いします」
正直に言ってしまえば、その時はちょっと面倒くさかった。
Lの部屋のソファーは特別柔らかくて気持ちが良い。
窓の外が見える向きに配置されたそれに沈まるように座って、爽やかで美しい真っ青な空と、穏やかに漂う真っ白な雲のコントラストに見入ってたところだったから。
駄々をこねたくなってしまったのだ。
「あーん、今キッチンの方に行ったらマット達に捕まっちゃうよ〜いいの〜?」
ちょっと余計なことを言ってみる。
試すような言葉を聞いてどんな風に顔色を変えるかな?なんて思ってみたものの、Lはさっぱり相手にしてくれなかった。
「うまいこと切り抜けてきてください。さあさあ」
ちぇー。
こう、他の男どもに取られてしまうかも!みたいな焦りはないのかしらね。
「Lってやきもち焼かないの?」
直球勝負で聞いてみる。
「誰にですか」
くだらない質問にも一応は答えてくれるらしい。目線も思考回路も違うことに充てているのは見れば明らかで、まともに聞いているのかは分からないけれど。
「マットとかメロとかニアとか」
ちょっとばかばかしいか、と思いながら具体例を出してみる。
Lから見たら、ずっと年下の青二才だもんなぁ。
三人、いやハウスで上を目指している者からすれば、Lは"敵わない存在"かもしれないけれど、逆は…。
それに何より馬鹿げているのは、私たちはこんな会話が似つかわしくない程、安定して順調な関係なのだ。
少々の無言ののち、Lが口を開いた。
「…ナナがどうしても行きたくないなら紅茶はワタリに頼みます」
私の質問は宙に浮いたままどこかへ追いやられた。答えてはくれないらしい。そりゃ失礼だったかもしれないけど。
「えっ!あー、行くってばー!私特製がいいって言ってたじゃない!」
私は慌てて立ち上がり、結局キッチンに向かった。
*
キッチンに行くと、ダイニングルームには案の定、ニア、メロ、マットの三人が座っていた。
マットが新作のテレビゲームを手に入れたとかで熱心にプレイしているのを、残りの二人は退屈そうに眺めている。
メロが音楽やキャラクターデザイン、グラフィックが凝ってるな、と呟き、
こういった刺激が多い方が依存性を高めますから、とニアが返した。
シンク側に回ると、そんな三人にパンケーキを用意しているワタリに出会う。
「あぁ!ワタリ、お疲れ様です。私がやりましょうか?」
「いえ、ナナはLに紅茶を頼まれる頃でしょう」
「さすがワタリ。大当たりです。
では失礼して…後ろの戸棚開けます」
お言葉に甘えて紅茶を作り出す。
Lはナナ特製とか言っていたけれど、私は特に紅茶を淹れるのがうまい訳ではない。
(パッケージに書いてある通りにやっているだけだしなぁ。)
正直、ワタリが淹れてくれた紅茶の方がずっと美味しい。お湯の温度や蒸らし方までこだわっていて、素人の私でも違いが分かる。
「ねえねえ、ワタリ。紅茶を淹れる時のコツ、教えて〜?」
リビングから騒がしい声が聞こえてくるものの、久しぶりにワタリと二人っきりになったので、子ども時代に戻り、娘のように甘えてみる。
「おや、ナナが小さい頃を思い出しますね」
嬉しそうにフフ、と微笑むと、ワタリが温度や蒸らし時間、茶葉の使い分けなどコツをいくつか教えてくれた。
「ん!」
一口すすってみて思わず声が出てしまった。
「本当だ〜〜!私がいつも淹れるのとは全然違う!ワタリの淹れるのともちょつと違うけど…えへへ」
出来上がった感想を述べると、
「すぐに会得されたら私が困ります」
とワタリも穏やかに笑った。
「さて、私はあの者達に出すパンケーキの仕上げをしましょう。
ナナもLを頼みましたよ」
はあい、と返事をして、娘タイムはおしまい。
Lの元に、リニューアルしたナナちゃん特製紅茶を届けるとしよう。
コンコン…
ノックしてLの部屋に入る。
「お待たせしましたー!」
「はい、随分待ちました」
「作ってもらったのにそういうことを言うのはやめましょう」
失礼しました、と誠意のまったく伝わらないお詫びを聞き流して、淹れたての特製紅茶を差し出す。
「はい!ナナ特製。ふふ…どう?」
私は自信ありげに目を細める。
「…」
Lはカップを傾けて口に含んだ後、少し眉をひそめた。
それから、素早い判断だった。
「ワタリが淹れたものに近いですね」
「さすが!ワタリもLのティーブレイクを当てたの。二人、相思相愛!」
自分で言っておきながら、お爺さんとぼさぼさの青年が相思相愛な様を改めて想像して、つい笑ってしまう。
「相思相愛ですか…ワタリと…あまり心地いい響きではないですね」
「そう?親子や同性同士でも相思相愛ってあるじゃない?ワタリと相思相愛な関係だったら、毎日が心地よさそうでいいよ〜」
何の気なく発した言葉だったのだけど、動きの乏しいLの表情が、少し変化したように感じた。
「ナナはワタリと相思相愛になりたいんですか?」
「…ん?うん、ワタリは気が利くしねえ」
快適そうだよね、なんて言ったら失礼か。
父のように慕ってはきたけれど、本当の親子とは違う間柄だったから。
「…」
「L?どうしたの?紅茶、まだワタリみたいに上手じゃないから口に合わなかった?」
「いえ、私はナナ特製が良かったので少々がっかりはしましたが」
ん。
何だか少しLが冷たいような。
いつも素っ気ない人だけど、いつもと違って言葉に棘がある気がする。
「L?私何かした?」
「いえ、これといっては。…ご馳走様でした」
…
……
おかしい。
絶対不機嫌になってる!!
