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Show me your secret!
事の発端は昼休憩時の松田さんの発言だった。

「ガータートスって知ってます?友人の結婚式でやったらしいんですけど」

生クリームたっぷりのケーキをおかずに珍しくLも食事を共にしている午後1時。一足早く空腹を満たし終わった松田さんが思い出したようにそう話し出した。

「それが盛り上がったって言うんですよ。僕は当日も捜査に奔走してましたから出席できなかったんですけどね、見てみたかったなぁ」

どんな感じなんだろう、と一通り想像できることを口にした松田さんが模木さんに改めて「ガータートス、見たことあります?」と訊ねるのを、人選ミスだなぁと思いながら見つめる。

「ガーター…」と一瞬口にした夜神局長が振り切るように咳払いをし、相沢さんが「おい…松田」と声をかけたところで、それを打ち消すような松田さんの声が私とLに掛かった。

「竜崎とナナさんは海外育ちですよね?ガータートス、知ってますか?」

突然の事態に同じく呼び止められたLの方を見ると、仕事中はあまり私の方を見ない彼と珍しく目が合う。
変化の少ない顔ながら、黒い瞳がよく見える開いたまぶたに今日は機嫌が良さそうだと思った。

「どうなんですか?竜崎ィ〜」

しつこくする松田さんに、ケーキの最後の一口を放り込んだLが適当な調子で答える。

「知っていますよ。欧米では割とポピュラーですから。直接目にしたことはありませんが」
「おおー!ナナちゃんは?知ってる?」

盛り上がった松田さんが今度は私の方に振り向いた。

「私は…一度お呼ばれした結婚式で見たことがあります」

答えると、Lの返答を聞いた時以上にオーバーな相槌が返ってきた。


小さな頃、ハウスでお世話になった大好きなシッターの結婚式でリングガールを務めたことがある。挙式後のパーティーで一度だけガータートスを見た。

その時の私は、初めて見る結婚式の雰囲気に呑まれ浮かされていた。新婦を座らせた椅子の前に新郎がスマートに膝をついたので、うっとりと夢見心地で幸せそうな二人の姿を見つめていたら、素敵だと思っていた新郎がおもむろにウエディングドレスの中に頭を潜らせたので心底驚いた。普段お目にかからぬ光景に新郎新婦の友人達は盛り上がり、場内はにわかに熱気を帯びたようだった。

そして新婦の太ももにつけられたガーターを口だけで取り外した新郎はドレスから顔を出すと、友人の男性陣に向かってそれを投げるのだ。

ブーケトスと同じく、ガーターを受け取った男性は次に結婚するといわれる…友人向けの余興だと後から知ったけれど、当時幼かった私にはなかなか衝撃的で、今も脳裏にあの少しドキリとする光景が焼き付いていた。優しくて慎ましいと思っていたシッターが、私の知らないところで一人の女性としての顔を持ち、愛を育んでいた事実。大人の世界。

「ちょっと過激ですけどね…盛り上がってましたよ」

苦笑いで答えると、松田さんはまだ気になることがあるようで、質問が続いた。

「でもガーターって、取って投げられるようなものですかね?」
「ええ、ガーターって衣類が落ちないように抑えるもの全般を指すんですけど、新婦さんが身につけるのは輪の形で足に嵌めるガーターリングってタイプのものなんです。だから口だけでも簡単に…」
「え!口だけ!?」

しまった、と思った。けれども時すでに遅し。

「だって口って!えっ?」

余計に食いついてしまった松田さんに困り助けを求めると、指をひと舐めしたLがひょいっと椅子から飛び降り、ぺたぺたとこちらに近付いてきた。

「うるさいですね松田さん」

牽制するような声にこの話題から解放されて助かると思ったのもつかの間、Lは突然私の椅子の前、いつものしゃがみ方で腰を落としてしまった。

「…竜崎?」
「こうやって新郎が新婦の前に座るんです」
「その座り方ではないですけどね…」

膝を抱えてしゃがむ新郎の姿を想像して何とも微妙な気持ちになりつつ、松田さんに納得してもらう最短の方法としてLは軽く実演することにしたのかと、私も話を合わせることにした。

「で、ナナさん」
「あ、こうやって足を出すんです」

今日はロングスカートなので恥ずかしがることもない。そっと足を前に出して形だけやってみせた。

こんな感じで大体の雰囲気は伝わったかな?

