home's_16 | ナノ
ほてる
「え?」「ん」

二人、同時に声が出た。

ニアと、私。久しぶりに隙間時間が取れたので、貸し切っているホテルの最上階、スイートルームにおとまり。といってもまたすぐに帰る、今回は一泊だけの短いバカンス。外には出られないからバルコニーで水遊びしていた直後のことだ。

ニアの着替えをとろうと開いたスーツケースの中にはスウェット素材のグレーのパーカーに、ブラックの細身ジャージ。
昨夜支度する時、リラックスタイム向けの素材だしたまにはこういうの着ない?と提案してあっさり却下されたやつ。

「…図りましたね」
「ちちちちち違う!ニアがいやがることする訳ないじゃない!
ちゃんといつものパジャマも置いといたよ?見なかったの?」
「……」
「ニア…自分で支度したのよね?」
「ロジャーに置いてあるものを入れるよう頼みました」
「自業自得ね…!」

ニアは言い訳を失って視線を空に投げる。

「このままでいいです」

…そうは言っても。

さっきプールに浮かばせたあひるをばちゃばちゃやったり、水鉄砲対決したり、最終的に水かけ合戦に発展して、私たちは今、肌が透けるレベルに服ごと濡れている。
言葉で表すならTHE・びしょびしょ。さすがにこのままで過ごすのには無理がある。

「風邪ひいちゃうから、せめてこの服が渇くまでの間、着替えよ?」

前髪から雫を落としたニアは、数秒覚悟に時間を要したけれど仕方なく受け入れたようだった。


**


「入っていい?入るよー」

リビングルームに戻ると、こちらに向けた丸い背中が目に入る。

不機嫌は十分に伝わるので言及はしないけれど、けれど…可愛い。

「…重い」
「いつものに比べるとねぇ」
「しかも妙に風が通ります」
「ジャージはサテンより目が粗いからねぇ」

もう帰りたい!なんてことにならないよう慎重に言葉を選んで共感していく。

「それに…首のあたりが」

不愉快そうに首を傾けたニアは、そう言って後ろ襟へ手を伸ばす。

「あ!タグ?切ろうか?」

「いいですこっち来ないでください」

即座に言い切られて一歩踏み出した足をぴたりと止める。

少し気の毒になってベッドルームへ戻り、私はベッドの上におさまった。


「……」

しかしながらここから観察していても、やはりニアはもぞもぞ身体をよじり首筋を気にしている様子。せっかく二人でゆっくりしようと思ったのに、ロジャーのミスめ!いや、ニアの自業自得!ああ、それとも私の余計な提案のせい?


「怒ってる?」

少しして、沈黙に耐えられず聞いてみた。

「見られたくないだけです」

さっきより少しトーンの落ち着いたニアの声。

「タグだけとってあげるから。ね?」

優しく声をかけると、いよいよ首の不快感に痺れを切らしたのか「…そうします」と素直な返事が戻ってきた。


**

そうっとニアの前まで来て、

本人に気付かれないように気を遣いながら、


それでも私、息をのんでしまった。


少し下を向いて唇をやや尖らせている愛しの恋人、普段は手の届かない場所にいるみたいに遠く感じる世界一の名探偵は、フードを目深にかぶって何でも見抜いてしまうあの美しい目をひたすらに隠している。
落ち着かない素振りで人差し指に髪を熱心に絡めているけれど、いつもの動きをする手首を隠しているのは、いつもとは違うグレーのパーカー。

「…フード外してくれないとタグ切れない、よ?」

「……」

にわかに流れる沈黙と、膝を抱えて動かないニア。

これはどうしたものか。困ってしまうけれど。


でも


覗くと微かに見える投げやりな目元、半渇きでラフに乱れた髪、鼻先まで色っぽく影を作るフード。

抱えた足も、ブラックな色味のせいかいつもよりすらっとラインが見えて、なんだかとっても年相応で、現代的な感じで……


「かっこ、いいよ…」


思わず、口走ってしまった。


「何を…」
「ごめん口が滑った!にっ、似合うからさ…!」


気味悪がるようにこちらを向いたニアは、私の勢いにすぐさま視線を戻す。

ばつが悪そうに反対へ向けた顔、追いかけるように覗きこむと頬がほんのりと赤みを帯びている。

うううやっぱりかっこいい、そしてかわいい。


我慢できなくなって、思い切ってニアのひざに手を乗せた。
ぐっと近づいて、ほっぺにキスする。
それからこめかみにも。フードの隙間に入り込むように、耳にも、首にも。
フードっていいわ、中がこんなにも、ニアの匂い。

そのままニアを押し倒して、もう一度頬へキスする。
さすがに真正面から目が合うので、今度はきちんと唇にも熱を落とした。


「…負けました」

グレーの生地をまとった腕で目を隠したニアは、少しだけ熱っぽい息を漏らして呟く。

「はい、フード脱いで!じきにパジャマも渇くわ」


**


降参後はすっかり大人しくなったニア。気を付けてタグを切り取ってあげた。

タグを処分して、はさみを片付けて、振り向いて見るフードを被ってないニア。

このスタイルもまた、悪くないなぁ〜いいなぁ〜とまじまじ見てしまったら、ニアが突然口を開いた。


「今日は着替えなくてもいいです」




着替えるのが面倒になったのかな?そう、思っていると、


「……ナナから来られるのも悪くないので」


前髪をいじって顔を隠したニアがいじらしいことを言ったので。


…今夜は熱い夜になるかもしれません。


ほてる
PREVTOPNEXT

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -