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意味
 女の勘は鋭い。

「ライトってば竜崎に夢中な気がする」

 捜査本部内。室内の中央に置かれた大きなソファーの上。こちらに見えるように目元の辺りまで顔を覗かせた弥海砂が、ぼそりと呟くのが聞こえる。

「……それは、どういう意」
「色んな意味で!!」

 温めたティーカップをトレーに載せながら探るように返事を紡ぐと、華奢な彼女から発せられる甘い声に続きを奪われた。

「そりゃあ、竜崎と一緒に捜査ができて、わくわくしてるのかもしれないし。キラだと疑われてる訳だから潔白は証明したいだろうし? でも、それにしても……なんか、なーーーんか、ライトって竜崎には特別に夢中になってる気がする」

 そう連ねる彼女に最もらしく驚いたような表情を返しながら、内心では、妙に共感してしまった。

 悪い線ではない。実のところ、私も似たようなことを思っていた。
 夜神月はLに近寄ろうとしすぎる。物理的にも、心理的にもだ。その仕草、一挙手一投足はさりげないように見えて、”潔白の証明をしたいから”だけでは説明しきれない、何か執着のようなものを感じるのだ。監禁が解かれてからはかつての執着も多少軟化したように思われたものの、今度は常時手錠をすることになり物理的に離れられないようになってしまった。


「……る? 聞いてる? ……ナナちゃんっ?」

 一時的に私に充てがわれている名前を呼ぶ声にハッとして、視線をソファーへ戻す。弥海砂は可愛らしい顔のまま眉をひそめ、艶めいた小ぶりな唇を尖らせていた。それから、にひっと言わんばかりに小悪魔的に笑って彼女は切り出した。

「ミサ、作戦思いついたから」

*


「はいっ竜崎、ケーキ食べさせてあげる。あーんして♪」
「ミサさん直々に食べさせてもらえるなんて光栄です」

 適当な相槌を打つLが促されるまま口を大きく開く。一口大のケーキを刺したフォークを、弥海砂が甲斐甲斐しくLの口元に寄せる。それをぱくりと受け取り、Lはもぐもぐと満足そうに咀嚼してみせた。

 存在も知らなかったルーフバルコニーは、抜かりのない仕上がりだった。心地よい快晴の元、久しぶりに堪能する外気。周囲を囲まれ、都会の喧騒は感じさせない。雄大な空を見上げて風に頬を撫でられながら飲むアイスコーヒーは格別で、さながらバカンス気分だ。今が捜査中であることを忘れさせてくれる空間。

 弥海砂の語った作戦というのは、至ってシンプルだった。夜神月の視線を得る為に、彼が夢中になっている竜崎を自分が奪ってみせるという。竜崎を排除して自分がその座に収まる、という考えにならないところに、彼女の視点の鋭さやセンスのようなものを感じて、半ば感心したことは内緒だ。

「竜崎とミサがイチャイチャするから、ナナちゃんはライトが竜崎に近寄らないように引き留めといてっ!」

 それが彼女からの指令だ。そうは言っても実際に四人で出掛けること等できはしないだろうと思っていたら、駄々をこねた弥海砂が見事この場所をLから引き出したのだ。

 大ぶりなラタンソファで、隣に腰かけた夜神月がため息にも似た呼吸を漏らす。

「しかし、竜崎の資産は半端じゃないな……」
「……本当に」

 苦笑いで応答して、私たちは顔を見合わせて笑った。彼の手首から伸びる鎖を辿った先で、Lは弥海砂の熱烈な介抱を受けている。わざとらしく鼻にクリームをつけたLを、弥海砂が「かわいい、かわいい」と連呼して、ナプキンで丁寧に拭いてあげている。ぼんやりと眺めていると、ちらりとこちらへ視線を向けた弥海砂がかすかに頷くような仕草をする。