ぽけっと様子を見る松田さんの方を確認した時、突如足に妙な感触が走った。温かい素肌が触れて足を撫でるような…

「りゅっ!竜崎っ!?」

視線を戻すとLがスカートの中に手を入れていて、ふくらはぎのあたりまで裾が持ち上がっている。露出している自分の足を見て思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。

「ちょっ!何してるんですか!」
「何って松田さんの為に」
「そこまでやらなくても伝わりますって!」
「百聞は一見にしかずと言います」
「い、いやいやいや松田さんも雰囲気は分かったはずですよ…ね、ねぇ松田さん!?」

油断するとそのまま手を突っ込まれそうな勢いに慌てて裾を押さえ、松田さんを振り向く。

固まったようにこちらを凝視していた松田さんは、ごくりと唾を飲み込み私の言葉に神妙な顔を作って目を離さないまま、あろうことか「…見てみたい気もします」と呟いた。

「えぇっ!?」

思わず非難がましい声をあげながら周囲を見ると、他の男性陣まで様子を伺うようにこちらを見ているではないか。

「竜崎…」

途端に恥ずかしくなり抵抗の声すら小さくなってしまった。しかしそれと同時にLの手は勢いをなくし、差し込まれた指先がさっと引き抜かれたので、スカートははらりと元の形に収まった。

「あぁ!」

松田さんが悲鳴のような声を漏らすのを見て、Lは不機嫌を隠さず薄い眉をひそめる。

「なんて声出してるんですか」
「ぇ?…あ、だって竜崎が…」
「松田さんの知的探究心にお応えし作業効率が上がるのを期待してのことです。手分けした資料、松田さんだけ未提出ですがまだですか」
「あ!!」

Lの突然の変わりように戸惑いながら松田さんが焦り出すのを見て、他の捜査員達も皆、咳払いしたり独り言を言いながら片付けを始めた。

「調子に乗ってないで早く作業に戻ってください」
「は、はい!」

シャキッと動き出す松田さんを前に、調子に乗ったのはLの方では、と思わなくもないものの…触らぬ神になんとやら。私もドキドキする胸を抑え、空いたお皿を重ねてキッチンへと下がったのだった。


*


「もう!あんなことしたらバレるよ!」
「勘の悪い人達です、心配いりません」
「そういう問題じゃなくて…」
「じゃないとすると、何でしょう」

夜。Lの部屋にお邪魔した私はベッドに腰掛け一人憤慨していた。

「だから、その…」

置いてあったケットをお化けみたいに被って寝転がり、顔を隠したまま日中の不満を吐き出す。

「…恥ずかしかったんだからね!」

思い出しただけで鼓動が早まって顔が熱くなる。
みんなの視線と、肌に触れたLの感触。

思わず足をジタバタさせてしまう。ああ!それくらい恥ずかしかった!

ひとしきりベッドで暴れ回り、呼吸を整えたところで、ふいにLがここまで無反応であることに気がついた。

「…L?」

いくらなんでも無視はあるまい。ちょっとくらい反省したっていいはずだ。
様子を伺おうと少し油断した隙だった。ケットをぐわっと剥ぎ取られ、突然視界が開けて呼吸が楽になった。

「L!返して!」

まだ顔を見せたくない私は手を伸ばして上半身を起こす。けれどもLは奪ったケットをぽいっと後ろのソファーに追いやってしまった。
どうやら先に言いたいことがあるらしい。

「そもそも何で止めたんですか?私と真似事するのが気に入りませんか」
「いや、そんなこと言ってないでしょう!みんなの前だったから…」
「みんなの前…そうですか」
「そうだよ!まさか人前であそこまでやるとは思わないでしょ!」

