狼煙
「御免だ」「助かります」
Lの言葉を残し、通信は途切れる。
「…会話が成り立ってない」
心の底から沸きあがる苛立ちを感じながら、独り言で自分を誤魔化した。
会話どころか…そんなこと、聞いてもいない。
本来の目的はこれだったのか。
ポリシー
美徳
そんなものはとっくにかなぐり捨てたけれど。
…気乗りしないものはしない。だがこれはあくまで手段だ。
蹴飛ばして開けたドアの先には縛り上げられた少女。
「こいつ、暴れやがる」
「服なんか裂いちまえばいいだろ」
乱れた前髪から覗く…屈強な男連中を前にしてもなお負けない強い瞳が、ひどく心を揺さぶった。
こういう奴が一番面倒だ、関わりたくない。
「その女、今夜は俺が使う」
「え!メロ、一体どうしたって…」
「黙れ、むしゃくしゃしてんだよ」
凄めばすぐに大人しくなる。性か、生か。欲に翻弄される馬鹿が。
「っ触んな!!」
「抵抗するな」
近づき手首を強く掴むと、信じられないような華奢さに声が出そうになる。よくこの身ひとつで、ここまで。
「メロの言うこと聞かないと、命はないぜ」
「精々楽しめ」
口々に野次が飛ぶ。
「キモいんだよ!離せっ!!」
「よく聞け」
「……っ!!」
キスでもしたように見えただろう。
大きく顔を近付けた俺の姿に後ろ連中の声が止む。
こいつらもしかしたら…まともにキスもしたことがないのかもしれない。そう思うと笑える。
「…なんで」
潜入中のアジト。ここのボスに殺された彼女の父親の名を告げた。驚愕した目つきが俺を射抜いている。やはりこいつはまだ、”少女”だ。
「ついてこい。少なくとも今以上にお前の目的は遂行しやすくなるはずだ」
「……!」
狼狽した瞳が揺れている。
一人でここまで来たんだ。判断力は申し分ない。
Lが見込んだ少女。
違う、俺がこいつを連れて帰ると見込まれた。
「行くぞ」
「……っ」
緊張の糸が切れかかったのか彼女はおずおずと頷いた。
こぼれた一筋の滴を雑に拭う。今は泣いてる場合じゃない、まだお前は助かった訳じゃない。
一部始終を凝視している奴らの視線を背中に感じながら、小声で指示を出す。
「決して離れるな、だがいいと言うまで俺に抵抗し続けろ」
狼煙
目の前の瞳に新しい光が宿る。
そして少女は大きく口を開き再び叫び出したのだった。
「てめえ、何すんだよ!!!」
それでいい。
作戦は必ず成功する。