 彼女の目くばせを受け、私は頼まれた一言を繰り出す。そういう手筈になっているのだ。

「あ……え、と、二人、仲いいね」
「二人? ああ、竜崎とミサのこと?」
「うん」
「あれは仲がいいって言うのかな」

 勘のいい夜神月は、これ見よがしな茶番を見届けながら困惑した様子で告げる。私は返答に困り、曖昧に笑ってごまかした。

「ナナさんは妬いちゃう?」
「へ?」

 ソファの脇へ肘を置き頬杖をついた夜神月が、探るように聞いてきたのでどきりとした。

「何に?」
「竜崎がミサにデレデレしていて」
「あれ、デレデレしてるように見えます?」

 そう返すと、夜神月は少し意外そうに目を丸めた。それから少し向こうを見て、愉快そうにこちらへ視線を戻す。

「普通はそう思うんじゃないかな。ナナさんは竜崎をよく知っているんだね」
「竜崎は破格の報酬を出してくださるので」

 ”だから彼の元にいるし、だから彼の元から離れないんですよ”という牽制を含めて返す。夜神月は私の意向をくみ取って、「冗談だよ」とそれ以上の踏み込みを遠慮してみせた。

「月くんこそ、どうなんですか? 可愛い彼女が取られちゃうかも」
「僕はむしろ、ミサに竜崎を取られた気分だよ」

 夜神月はそう言って、がっくりとうなだれる。色素の薄い綺麗な茶髪が揺れるのを見ながら、まさしく弥海砂が狙っていた通りだと感じ、思わず笑ってしまった。
 顔をこちらへ向けた夜神月が、不思議そうな表情を浮かべる。

「何か面白いこと言ったかな」
「いえいえ何も。確かにそうだなと思って」
「ミサが竜崎に心変わりしてくれるならそれはそれで助かる部分もあるんだけど」

 どこか遠い目をして、夜神月がぼそりと呟く。彼女との関係を悩ましく思っているのは本当らしい。

「……竜崎、お金持ってますからねえ」
「目がくらんで? でも彼女は愛に生きるタイプだろ」

 今度は私の目が丸くなっていたことだろう。夜神月がそんな風に弥海砂を捉えているとは意外だった。

「月くんも、ミサさんのことよく知ってるのね」

 私は少し顔を傾け、夜神月を覗き込むようにして意地悪を言う。

「やめてよ」

 彼は眉を顰め、白い歯を覗かせて爽やかに微笑んだ。

「えーー!! もう!? 短い!! 全然楽しめてない!」

 甲高い声が響き渡ったのは、その時だった。弥海砂はさっきまでの上目遣いをやめて、キッとLを睨み不満げに文句を言っている。

「多少の休息時間は取りました。我々は暇ではないんです」

 弥海砂の抗議をものともせず、Lがこちらへ向かってくる。じゃらじゃらという鎖の音が、小さく響く。

「竜崎、もうお戻りになるんですか?」
「もっと、がいいんですか?」
「いえ、別に……」

 ちょっと聞いただけなのに、随分と不機嫌で驚いた。何怒ってるのよ、と胸の中で悪態をつく。

「月くん、ミサさんが部屋まで二人きりで帰りたいそうです」

 Lの発言に、夜神月と弥海砂が同時に「えっ」と声を上げる。

「手錠を外すことはできませんが、最大限伸ばして二人で歩いてもらって構いません」

 Lが続けて条件を告げると、弥海砂は一気に表情を明るくさせ「やったー! りゅーざき、分かってるぅ!」と調子よく受け入れた。そう言うや否や、彼女は夜神月の腕に絡みつく。無理やり引っ張られた夜神月は、突き放すことができないまま促されて、よろよろと室内へつながるドアの方へ向かった。

「二人だけにさせるのは危険なのでは?」

 小さな声で問いかけると、同じ声量で返事が返ってくる。

「二人だけにさせていません、こうして見張っています。夜神くんだけを自由にさせる方がよほど危険です」
「……それは、どういう意」
「色んな意味で」

 不機嫌なLはそう言うと、咄嗟に私の手を掴んだ。そして驚く間もなくその手は私の指先をすり抜ける。それは一瞬の出来事で、まるでうっかり掴んでしまったかのように思われた。
 
 私を置いてぺたぺたと進む”竜崎”の後ろ姿を見つめながら、一瞬、よく手を繋いでいた幼少期を思い出して、私はLの言う”色んな意味”を考えるのだった。

意味
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