Happy day
私たちは朝から衣装箱をひっくり返していた。今日はハウスを卒業したカップルの、めでたい結婚式。
特殊な環境で恋に落ち、互いを支え合ってきた二人の記念すべき日。
同級生として近くで見てきた私たちにとっても特別な友人である二人から、ハッピーなご招待を受けたのだ。
学生時代だって誘いに乗って外で遊んだことなんてほとんどないニアを遠慮なく招待する辺り、あえて空気を読まない間柄がすごく嬉しい。
(さすが、説得上手)
友人の手腕に感心しながら、私は顔を上げて珍しい光景をまじまじと見る。
いつもより固くしっかりした生地であるYシャツに腕を通したニアが、"着心地の悪さが甚だしい"と言わんばかりに視線を投げやりに下へ落として嘆いている。
「神父の服装の方がいいです」
「あの服装は神父がやるものです」
ぴしゃりと返してベストを渡すと、のろ〜っと気乗りしない手がゆっくりとそれを受け取る。
「セリフならすべて記憶しています」
「でもニア、信心深くないでしょ」
「……ええ、まぁ」
悪びれる様子なく髪を指に巻き付け、どうせもう着るのに最後の抵抗をしているニアは少し可愛い。
指を離した反動で緩く戻っていく髪の毛を尻目に、ようやくニアがベストに腕を通す。
結構似合っていて、今日はこのニアと一日一緒に過ごすんだと思うと、ついついお祝いとは別の喜びが胸にわいてしまった。
引き続いてロジャーが用意してくれた箱を探ると、お目当ての品を発見。
「ニア、ネクタイあったよ」
一応声をかけつつ、「やってください」と言われ待ちしてしまった。
どうせ上を向いたまま「はい(着けろ)」と言ってくるだろう。
そう思って綺麗な光沢を宿したシルバーの生地を眺めていたら、「はい」の声と共に突然ネクタイが蛇のように動き出し、するする〜っと私の手からすり抜けていってしまった。
右を見ると白いシャツにグレーのベストを重ねたニアが、襟を立てて、迷いのない動作でネクタイを回しているではないか。
顔を上向きにして、下の方を見るニアの冷たくて鋭くて面倒くさそうな視線が、大きな声では言えないけれどとてつもなく格好いい。ううう、好きだ。
手順に合わせて顔を右へ左へ傾ける様子、あっという間に形作られるネクタイに惚れ惚れする。
最後に結び目を整えたニアが、ちら、とこちらを見て自信ありげに言った。
「…惚れ直しました?」
いやもう、恐れ入るくらいに。
「惚れ直しました!できたんだ」
今思うと、さっき完全に身動きを止めて凝視していた。
だってほら、私の右手、まだネクタイを持っていた名残の形。
「舐めてます?」
じろっと睨まれ急いで言い訳をする。
「だってダーツへたっぴだったじゃん」
ジャケットに腕を通すと、いよいよニアと一般人男性の違いが分からなくなってくる。
勿論褒めてる、色々な意味で。
「運動は苦手なんです。手先は元々器用でしょう」
「ああ…そうか」
返事をしつつ、ダーツって運動なのかしら、とちょっと考えてしまった。
そんなやりとりを交わしながら、無事着替えは完了!
あとは荷物の最終確認をしよう、と思ったその時だ。
荷物の方を向いた私の後ろから、ニアが「それより、」と声をかけてきた。
「ナナの方がよほど着替え下手…」
「え??」
「後ろのホック、掛け違えてます」
身体を後ろにねじって鏡を見ると、確かに背中側が変に歪んでいるのが分かった。
出発する前に気が付いて良かった。けれどスマートにネクタイをつけたニアを茶化した後、このミスは恥ずかしい。
なんて、思っていたら。
鏡の中にいるスーツを着こなしたまるで別人のニアが、こちらを向いて口を開く。
声は、いつもと同じなんだけど。
「直しても?」
「はっ、はいっ!」
確認を投げかける目がいかにもデキる男風で、そりゃいつものニアも実際にはデキる男なんだけど、とにかくドキッとしてしまった。
ニアの指先が肌に触れる感覚、視線が注がれていると思っただけで火照る背中。
「…"はい"とか言って」
ニアが緊張した私をからかうので、
「ス、スーツのニア、別人みたいでドキドキしたんだもん!」
素直に本音を。
だってこんなに顔に出てしまったら、どんな言い訳も通用しない。
「ナナはいつも通り可愛いですよ」
言われてすぐ、「直りました」と離れていく熱が恋しい。
ニアの発言は反則だ。今日のニアは特別にときめくけれど、私だっていつもずっと素敵だと、本気で思ってる。
「ニアだっていつもかっこいいよ」
振り向いて、真正面からニアをじっと見つめ上げる。本気が伝わるように。
「…行きますよ」
ニアは褒め言葉を聞き流したフリをして、手を差し出す。
神父でも、
スーツでも、
パジャマだっていい。
大好きなニアのエスコートにかかれば、そんなのなんだって。
今日一日、新郎新婦に次いで、私達も多分最高にハッピー。
そう信じて、私はニアの手を取った。
Happy day