でも原因が分からない。
私のあまり上手じゃない紅茶の方が好みだったのかな?
いや、自分で研究せずにワタリに安易に教えてもらったから?
微妙な間のあるティーブレイクの後、私は静かにソファーに戻り、再度雲を眺めながらぐるぐると思考を巡らせた。
L達は推理する時、どんなことをどんなスピードで考えているのかな。
関係のないことまで頭に浮かびながら、一生懸命考えてみる。
午後の眠気の混ざったあくびと不安が合わさって、涙目になってしまう。視界が潤み、眺めていた空の青と白は筆を入れたての絵の具のようにまだらに混ざった。
…正直に聞いてみよう。
「L?」
ソファーから上半身を乗り出し勇気を出して声をかける。
「なんでしょう」
Lはキーボードを流暢に鳴らしながら静かに答えた。
「私がワタリに紅茶のことを聞いたから怒ってる?」
「…怒ってはいませんが、若干不愉快な気持ちにはなりました」
…やっぱり。
自分で努力もせずにワタリに聞いちゃったから。行く前も面倒がったし、そんな心構えで淹れられた紅茶なんて嬉しくないよね。
不機嫌なLは何度か見たことがあるけれどこんな風に自分に対して怒られるのは初めてで、怖いし胸は痛いし視線は泳ぐ。
とにかくすぐに謝らなくちゃ。
ところが焦った私よりLの方が先に口を開いた。
「その時に手は触れました?」
「…え?」
「至近距離にいたはずです」
「えぇ、まぁ」
「あなたは油断しがちなところがある。
父のように思って甘えた、なんてことありませんでしたか?」
「…L」
これって。
「ナナはワタリに、他の者には見せない甘えたような顔をしている時があります」
「それは父を慕う娘みたいなもので…」
「とにかくナナが私以外の者にああいった表情を向けるのは好ましく思いません」
…や、
「やきもち?」
心の声が、つい漏れ出てしまった。
Lはキーボードを打ち続けながら「違います」と短く答える。
けれど、それはもう一目瞭然だ。
そうか、Lにとってワタリはある意味で「敵わない存在」なんだ。
ふふ。ふふふふ。
私はソファから乗り出した上半身を戻し、窓の外に見える青と白のコントラストを再び見つめ始める。
Lがいつもより感情的になっているのが分かって、顔がひとりでににやにやしてしまう。
綺麗に磨かれた窓ガラスに、うっすらと自分のにやついた口元が映っていることに気が付き、恥ずかしくなって隠すように手を添えた。
その斜め下に映るのは、
ジーンズの足。
「何一人でにやついてるんですか」
「ぅわっL!」
とっっっても、不機嫌。
不機嫌というより、拗ねている感じ?
でもいたたまれなくなって、パソコン作業をやめてこっちに来たんだ。
「ふふふふふ…」
「感じが悪いです」
「ふふふふふふふ〜」
「からかわないでください。怒りますよ」
そんなことを言いながら、Lはソファーに飛び乗りしゃがむように座る。
親指の爪を齧り不機嫌極まりないのを堂々と匂わせている。
でもこの不機嫌なLも、もう怖くはない。
「ワタリと親子のような相思相愛にならなくても、Lと恋人として相思相愛だからいいの」
ふふーっと不敵な笑みで近付き、私はLの頬にちゅっと軽くキスをする。滑らかな肌が、少しだけ熱い。紅茶かなぁ。それとも、妬いてしまったおもちの影響かしら。
からかわれた天才は、まだ半分拗ねた表情のまま頭を掻いて言い返す。
「いずれ恋人を越えた相思相愛になります。
…分かったなら、"ナナ"特製紅茶をもう一杯、お願いします」
澄み渡る青い空に、白い雲が穏やかに泳ぐ昼下がり。
「はいはい。今度はへたっぴ紅茶になりますよ〜!」
「へたっぴでも何でもいいので一人で作業してください」
「分かったってば!」
私は立ち上がり、にやけてしまう顔を隠して部屋を出た。
*end*