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ハロウィーン・ナイト
ナナの言っていることは些か信憑性に欠けていた。
暗闇に身を潜めた子ども達4人組。そのうちナナ以外の3人は実のところ彼女が熱心に説いている「Lは今日がお誕生日説」を信じてなどはいなかった。
興奮して唾を飛ばさんばかりのナナの熱弁に、決して納得した訳ではないのだ。
やれやれ、と思いながら黙っているのが正直なところだった。


**


普段は人の立ち入らない階の隅にある埃くさい教室を、ジャック・オー・ランタンで仰々しくオレンジに飾りつけたのも、「Lのお祝いをしよう!」と言い出したナナの発案だ。
万一見つかってもパーティーをしていたって言い訳できるよう、仮装しておけばいい、という面倒くさい提案に乗ったのも、彼らが"暇だった"からに他ならない。暇で、退屈だったのだ。

ニアが相槌を打たず、メロに疑われ、マットに笑われても、「私は去年、あの場所でLらしき人物を見た!」「ワイミ―さんがケーキの箱を持っていた」「あれはきっとLに違いない」「そしてLの誕生日だったに違いない」としつこく主張するナナを見て、万一の可能性を念の為潰すことにしただけだった。
どうせ退屈だし、ハウスで行われる仮装パーティーには参加もしたくないし、それなら彼女のお遊びに付き合って、退避しておく方がましだと判断したまで。
何せワイミ―氏がケーキらしき箱を持ち、誰かと連れ立っていた点しか確実ではないのだ。
むしろ、彼女のそそっかしさを思えばその情報の真偽すら怪しい。

だがハロウィーンナイトの退避にこれ以上最適な提案はない。Lの可能性は限りなく低いにしろ0ではない訳だし、ワイミー氏が今夜も同じような行動をとるのか、連れ立って歩く謎の男の目撃者となり人物について推測するのは、退屈を持て余した3人の少年にとって少しばかり刺激的に思えた。

悪魔のツノカチューシャをつけたメロ、ドラキュラの牙をつけたマット、仮装を断固拒否してとりあえず包帯を手に持つことで合意したニア、魔女の帽子を被ったナナ。
やや目的にずれを持った1人と3人は、冷え始める教室の中でいつ訪れるかも分からないその時を待っていた。

ナナの決めた手筈はこうだ。

多分ワイミ―さんが多分Lだと思う人物を多分連れて多分ここを通るので、入り口を見張って気配を感じたら電気を消して待機する。近くまで来た時にわざと音を立てれば、多分教室を覗くだろうから、隙を見てハッピーバースデーと飛び出そう。

「…完璧だね」

マットは苦笑いして相槌を打ったが、聞こえないようにメロへ「…失敗する作戦として」と付け加えた。
もはや戦意喪失したニアは包帯をほどいては巻き、ほどいては巻きしている。ナナが「腕に巻こうか?」と再びの提案をすると、だらりと腕を差し出し好きなようにさせ始めた。
終わりの見えない盛り上がらなさにメロは段々と帰りたくなってきていたが、「Lの顔が見たいんでしょ?」と言われた言葉が頭をよぎると、万一の可能性を捨て去る訳にもいかず、大人しくこの時を我慢するしかなかった。

深夜、日付も変わりそうな頃になるといよいよ発案したナナ自身があくびをし出した。
「おいおい、自分で言い出したんだろー!」「絶対寝るなよ」マットとメロが釘をさし、ニアが密やかに(夜が明けたら解散しよう)などと考えていた時だった。

「ごめんごめん…いつもこんな時間まで起きてな…」

言いかけて急に黙ったナナに、ふと3人の視線が集まる。

「足音…!!かか隠れて隠れて!!」

少年たちが事態を把握する間もなく、重ねた机の奥のカーテンへニア・メロ・マットを押しやり、ナナは「ああ!」と慌てて教室入り口近くまで走り電気のスイッチをオフにする。
そして、暗闇の中はあはあと荒い呼吸を際立たせながら自身もカーテンへ滑り込んだ。


教室はしん…と静まり返り、机をどかして空けたスペース、中央に置いたランタンのほのかな光のみが揺れている。4人が暗闇に身を潜めまとまりながらカーテンから顔を出すと、ジャック・オー・ランタンの怪しげな笑みが浮かび上がっているのが見える。



「本当に足音したのかよ」
「絶対した!」

こそこそと小声を交わすも、少し経っても一向に人の近付いてくる気配はない。

しばし待つうち、一番に痺れをきらしたのは意外なことにナナだった。
心臓をばくばくさせて真っ暗闇にいるのが良くなかったらしい。1分2分と経過するにつれそわそわし始めたナナは「やっぱり来ないかも。戻ろうか」と気弱なことを言いだしたのだ。

「なんだ、怖いの?」
「怖くないけど。眠いだけだもん」
「うそつけー」

メロ、マットがナナを小突いてじゃれ始める。真っ暗闇で怖いと言い出すのは反則だ。
聞いている者までつられてしまうから。そんな風にして微妙な空気が漂っていた時、今度は冷静にニアが口を開いた。

「…来たみたいですよ」

ハッとして皆が黙ると、聞こえる聞こえる。廊下を進む足音。
4人の緊張が高まって息が潜められる。

ガタン!!