返事の声が止まり、私の言っていることを分かってもらえたかと見つめる先で、ゆらり蛍光灯の光を遮りこちらに近付くLがこう続けた。

「今は、二人ですね」

じりじりと迫るLに「まずい」と勘付くまで時間はかからない。

「ちょっ!えるっ?」

「二人きりの今なら問題ないと」

「ち、ちがっそういう意味じゃなくて…ちょっ!心の準備がっ!」

「必要ありませんナナは力を抜いていてください」

「ま!!待って!!」

既にベッド脇でしゃがみこんでいるLにすんでのところでストップをかける。
じとっとした視線を送りながら親指の爪を齧ったLが「何ですか」とため息まじりに漏らした。

「そもそもガーターなんてつけてないもん!」

必死の抵抗だった。そして賭けでもあったのだけど…。

「いえ、つけてます」
「…!」
「つけているところを見ました」
「う…」

私はそれ以上言葉が出なくなってしまった。


*

それはさっきバスルームを借りた時のこと。
自分の部屋から持ってきていた着替えの中に見慣れない異物が混ざっていた。前に下着を買った時セットでついてきた、レースにリボンがあしらわれたデザインのガーターリング。使う機会はなさそうだけどとりあえず下着入れの奥に、と突っ込んでおいたやつだ。

「…あれ?一緒に持ってきちゃったかな?」

ぶら下げるようにまじまじ見ていると、ガーター向こうの鏡に下着姿の自分を見つけた。

(こういうの、つけたら可愛いかな?)

昼のことを思い出し、ちょっと試すつもりでガーターリングに足を通した時だった。Lが突然脱衣所のドア向こうから「ナナ、砂糖が切れました」と声をかけてきたのだ。

「わ、分かった!今出すからドア開けないでね!」
「何故ですか」
「まだ着てないの!」

そうは言ってもLのこと。どうせドアを開けてしまうだろう。こんな姿を見られたらたまったものじゃない。慌ててワンピースを手繰り寄せる。

「開けないでと言われると開けたくなるのが人間の性というもの…」

がちゃりと開けられるドア。

Lと目が合ったのはワンピースが滑り落ち、間一髪で身体を隠してくれた直後だった。

「…です。…思ったより早着替えですね」

私を見たLは頭を掻いてつまらなそうに呟くとその場を後にした。

だからてっきり見つかっていないものだと安堵していたのに…。

*

「見たの!?」
「見せた、の間違いでしょう。ナナが小悪魔的な誘い方もできるとは私も想定外でした」
「ち、違うの!間違って持ってきちゃっただけだからね?」
「ではそういうことにしておきましょう」
「本当なんだってばーっ!」
「何はともあれ、本番の時の為に練習が必要です」
「本番て何言って…わ、ちょっと!や…」

押し問答の末、ワンピースの裾を捉えたLはさっとめくり上げ本当に頭を潜り込ませてしまった。
不自然に膨らむスカート部分がいかがわしい動きに揺らめいて、どうしようもなく恥ずかしい。

「やー!L!!」

足をバタバタさせ抵抗していると、細い割に力のある腕と大きな手のひらにがしり、足を捕まえられてしまう。

「分かった!もう…恥ずかしいから早く!」

観念して覚悟を決めると、手つきが足を包み込むように柔らかく優しく変化する。大切なものを愛でるように丁寧になぞられ、見えない場所から与えられる温かい刺激に身体が熱くなる。

「! …なんか!いま何して…」

太ももの内側に柔らかい何かが吸い付いては離れ、くすぐるような細かい刺激が走った。な…舐めた…?

「Lってば…んー!くすぐったいっ!」

下から、糖分補給ですと堂々言い放つ声が聞こえてくる。
身をよじっていると、するり…何かが動いたのを感じた。…ガーターリングに辿り着いたみたい。

さっきまでの舌の刺激がなくなって安心したものの、ゆっくり、ゆっくりとずれて肌を滑っていくレースの刺激に胸が焦らされる。
さっと取ってしまえばいいのに、Lの吐息が肌にかかって声が出てしまいそう。

