efficacy
頭が重い…気持ちと同じくらいに。部屋が暗い…気持ちと同じくらいに。
どうもがいても頑張る気力を持てない今の自分に嫌気がさしているのに、
それすら生意気な気がして、本当にもう、どうしようもない。
こんな時世界はとても無情で、愚かな私がどれだけ虚しく立ち止まっていようとも、時間はぐんぐん過ぎていく。
明けない夜はなく、必ず朝が来て、そして私が動けないでいる間に再び夜が来る。
時間が過ぎるほどにリカバリが利かなくなっていく、そんな錯覚に苛まれベッドに身体が沈み込んでいく気がした。
半分くらい、埋まっているのかもしれない。
ことり、と音がして、事態を理解するのと同時に胸が重くなった。
部屋に誰かが入る音などしていないと思ったのに。
驚く以上に、そのことに気が付かないほど疲弊している自分の思考回路と注意散漫の様が悲しい。
もう、立ち直れないのではないかとすら。
きちんと現実に耳を澄ませると、サイドテーブルに置かれたトレー。その上で置き方を整え直されているのは…グラスと、お皿かな。
乾いた唇が力なく開いて、投げやりな声を漏らした。
「なに?」
「水とサンドイッチです」
「…めずらしいね」
「ロジャーからです。ナナにと」
ニアの部屋は音を立てるものがない。
会話が途切れると部屋の中がしん…と静まり返る。
「…いらない」
からん、と本来なら小気味いい氷の割れる音が私とニアの間で寂しげに響く。
それと同時に、ベッドが軋んでぼんやり前を見つめていた視界が揺れた。
避けたくて、ベッドの端に寄る。
嫌がる素振りなのに、ニアはまるで譲ってもらったかのように堂々とベッドに乗り上げてくる。
これが鈍感力ってやつなのかもしれない。
「ケットの端、踏んでて重い」
つっけんどんに言うと、失礼しました、といってニアは一度体をどかし、それから更に深くブランケットの中へ入って来る。
「ほっといて」
きつく言い返すと。
「すみませんが、私のベッドです」
「ああ」
そうだった。甘えるのにもほどがある。
何もかも嫌で、もうどうでも良くなってしまって、
でもそんな私が頼るのは、結局ここなのだ。
「…匂いが。落ち着くかなって」
数日に渡り寝床を奪い取っておいて、悪かったなと言い訳してみる。
久しぶりに素直に言葉を出すことができて、ほっとしたらするすると涙が肌を伝った。
ニアに悟られないよう、静かにぬぐう。私の代わりに袖が湿り気を帯びていく。
「効果の程は?」
「ううん、思ったより。…匂い薄かった」
私がいつまでも起き上がらないのは、匂いの薄さのせいではないのに、責任転嫁。
本当に、期待したほど落ち着かなくて。
ニアの部屋に乗り込んでおきながらこの有り様なことが、情けないやら可笑しいやら。自嘲気味に小さく笑ったら、鼻がぐすぐす鳴ってしまった。
「フェロモンが足りないのでしょうか」
絶対冗談なのに、大真面目に呟くニアの、距離を保った優しさが心を柔らかくしてくれる。
私の顔は見られたくないけれど、ニアのことが見たかった。
顔を伏せ気味に振り向く。ニアはこちらを覗いたりせず、滑らかな動作で私を包み込んでくれる。
どうしたの?もないし
大丈夫?もない
なんの答えも求められない、安心感。
私にはニアがいるから大丈夫、って。
いつもこうして、何も言わずに教えてくれる。
「こうしてましょう、効果が出るまで」
「…うん」
胸元に埋もれれば、心まで満たすニアの匂い。
静かな鼓動と柔らかなぬくもりが頭のもやもやまで追い払ってくれる。
手できゅっとニアの服を掴み、身体を包む腕に身を任せて。
規則正しい心音を耳にしながら、久しぶりの心地よい眠気に包まれる。
目が覚めたら、今度は一歩踏み出そう。
にわかにわいた気力を胸に宿して、私は今度こその眠りについた。
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