I think
クリスマスイブの夜、小さい頃はいつサンタさんが来るんだろうってなかなか寝付けなかった。
今夜こそは正体を暴いてみせる!それからあんなことやこんなこと、いっぱいお話してみたいな、なんて。
そんな風に意気込んでいたのに気がつくと眠っていて、朝目覚めるとやっぱりいつの間にか来たサンタさんは帰った後だった。
と、いうのに。
大人になった私のクリスマスは忙しい。
子どもの頃の私と同じように寝付けない、そのくせ子どもの頃の私よりずっと賢い彼らが寝静まるのをじっと待って、プレゼントをツリーの下に置きに行くという重大任務を請け負っているから。
用意周到なハウスの子ども達は、ドアにかける靴下にもあれやこれや仕掛けしようとするので、「そんなことしたらサンタさんに失礼よ。」とか、「大変!こんなとこに隠しカメラが!」なーんて言いながらそれらを排除するのはすごくすごく骨の折れる作業だった。
クリスマス前に、私は既に満身創痍なのだ。
と、いうのに。
12月に使った神経を再度フル動員させ、イブの夜、私は沢山の罠を掻い潜りに出なくてはならない。
ツリー下とそれぞれの靴下にプレゼントを配り終わるのはド深夜。
「あぁ!終わった…!」
足音一つ立てず、無事部屋に戻った私は大きく息をついた。ふくらはぎに走る微妙な感覚は、明日の筋肉痛を約束している。
さー!ゆっくりするぞ〜!
子ども達の驚く声を楽しみに幸せな眠りにつきたい…
と、いうのに。
あの人たちが騒がしい。あの人たちっていうのはつまり、私の部屋の周辺に生息している秘密の住人の方々。
命を危険に晒してからこういったことが前より楽しくなってしまったらしい。嬉しいような、迷惑なような。
これから部屋に訪れるであろう彼らが喜ぶように、私は寝たふりをしていなければならない。とはいえ、爆睡する訳にもいかないし…サンタさん、これは私と彼らと、どっちがどっちにあげるプレゼントなのでしょうか?
I think
**
早速、足音が聞こえてきた。普通なら深夜、部屋に入り込んでくる変質者は捕まえなければならないけど、英国紳士らしい振る舞いを信じて寝たふりのポーズに入る。
キィ…パタン。
あまり隠す気のないぺたぺた足音、最初に来たのはLね。
侵入者はベッド横のサイドテーブルにプレゼントをことりと置く。
(ありがとう!)
心の中でお礼を言い、寝たふりを続けていると、少しひんやりした手が鼻先に触れた。
そのままおでこに向かって手が動き、前髪をかきあげられる。
ん?何かおかしい。顔が近付いているような…!
パチリと目を開けると、肌が触れ合うまであと数センチの近さに、L。
「起きてます。」
ぴしゃり放つと、
「分かってます。寝たふりするのもマナーですよ。」
Lが反省のない目でこちらを見る。
「寝たふりしてるのをいいことにキスしようとするのが先にマナー違反です。」
更に言い返すと、拗ねたLが親指を口に運んだ。この人は…。
「でもプレゼント、嬉しい。どうもありがとう。」
気を取り直すようにっこり微笑むと、Lの瞳の奥も柔らかくなったような気がした。
「開けてもいい?」
「クリスマスプレゼントはクリスマス当日の朝に開けるものです。」
「ちぇー!分かりました!我慢する。」
唇を尖らせ告げると、Lがドアの方を振り返った。
「次の訪問者が来そうですね…私は部屋に戻るとします。」
「そう?寒いから風邪ひかないようにね。」
ベッドから出て入り口までついていく。
布団で温まった体は、廊下よりは暖かいはずの部屋の空気にもひやっとする。
ドアに手をかけたLがこちらに向き直る。
「寝静まったらまたキスしに来ます。」
相変わらずの不敵発言。
「その時は絶対に部屋に入れないように鍵かけときます!
…ふふっL、ありがとね。」
「お礼をいただいていません。」
ん?