「〜〜〜っ…」

腕に唇を押し付け必死に耐えていると、戦利品を口にしたLが誇らしげにスカートから顔を出した。青白い肌が、普段より少し血色良くなっている。

「なるほど、これはなかなかそそります」

つまんだガーターリングの輪の中からこちらを覗いたLが飄々と言い出すので、私は改めて抵抗の意を示した。

「人前でこんなの、絶対耐えられない!!」

「安心してください絶対に人前で行うことはありません」

即座にそう返されハッとしてしまった。やりたくないと言ったのは自分の方だけれど、Lの言葉に心のどこかで少し傷付いたのを感じる。


そうだよね、私達には結婚も何もない。
客人を呼んでの挙式も、人前でのガータートスも、何なら法的に夫婦として繋がることすらきっとありえない。

落ち込みそうな事実を急に実感しつつ、そんな寂しさは胸に隠して気を取り直すしかない。Lの側にいるというのはそういうことだって、そんなの始めから理解しているもの。

切り替えて瞳を上げた私を一目見たLが、空を睨んで続けた。

「ナナの上気した顔を他の者に見せるなどありえません。普通にブーケトスでいきましょう」

「なに それ…」

"ガータートスを人前では絶対にやらない"理由に胸弾みつつ、さらっと結婚の話をするLに一抹の不信感。

「どうせ名探偵さんは結婚なんて考えてないでしょ」

ちくりと刺すようにそう告げると、隈に縁取られた目が珍しくパチリと瞬きして私を見つめた。

なお口を尖らせていると、Lはつまんでいたガーターリングをそうっと持ち上げ、冠のように私の頭にちょこんと載せる。それから指を咥えて「さぁ、どうでしょう」とにやり笑ってみせた。

ごまかすような仕草。
何だか切ない気持ちでいると、突然Lに引き寄せられた。
後頭部をぽんぽんと撫でられ気持ちがいい。呼吸が跳ね返って暖かくなる口元と、じんわり体温の伝わり合う胸。

「いいもん。私は側にいられればそれで」

Tシャツに潰されながらくぐもった声を出すと、お褒めの言葉をいただいた。

「可愛いことを言ってくれますね」
「えへへ」
「ですが私の意向を聞かずに決めつけるのはいささか早計だと思います」
「…へ?」

抱きとめられたLの腕の中、綺麗に整えられた柔らかなTシャツの匂い。ここに収まっていられるなら、ずっと近くにいられるなら私は、別にそれで…

と思ったのだけど。思っていたのだけど。Lの意向は違うということ?


待って待って。それは、期待していいってこと…?

「ん?」

ふと動きに違和感を感じて足元を確かめると、スカートの裾に再びLの手が伸びていくのが見える。

「える…?っ!」

振り向きざま、突然Lに唇を塞がれ呼吸を奪われた。焦り攻め立てるような熱に侵されゆく口内に、頭の中がぼうっとする。
今は他に確認したいことがあるのに…。Lの意向とやら、それは「結婚なんて考えていない」を否定してくれる意向なのかってこと。

それなのに離れることを許さないLの熱に、私は面白いように簡単に浮かされてしまう。スカートの裾から中を辿るように届くぬくもりに否応なく心拍が上がる。

互いに呼吸できなくなって離れた時に、間髪入れず聞いてしまった。

「ね、ねえ…Lの意向って?」
「…私の意向としてはできればこのまま押し倒したいですね」
「そのことじゃなくて」
「…煽ったのはナナですよ」
「それより意向、結婚についてLの意向を聞く前に決めつけるのは早計って言ったじゃない」
「違う方も取りたくなりました」
「?」

まさかとは思うけれど…下着を…

「口で!?」

Lの目は次なるチャレンジに早く取り掛かりたいといった様子だけど、私はそれを許容している場合ではない。

「待って、私は意向の話聞きたい!」
「その話はまた後日」
「やだ待てない!今知りたい!」

ばたばたと暴れていると、Lは一度向かい合う形になってこちらを覗き込んだ。悪い顔だ。そして悪い名探偵はこう言った。

「待っててください。色んな意味で」

目の前にある愛する人の黒い瞳に映っているのは、紛れもなく私だけだ。髪ぼさぼさの私。ひょんなことから結婚を迫る、興奮気味の私。色んな意味で、期待に顔を紅潮させている。

「次は両足なのでハードルが上がりますね」
「えっ本当にやるの!?わああっ!」

腰を引っ張られベッドに倒されてしまったら、もうこれ以上はしつこく聞けない。私はその日を待つしかなくなってしまった。Lの方から何かしらの"意向"が聞ける日。
一体そんな日、いつやってくるのやら。

Lに身を任せ力を抜いた視界の端に、いつの間にか後方に跳ね落ちていたガーターリングを見つけた。

私があれを身につけることはこの先もなさそうだ。そう思いながら名残惜しくも瞬きでガーターリングに別れを告げる。


ああ、けど。


私は希望ともとれる例の単語を思い出してしまった。意向って。そんなもの、Lが持っていたなんて。…知らなかった。


ということはつまり。

勘違いでないことを祈って私は目を瞑る。

ということはつまり。


ブーケだったらありえるのかもしれない。

…なんて。


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