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大した男女
頼まれていた荷物を届けに行ってきた帰り道。
現在拠点にしているビル、高層階まで戻るのちょっと面倒だな〜等と考えながらエントランスをすり抜けたところだった。

「さっき出てったのがそうなんでしょう?可愛い彼女さんね」
「…大した女じゃない」

エレベーターホールへ向かう角を曲がる直前に聞こえた会話。
ひどいこと言う男がいるもんだと大して気にも留めずに進んだけれど、足を進めた私は最悪な現場を目の当たりにすることになった。
視界に捉えた"ひどいこと言う男"は、あろうことか、私に外出を申し付けたメロその人だったのだ。

後ろ姿だけど、特徴的なブロンドボブの、スタイルの良い男性。どう見てもメロ。
そのメロの首に、女の人が両手を回し甘えるように絡みついている。
メロの肩越しに見えるその人は肌の露出も多く、濃いメイクを施したいわゆるセクシーな美女。
一体どういうことかと目を見張り、足が止まってしまった。

ふと私に気が付いた美女が「…あら、」とメロから離れ、メロもさっとこちらを振り向く。
ばっちり目が合って、三白眼の瞳から狼狽の様子がよく伝わってきた。

つかつかとエントランスへ向かう女性が、値踏みするように私を足の先から頭の先まで
じろじろ見て「お気の毒」と小さな声で囁いて横を通り抜ける。

かああ、と全身が熱くなるのを感じた。

メロからの頼まれごとだったのに、まさか女の人といちゃいちゃしたくて私を追い出す魂胆だったなんて、ひどすぎる。

睨むようにして見つめ合っている間に、エントランスのドアが閉まる音が聞こえてくる。
それを合図にして口が開いた。

「…最っ低」

「ナナ、待っ」

同じ空間にいたくなくて、すぐ横にある非常階段の扉を抜けた。こんなところ初めて入る。
けれど今非常事態だから間違った使い方は決してしてない。

怒りに任せてけたたましく足音を立てながら登っていると、完全に閉まる前に再び扉が開き、メロが入ってきた。

「来ないで!」

大声で放ち、速度を上げる。狭い空間だから足音と声が反響してうるさい。

「ちょっと待てって」

「嫌です!」

「おい、ふざけんな」

「ふざけてるのはそっちでしょ!!」

ガンガンと足音が鳴り響くように雑に階段を駆け上がっているのに、それに負けない声を出してメロが追いかけてくる。しかも言い返してくるから、余計に腹が立つ。

「お前があの女に変な反感食らわないようにしただけだって!」

それを言えば誤解がとけて解決するとでも思ったの?


"大した女じゃない"


胸に刺さった言葉はそんな簡単に抜けはしない。

「私を下げるような言い方する必要ないじゃないっ!」

「それは」

「そうやって無意識に出てくるってことは本心なんでしょ!もうほっといて!!」

叫びながら階段を勢いよく上るって、疲れる。

このままでは息がもたないし、追いつかれそうだったので、隙をついて横の扉からフロアに戻り、ちょうど待機していたエレベーターに駆け込んだ。

上がった息を抑えながら「閉」ボタンを押すと、ドアが閉……まりかけたところでメロがその間をすり抜けるようにしてエレベーターに乗り込んできた。

「ぁっぶな…」

思わず声が出てしまって、メロの身を一瞬でも案じたことに悔しくなる。

本当にひどいよ。こんな風にいつもメロのことで頭がいっぱいなのに、私のこと大した女じゃないなんて。

思い出すと目が潤んでしまうから、隠すように足元だけを見つめる。

するとその視界に、じりじり近付くメロの足が侵入してきた。

「何よ、」
「……」
「それ以上来ないで!」
「……」
「もう嫌いになったから!」

顔を背け、壁際に寄り、必死の抵抗を見せたものの、角に追いやられれば逃げ場はない。


「…いいから少し黙れ」


そう呟いたメロに強く抱き留められて、大人しく包み込まれてしまった。
本当は押し返そうとしたのだけど、反発を許さないメロの腕の力の方が、私よりずっと強かった。

階段のせいか、焦りのせいか、…やはり階段のせいか。
メロの心臓も珍しいことに相当ばくばく言っている。
荒い呼吸の隙間に「ナナを守るつもりだった」と、急ぎ弁明を混ぜてくるメロの声は真剣で、やっぱり結局、安心してしまう。

「そんな、ことしても、きか…きかないから!」

胸の辺りを軽く叩いて怒ってる素振りをしようと思ったけれど、さっきまでの悲しい気持ちと安堵と、メロの温かさとか甘えたい気持ちとか。色々が入り混じって涙が溢れてきてしまう。

腕の力を緩めたメロは、私のひどい顔を覗きこんで心底戸惑った顔をする。

それから遠慮がちに上げた手で、少し迷ってから乱れた髪をそっと耳にかけてくれる。
とびきり、甘い触れ方で。

「か…わいいと、思ってるって…泣くなよ」

ストレートな言葉が嬉しいけど、まだ衝撃のダメージが抜けきれないのでつい言葉を返してしまう。

「うそつき」

「うそじゃない」

親指で涙をぬぐいながら、メロはすぐに否定してくれる。

そういえば以前、危険な女性とやりとりがあること、ナナを関わらせないようにしたいとマットに話していたのを頭の端で思い出す。

「本当に?」

メロの真剣な目を見ていると、心がすーっと落ち着いていく。
メロは、普段の生活では無駄な駆け引きなんてしない。

「本当」

そう重ねてメロはこめかみに優しく唇を這わせる。

最後の言葉が返ってきて、やっと疑う気持ちが消えていくのを感じた。


唇を離したメロと、額がくっつきそうな距離で見つめ合う。
今多分、二人は同じ気持ち。

瞼を閉じて顔を近づける。

さっきまであんなに怒ってたのに、不思議。
今は悲しみを溶かすくらいの、真実を誓いあえるほどの熱が欲しい。



その瞬間。

静かな作動音と共にエレベーターのドアが開く。

「!?」

驚いて見てみればさっきと同じ階にいる。
お互いに慌て過ぎて行き先階を押してなかったらしい。

「おいおい…熱気すごいんだけど。どこで何してんだよ…」

開いたドアの方を見るとマットが心底気持ち悪そうな顔をして立っている。

「ちがっ」
「ななな何もしてないよ!!」

さっきまでの誤解は瞬時に消え去り、今度はメロとタッグを組んでマットの誤解を解く番。


正確に言えば誤解ではなく、マットの読みは正しくもあるんだけど。

大した男女
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