顔をあげると、Lが自分の頬に指を当て、キスをせがむポーズを取る。もう、懲りない人なんだから。
うっすらと睨むようにして"しませんよーっだ!"と匂わせると、譲らないLが
「挨拶の方の、です。」
とこちらをじっと見つめる。
そんな風に言われたら、ごまかせなくなる。
間があったので恥ずかしかったけれど、目を瞑り頬に軽く口付けた。
「はい!ありがとう!おやすみ!」
捲したてるように告げ、私はLの背中を押し出した。
**
ほぼ入れ違いでニアがやってきた。
「Lが来てたんですね。」
「すごい!何で分かったの?」
ニアの名推理に期待して聞く。
「こんな時間でも甘い匂いをさせてるんだなと。一緒にいるだけで虫歯になりそうです。気をつけた方がいいですよ。」
今日も絶好調に毒を吐くニアの言葉に笑ってしまう。
「言い過ぎ…!」
夜中なので抑えつつも声が漏れ出てしまう。堪えようと思うとますますおかしい。
くすくす揺らしている肩に少しかすめるように小ぶりなプレゼントが差し出された。
「どうぞ。」
「わぁ!ありがとう!…Lに明日開けるように言われたから、明日見るね。」
「…そうしてください。」
そそくさと部屋を後にしようとするニアを追い、部屋の入り口まで進む。
ドアのところでニアが立ち止まったので、素直な感想を述べてみた。
「ニアもプレゼントとかするのね、意外。」
レアな体験よ?嬉しい。
「他の者に抜け駆けされる訳にはいかないので。」
髪を指に巻き付けながらニアがぼそりと呟く。
「みんなお祭り騒ぎしたいだけなんでしょ。ふふ。」
まったく…と改めて目を合わせたら、ふわり肩を掴まれ、おでこにちゅ…とキスを落とされた。
「わっ」
「身体、冷やさないようにしてください。肩冷えてます。」
「あ…はい。」
おでこを抑えると指先に熱が広がる。
肩は冷えてるかもしれないけど、顔は熱いです、なんて言える訳もなくニアを見送った。
**
さて、と。
次のお客様をお待ちしておりますが…なかなか来ません。
もう寝ちゃおうかなぁ。私は私で大仕事をしてきたからそろそろ限界に眠いわ…。
まだ…かなぁ。。。
…ちゅ。
ふと、何かが頬に触れたような。まどろみながら寝返りを打つ。その瞬間、
ガタッ!!
何かがぶつかるような大きな物音が聞こえ、バサッと布団を持ち上げ飛び起きた。いつの間にか眠っていたみたい。
状況が一瞬飲み込めなかった私は、ベッドサイドにいる侵入者を見て本気で驚く。数秒後やっと理解できた。ああ、マットだったのか…!
「超びっっっっくりした!!!!!マット!!下手!!」
何て侵入下手なの!ガタッなんて音鳴らされたらビビるわ!!
「へ…下手…!」
何故か妙にショックを受けているマット。
「え?いや、そんな深い意味はないけど…寝てたのに起こさないでよ〜。」
「いやいや…ナナ、俺の前で本気で寝たらまずいだろ…。」
「逆にそれをよく自分で言えるね…。」
マットの自虐だが自信だか分からない発言に苦笑いしながら返す。ああでもまだ眠気が。
「ごめん…まだねむい…」
「悪い悪い!これ、ナナちゃんに俺からプレゼント、置いとくから。眠気覚めたら見て。絶対ね!反応楽しみにしてるから!」
話しながら後ずさるマット。何だかんだ言ってLよりずっとジェントルマンだわ。
そんなことを思いながら小さく手を振る。
「ありがと…zzz」
**
あぁ。マットとメロ一緒に来ると思ってたのになぁ。メロすぐ来るかなぁ。
とりあえずサイドテーブルの上を整理する。眠気に固まりかけた腕を力を振り絞って伸ばし、1つ、2つ、3つ…同じくらいの大きさの箱を並べるように
置いて…いく…
ピチチ…と鳥の声でハッと目が覚めた時、外は既に明るくなり始めていた。
サイドテーブルにプレゼントを並べながら寝てしまったようだ。落っことしてないよね?確認してみれば、プレゼントが1つ2つ3つ…あれ?私の手の下に4つ目のプレゼント。
メロ!