作戦を忘れたナナに代わって、メロが椅子を蹴り倒した。

「わっ」

思わず声を上げてしまったナナの口をマットが押さえ、子ども達が一層ひとつのかたまりのようにまとまった瞬間。


がらり、と教室のドアが開いた。


4人は廊下に指す薄暗い月明かりを背に、浮かび上がったシルエットを見た。

確かにナナが言っていた通り、その人物はハウスでは見たことがないように思えた。
ワイミ―氏より背が随分と高く、とはいえ教師のようにしっかりした体格でもなく、かと言って他の職員の女性とも思えない風貌だ。

しかし男の挙動はやや不審であった。物音に気が付いて教室を覗いたはずの割に電気をつけようとしない。誰かいるのか確認するような声をかける素振りもない。その上、一人で来たようだ。

一体全体、これが待ち構えていた人物なのか。4人が警戒して飛び出せずにいるうちに、男は部屋に立ち入ることなくがらがら…と緩やかな調子でドアを閉めてしまった。

がちゃり。

そしてなんと、教室の鍵まで閉めてしまったのだ!
足音が遠ざかったのを確認して、4人は慌ててカーテンから抜け出した。
ひとまずランタンの明かりの傍に近寄ったナナがひどく狼狽し、混乱している。

「どうしようどうしよう閉じ込められた!」
「落ち着いてください、明日誰か見回りに訪れます」

ニアが極力平坦なトーンで話すも、またしても暗闇でのタブーを冒すナナの一言で空気が変わってしまった。

「…ねえ、あの人、変じゃなかった…?」

震える声でナナがたった今見た人物の不審点を挙げていく。丸まった背中、ぼさぼさの髪の毛、言葉を発さない様子、ぺたりぺたりと今思えば裸足だったような足音…

「お、おば…」
「ち、ちがうよ!」

深夜。真っ暗闇の教室。照らされた4人の不安な顔。

カチャカチャ…再び教室のドアの鍵が音を立てたのはその時だった。
誰かが、今度はドアを開けようとしている…一斉にドアの方を向き4人が身を寄せる。
ドアは勢いよく開き、今度は電気もついた。


4人が見たもの。


それはカーテンを被った真っ白いおばけの仮装をした不審者だった。

「ぎゃーーーっ!!!」
「わ…っ」

ナナがとんでもない声を上げ、後ずさりしてマットにぶつかり、彼まで恐怖の声を晒すことになった。


「何をしているんですか」


不審者は自身の不審さを完全に無視して、4人の子どもをまるで不審者のように警戒して問いかける。

「は…ハロウィン、パーティー」

半泣きのナナが答えると、おばけの不審者はゆらゆらとカーテンを揺らし、「ではトリックオアトリート」と不慣れな調子で言い返した。

Lを待っていた時のように再び教室が静まりかえる。
何せLでもなければ、正体が全く分からない謎のおばけだ。近寄る訳にはいかない。

「……?こういう場合は悪戯希望…」

おばけがぶつぶつと独り言を漏らしたのち、5人が互いを探り合う、シュールな時間だった。
しかしすぐにおばけの方がひらめいた。

「ああ、あなた達も仮装してるんですね。失礼しました」

ではこれをあげます、とおばけはもぞもぞカーテンを揺らし、足元の隙間からカラフルな棒付きキャンディーのバスケットを差し出し床を滑らせる。バスケットはかすかな音を立てた後、おばけと子ども達のちょうど中間あたりで力なく止まった。

「では」
「あの!」

ナナは怖がりの割に勇気があった。
いや、ハウスにいる子どもなら危険を冒しても、どんなに怖くても、知りたいことがあるのだ。

「あなたは、Lですか?」

ニア、メロ、マットもおばけから目を離すことをしなかった。熱烈な視線を受けたおばけはカーテンを広げたり揺らしたりすることもなく、白い生地の下に思いきり不審な人間の曲線を浮かばせながら「私はおばけです」と答えた。

「それに…これは想像ですが、Lはこういうことはしないのではないでしょうか」

4人が確かに…と思っているうちに、おばけは再び電気を消し、廊下へと立ち去っていく。
廊下の月明かりに照らされたカーテンが不気味に揺れ、やっと本物のおばけらしく見えることに、子ども達は謎の安堵感を覚えたほどたった。


