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なのはなことば
「このまま吸い込まれて私もここの一部になりたい…」

目を瞑ったまま発したナナの言葉に、ビニールシートの同乗者二名はどうとも答えなかった。

「無視?」
「むしといえばついてますよ、虫」

ニアの指摘に「ぎゃあ」と声を上げ、ナナが勢いよく起き上がる。波打ったシートの上、倒れそうになるマグにメロが素早く手を伸ばした。

「ん、てんとう虫か!なら平気」
「裏見てみ、裏」
「その手には乗らないわよ、メロ」

マグを傾け喉を潤すメロを睨むように見据えつつ、ナナはメロのもう片手から自分のマグを受け取る。中身を一口含んで、ナナは再び肩を歩く春に目を戻した。

「意気地がねーな」
「裏がどうなっていようと見なければ気にならないもん。表側が好きだからいいの」
「盲目だな」
「恋みたいに言わないで」


談笑の先に広がっているのは一面の菜の花。「もう場所は押さえた」と告げられたニアとメロがナナにお誘いという名の強制を受け、でこぼこと頼りないシートの上に収まらざるを得なかったのが一時間程前。

ナナの用意した場所から広がっているのは、確かに自信を持って人を呼ぶのに相応しい圧巻の景色で、前後左右どこを見ても包まれる菜の花の黄色は目が痛むほど。眩しさに目をひそめても気分は明るく弾む。浮きすぎるくらいの幸。

宇宙まで見渡せそうなどこまでも遠く青い空の下、冬の名残が交ざるやや涼やかな風が吹く。それらを包んでぽかぽかと恵みを落とす太陽、点数をつけるなら百点。文句のつけようのない穏やかで満ち足りた昼下がり。三人はしばらくの間、大人しく思い思いに陽を浴びていた。


「ねえ。菜の花の花言葉、知ってる?」

綺麗、最高、花になりたい、と繰り返す感嘆の隙間で、ナナが満を持したように口を開いた。

メロは脳内の記憶を手繰り寄せる。
菜の花の花言葉は、”快活” ”活発” ”財産” それから…

「”競争”です。知ってて連れてきたんじゃないんですか」
「え」

足元の草を弄るニアから思わぬ言葉が出現し、ナナの表情がひといきに硬くなる。
メロは二人に呆れた様子で意味深に呟きを重ねた。

「メッセージ性を感じるな」

メロをさっと振り向いたナナの顔に”これはまずい”と遠慮の色が浮かぶ。シートの上はたちまち気まずい空気に飲み込まれ、事情を知らぬは三人の前を優雅に舞う紋白蝶のみ。

「ナナさんこれはまた情緒あふれるいやがらせ…」
「そんなことする訳ないでしょ!えっ!知らなかったよ?」
「ナナも策士になったもんだな」

それぞれに”競争”の意味するところは痛いほど身に染みている。左右を忙しなく振り向いて「誤解だよ?」「深い意味はないよ!?」と焦るナナにまた、シートの同乗者はどうとも答えない。

「そろそろ戻るか」
「そうですね」
「えっ、ちょっと待って〜!」

動き出そうとする二人を見てナナが慌てて立ち上がった。

「ハウスの子達にお花、少し摘んで帰りたいの。戻るならゆっくり行ってて!」

ナナは手の平を見せて制しながら靴を突っかけるようにして履き、カゴを持って帰路とは逆側に走り出す。

その様子をつられるように目で追いながらニアはマグを持って立ち上がり、続けて動き出したメロがシートの端に手をかけた。

バサバサとシートと金髪を揺らしながらメロが呟く。

「相変わらず捻くれたことするな」

ニアはその場でしゃがみ、我関せずとまた草を結んでいる。

「メロも大差ないと思います」

風が鋭く吹き抜けた。二人の髪も衣服も、視界いっぱいの菜の花も、揺らされて震える。
風が止むと花はまた立ち上がる。強く高く、野原において気高く、競い合うように背を伸ばす。

「お前のそういうところが気に入らない」
「そうですか」

弄る対象を髪に変えたニアがメロの足元に視線を移して立ち上がった時、十数メートル離れた先でナナが歓声を上げた。

「見てーー!!これで全員分あるかなあーー?」

メロとニアは声の方を向く。下からほのかな黄金に照らされて満足な笑みを湛えたナナが、カゴを傾けるように見せ走っている。

ナナが盛大に間抜けに転んだのはそれから数歩進んだところだった。

「どう?足りるよね?みんなよろこ…うえっ!!わああああ!!」

ずさーっ!と音を立てるようにして、何かに足を取られたナナは摘んだ菜の花を吹っ飛ばしながら前方に倒れこんだ。

「いったああ…。あ!この草トラップ!ニアでしょ!!」

顔を赤くしながらも精一杯照れを隠してナナが憤慨する。

それを見たメロがニアを振り向く直前のこと、一足早くメロの手からニアがシートとマグを掴み取った。

「行ってきてください。ここで待ってます」

転ばせた割に飄々としているニアに視線をやりながらメロが返す。

「待たれるのは好きじゃない、特にお前には。戻るなら勝手に戻れ」
「…ではお言葉に甘えて」

久しぶりにメロと視線を交わし、ニアがふいと振り返る。メロもナナの方に振り向いた。

菜の花がメロの視界を埋める。
背伸びした一面の黄色が、暖かい風に揺れる時が間もなく来るだろう。

散らばった一本一本の花を拾って近づくメロに、ナナが安堵の視線を送った。

「あのね、さっきの花言葉なんだけど」

快活、活発、財産に、競争。それから…

メロの手を取るとナナが照れ笑いしながら口を開いた。

「私が言いたかったのは…」


二人の天才はとっくに答えを知っていたけれど。続いたナナの言葉にメロは目を細めた。

少し残る冷たい風と、広がった春の黄。
美しい菜の花に込められたいくつかの言葉たち。

それは昼下がりのハウス裏で、それぞれの胸に正しく実感されたに違いない。


なのはなことば
快活、活発、財産、競争、小さな幸せ
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