いつの間に!?
すっかり寝入ってしまって…せっかく来てくれたのに悪いことをしてしまった。
子供達が起きるまでもう少し時間もあるし、メロまだ寝てないかも!
思い立ったが何とやら。
私はすぐにベッドから這い出し、ガウンを羽織ってメロの部屋に向かうことにした。
冬の早朝…冷えるなぁ。ほこほこしていた身体があっという間に冷え、指先をガウンの端でくるみながら進む。
「メロ…?」
部屋のドアを押すと、すっと開いた。開けているということはまだ寝ていない可能性、大。
中を見てみるとベッドに寝転んでいるメロ、顔の上に本が乗っている。
読みながら寝ちゃったのかな?メロのその姿は今までにも何度か見たことがある。
「メロ…?寝てる?」
近付いて声をかけても反応がない。一足遅かった…お礼はお昼になってからかな。
とりあえず布団をかけてあげて、後は本をどかし…
「わぁっ!!」
本をどかそうとした瞬間、突然右手首をを掴まれ大声を出してしまった。
掴んだ手に、メロが小さく音を立ててキスをする。
「おっ起きてたの…!?驚かさないでよー!」
「俺はナナと違って声をかけられても起きない程深くは眠らないんでね。」
「その節は申し訳なかったけれども!
…ありがとね。起きたらプレゼントがあって、本当にサンタさんが来たみたいで嬉しかった。」
「そりゃ良かったな。」
「とにかく、最近徹夜続きでしょ?たまには声かけても気がつかないくらいゆっくり眠って?」
メロは「はいはい」と適当に流しながらあくびをかみ殺して寝返りを打った。
なんだかんだ言っても眠いんだ。じゃなきゃ手にキスなんか絶対しないはず。
自分の右手に落とした視線が一点に集中する。そこだけが火傷をした後のようにじわりと熱く感じた。
**
部屋に戻ってきたけれど…こりゃもう朝よ。さっき少し寝た分、目が冴えてしまった。今は"当日の朝"だよね?
プレゼント、見てしまおう。
サイドテーブルに綺麗に並べた小ぶりな箱たち。
赤や緑や金色の柄を押さえるテープを静かに剥がし、露わになるプレゼント一つ一つを改めてテーブルに並べる。
と。
「…え?」
これ…全部同じ箱。
開けてびっくり。4人とも少しずつデザインは違うけれど、揃って…ピンキーリング。
これ、どういう発想でどういう経路で手に入れたんだ…。全部ワタリ製じゃないでしょうね?かなり怪しいわ。
それに4人にもらったからと、小指に4つ、並べるわけにもいかないじゃない。
あ、
そうだ。
*
朝食前の広間に顔を出し、今日は飛び起きてきた子供たちがプレゼントを開けて喜ぶ姿を確認する。みんな大喜び。この時ばかりは天才児達も子どもの顔ねぇ。
ほこほこしてシッター達と目配せし合う。一通り様子を見てから、私は挨拶を交わしその場を後にした。
秘密棟に戻り朝食の準備をしていると、続々と探偵陣が起きてきて珍しく朝から4人が揃う。
一人一人、ダイニングルームに入る度に「おはよう!」と声をかけたけれど、いちいち視線が私の小指をかすめる。
俺のじゃない!
私のでもないですね。
と聞こえてきそうなその表情、どうにかしてちょうだい。
あの人たちの真意が分かった。私がどれを身につけるか賭けてたのね。
残念、今つけているのは私が以前気に入って自分で買ったピンキーリング。
これ見よがしにモーニングコーヒーをテーブルに並べると、みんなして何か言いたげな、でもバツが悪いのか何も言えない顔。…まったく。そうやって私がつけているのが誰からのピンキーリングなのか、しばらく探り合ってなさいっ!
**
L、ニア、マット、メロ。
昨夜はプレゼントどうもありがとう。とっても嬉しかった。
…実は4つのピンキーリングは、チェーンに通してちゃんと首にかけている。
素敵なプレゼント、肌から離したりしないよ。
私の大切な人たち。
誰かを選んだり天秤にかけたりなんてできない。
…と、いうのに。
I think