話題に気をつけて
その日職場の空気を良くしようとジェバンニは努力した。「日本には節分という行事があるみたいですよ」
業務後に立ち寄ったコンビニエンスストアで趣向を凝らした海苔巻きの数々を見たのだ。取り入れやすい日本食だ、差し入れに…と人数分買ってきた。
レジの横で鬼の面と一緒に売り出されていた福豆に気を取られていると、パートタイマーらしき中年の女性店員が「お兄さん、節分やるなら豆まきしなくちゃ」と声をかけてきたので、こちらも併せて購入した。
「どうやら節分の日には豆まきをして邪気を…」
「ここで豆をまく気ですか」
後方を振り向くことなく吐き捨てる小さな上司に、ジェバンニは言葉が続かなくなる。
確かに、この空間に豆をまく余地はないと言える。
「調べたところによると豆まきの後に福豆を年の数分食べるといいそうです」
「年の数分…私でほとんど食べきってしまいそうだな」
レスター指揮官が場を和ませようと話に乗り出した。何てありがたい。さすが経験豊かな上司は違う。
しかし事態の好転が視野に入ったとジェバンニが感じたのも束の間、紅一点の彼女の一言であっけなく空気は固まるのだった。
「年の数、ですか。素敵な習慣ね」
ジェバンニとレスター指揮官の表情が柔らかさを失うと同時にリドナーは颯爽と立ち上がる。意思すら感じる動きに両人は言葉も出ない。
「では私はこれで。お疲れ様でした」
「ご苦労様です、お気をつけて」
ニアに見送られたリドナーが歩き出すとヒールの音だけが冷たく響いた。
ふと気がついたように白々しく止まったリドナーは、ジェバンニの置いたビニール袋の中から一つ、恵方巻を手に取る。
「ご馳走様」
少し上げられた口角が、快か不快かどちらを示しているのかジェバンニには分からなかった。その様子を気にかけることなく海苔巻きをバッグにしまうと、リドナーは小さく会釈して本部を後にした。
話題に気をつけて
レスター「…チョイスミス」
ジェバンニ「…すみません」