**


「電気くらいつけろよな!!」

マットが奮い立たせるような勢いで悪態をつき、電気のスイッチを押す。

再びの明るさの中に残ったのは、倒れた椅子と、意味のない飾りつけ、今となっては恥ずかしいくらいの、簡易的な仮装。
それから、きらきら輝く虹色の棒つきキャンディー。

話す気力もなくなった4人は、ニアを除いてもくもくと片付けをし、教室を後にした。

あれからしばらく、ナナは一夜の恐怖体験を語り、調子に乗って大失敗だったと後悔を見せた。


しかし、ハロウィーンナイトのどたばた劇は、何の目的も果たせなかった訳ではなかった。

3人の少年が、しばし退屈しのぎに思考を巡らせる、恰好のネタを見つけられたからだ。

ハロウィーン・ナイト


Next day...

「申し訳ありませんL、昨年あの通路を通ったところを見られてしまったようで…」

ワイミー氏は、もはや最近では”一番、目をかけている”と言っても過言ではないL少年へ声をかけた。つい先ほど彼から発せられた「何だったのでしょう、アレは」という質問への返答だ。

「謝る必要はありません。興味深かっただけで、」

L、と呼ばれた少年は語尾を思考に奪われながらぐるぐると回るコーヒーカップの水面を見つめていた。

年頃の同じ少年少女が4人、深夜、それも通常人の出入りのない教室へ立てこもっていた。
その割に、わざと音を立て注意を引いたように思える。それともあれは彼らにとって、アクシデントだったのか…。

「少女が1人いたでしょう、ナナと言います。Lを見たことがあると、友人の一部に漏らしていたようです。私にはハロウィンパーティーを行っていたと言い切って譲りませんが、Lを探そうとしていたのでしょう」

老紳士はまるで気を抜いたことを悔いるように、柔らかく苦くそう漏らすと、気を取り直してティーポットに湯を注ぎ、器を温める。

「昨年」

Lは回想する。彼にとってそのようなことは造作もないことだった。一度起こった体験は、目にしたものは、正確に記憶されいつでもまざまざと思い出すことができた。

1年前の10月31日。そうだ、あの日ワイミー氏と確かにあの場所を通ったと、薄暗い通路を進む視界がLの瞼に浮かんだ。

右側を歩くワイミー氏。人気のない廊下を進んでいた。ホテルへ滞在して捜査にあたっていた事件を解決し、拠点であるハウスへ戻った時のことだ。



……


陽が落ちてからはすっかり寒い時季だった。
部屋へ戻ってひと落ち着きしたら紅茶でも淹れましょう、と帰りの車でワイミー氏が言った夜だ。

特段返事をしないでいると、気の利く老紳士が例のごとく勘良く車を止め、「ティータイムにはお供が必要でしたね」とケーキを購入しに走ったのだった。

「本日はハロウィンですから、パンプキンケーキにしました。雰囲気だけでも」

そう言うワイミー氏へ、変わらず何の反応も示さないながら、Lは窓の外を動く景色に視線をやった。
街はカラフルに彩られ、仮装をした子どもたちが列をなして歩いている。カゴの中に山盛り入れられた菓子の包みを見て僅かな高揚を覚えたLは、無意識に指先を唇へ押し当てていた。


……



時は過ぎ、再度のハロウィンナイトを過ごした翌日。Lは信頼する老紳士の言葉に反論はしないながら、別の考えを持っていた。

ちらりと見えたナナの持ち物、手にしていた小型のプラカードのようなものが、引っかかっていたのだ。

(ハッピーバースデー、と書かれていた)

老紳士の言葉に、呼び覚ました1年前の記憶がLを答えへと導いていく。


1年前にワイミー氏が持っていたケーキの箱。

パーティーをするにしては遅すぎる時間と、全く雑な仮装。

ハッピーバースデーのプラカード。


あの4人の子どもの目的は”Lを探していただけ”ではあるまい。

彼らには、”Lを見つけたら行いたかったこと”があったのではないか。


「…初めて、祝福を受けました」


いつもの虚ろな瞳のまま表情に似つかわしくないセリフを吐く彼の姿に、「はい?」とワイミー氏が戸惑いの声を漏らしたが、Lは構わなかった。


ハロウィーン。

色とりどりの菓子が出回り、配られ、持ち帰られる日。

自分の嗜好に似ていて、なんともそれらしい組み合わせではないかと、Lは1人納得にも似た想いを胸に抱いた。


何の数字も持ち合わせていなかったLが、それからではないか。


誕生日として、10月31日の日付を用いるようになったとか、なっていないとか。


Happy 1st Birthday
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