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 少しよそ行きの服装をした彼が、飛び出す後ろ姿を見てしまったの。だから昨夜は、真実を追求するのにとても忙しかった。

 彼というのは、このハウスで「メロ」と呼ばれている人物のことだ。私は一度も、その名を呼んだことはないのだけれど。

 用心深いはずの彼が傘を持っていなくて、ヒントの少ない推理は難航した。
 外出をするにはおかしな時間帯で、濡れるのもお構いなしという様子だった。だから遠くへ行くつもりはないのかと、ひと目見た瞬間にはそう思われたのだけど。それにしては、荷物が多いようにも見えて、目的を判断するのはなかなかに困難だった。つまり、要領を得なかったというのが情けないながら結論である。

 ただひとつ。なんとなく分かったのは、メロの後ろ姿がいつも以上に、とても悲しそうだったことだけだ。それだけが妙に引っかかって、喉元につかえるように忘れられないでいる。

 メロはいつも、満たされない何かを求め、もがいて見える人だった。
 感情的だとか、高飛車であると評する者もいたけれど、荒い感情を表出させる彼はその実とても繊細で、いつもそこはかとなく悲しそうだった。怒りは第二感情なのだと腑に落ちたのは、彼を見ていたからだ。

 だから邪推にお手上げした後は、一晩中胸騒ぎがしていた。
 ぬくぬくと温度を増すベッドの中で、濡れて張り付く服の感触を想像した。髪の毛をつたって、首筋から背中に伝う水分の気持ち悪さを想った。
 そんなことは全て自分の勘違いで、今日になったらいつものように、年下の子をからかう姿が見られるかもしれないと、淡く期待もしたのだけれど。


 長いこと続いた雨は昼過ぎにようやく上がった。もう一度、確かめたくなって昨夜と同じ場所へ立つ。部屋の窓を開けると、すっかり冷やされた空気が滑り込むように入ってくる。ハウスの門を見ようとした視線が、吸い寄せられるように上方へ向かう。見上げた空には、大きな虹が出ていた。
 その裏切りと無慈悲に、思わず笑い出してしまいそうになった。
 メロがどんな気持ちでハウスを出たのかは私だって知り得ないけれど、虹の方はもっとお構いなしだ。一緒に悲しんでくれているように思えた空は、手のひらを返すように機嫌を直してしまった。
 何ひとつ解き明かすことができずとも夜は明け、メロがいなくなっても日々は続く。

 諦めとも納得ともつかぬような気持ちになって肩の力が抜けると、何だか急にいろんなことがうまくいくような気がしてきた。
 不安や焦燥、悲観や憐憫よりも、「あの人は多分、“やってのけた”んだ」という誇りのような感情がわいてくるのが分かった。やってのけたんだ。そしてきっと、やってのけるんだ。


 メロは虹を見たのかな。不意にそんなことが気にかかった。
 空を大きく跨ぐ虹はあまりに美しくて、自分の存在価値を考えてしまいそうに雄大だから、見えていないといいな、と思う。今日のところは気が付かないといいな、と願う。

 ぼんやり外を見つめているとノックの音が響いた。廊下から私を呼ぶ声が聞こえてきて、慌てて返事をする。もうすぐ夕食の支度が始まる時間になるから、そろそろ行かなければならない。

 ――彼の内側を満たす感情が、どうか悲しみだけではありませんように。
 そう願って、カーテンを閉めた。

 ドアを開けたら、メロのいない生活が始まる。
 元々話したことも、なかったけれど。
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