新しい年が来た
「病み上がり 行けなくなった 初詣」名句だな、とメロが相槌を打つ。
大したことはなかったの。だけど、年越しを前に風邪をひいてしまった。もう回復期に入っていて、明日には普段通りの生活ができそうなくらいなのに、冷える深夜は辞めた方がいいと、楽しみにしていたみんなとの初詣が叶わなかった。
「もう落ち着いてるのに」
「念には念を、だろ」
唇をとがらせる私を見て、メロは呆れたような表情に優しい瞳をのせて微笑む。そんな顔をされたら抗えなくて、それより一緒に留守番してくれているメロへの感謝が上回る。
楽しみにしていたのに。みんなと行く初詣。寒い中並んで、甘酒をいただいたりして。それから新年の願いを込めて、絵馬を書いたりもしたかった。
テレビもSNSもどこもかしこも新年の挨拶でいっぱい。私だけが、新しい年に出遅れてなんだか取り残されたようだ。そんな感覚も、忙しさの中であっという間に忘れてしまうのかもしれないけれど。
「あ!」
「ご帰還だな」
玄関で物音がして、弾かれたように顔を上げる。代表して初詣に行ったL・ニア・マットのお帰りだ。せめて感想くらい聞いて、自分も初詣気分を味わいたい。
「おかえり! 楽しかった?」
リビングのドアが開くと同時の質問は性急だったかもしれない。しかしそんなことは気にせず、マットは即座に答える。
「この三人で行って楽しいと思うか?」
ニアが私のところへ来て、ふわふわの白い手袋をはめた手でみかんを差し出してくれる。受け取るとそれはよく冷えていて、ああ、今すぐ食べたい。
「誰も話さないから楽しいも何もない」
嘆くように口にするマットだけど、その口調は軽やかで、新年の空気を胸いっぱい吸い込んできた爽やかさがある。きっと、楽しかったのだ。
Lがふわりと近付いてきて、私の額に手を当てる。大きな手のひらは一瞬ひんやりとするけれど、中央はほのかに温かい。私の熱と同化して、すぐに心地よくなる。
「落ち着いたようですね」
「うん」
口角をにっと小さくあげて微笑んでみせたLは、それからコンビニの袋をメロへ差し出す。
「留守番ご苦労様です」
軽く瞼を開いて想定外という顔をしたメロが袋を受け取る。中を覗けば、板チョコレートにカカオドリンク。これもきっと、よく冷えていることだろう。
「別に、大したことは」
素直になれずそう呟くメロの頬に、口角に、いつも色々を飲み込む瞳の奥に、憧れの人からの差し入れを喜ぶ小さな感動が煌めいていて、優しい気持ちになる。
メロもこうして、新しい年の一員になっていくのだ。
「それより」
マット、と呼びかけて、ニアが彼の方へ向き直る。楽しい文句を言っていたマットは、Lの視線にも促されて「ああ、そうだ」と自身の持っている紙袋へ手を差し込む。
一体何かとメロを振り返ると、ぱちり視線が合って思わず表情が明るくなる。やっぱりみんなが揃うと楽しい。
例え当初の目的が果たせなくても、思い通りにならなくても。
「はい、お土産」
マットが差し出したものを見て、今日一番の歓声が出た。
「絵馬!! 書きたかったの! わあ……」
受け取った絵馬の、柔らかな木の質感が手に心地よい。
「人混みが落ち着いた頃、改めて行こうよ」
マットの明るい声が、頭上から降り注ぐ。
「うん、うん……! そうする!!」
こうして、私も新しい年の一員になっていく。否応なく進む時の流れにどうせ飲み込まれるなら、せめて自分の意思で一歩を踏み出していこうと思う。
着替えをしに三人が場を後にする。
私は早速、こたつの天板に絵馬を置いて、転がっていたペンをわくわくと手に取った。
「何をお願いするんですか」
大して聞く気がなさそうに声をかけて、メロがこたつから立ち上がる。
「決まってるよ!」
鼻息荒く答えると、ふっと漏れた笑い声が聞こえた。
邪魔をしないよう気遣ったのか、メロは「あんま興奮すんなよ」と、私の頭を優しくぽんと叩いてキッチンへと向かった。
一人になったこたつの中。体も心も温かくて、満たされているのを感じる。
ペンのキャップを取ったら、迷うことなく書き進める。
“今年もこれからも、みんなと一緒にいられますように”
心からの願いを込めて、変わらぬ想いを文字に宿して。
新しい年が来た