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ファンタジー
ナナの存在。

感情の混沌。制御不能になる自我。
恐ろしい。

伏せて下に向く睫毛と視線、耳にかけた髪に向かって露出した肌の血色のいいところ、柔らかな唇。見つめれば毛穴まで見える。

憧れか焦燥か、壊してしまいたい何処にも行かせず独占したい。
自分の欲望葛藤が否応なく浮かび上がる。心底居心地が悪い。
どうしようもない気持ちになるから、今すぐ目の前から消えて欲しい。事実そうなったらそうなったで彼女への執着が増すのは火を見るよりも明らか、なのにどこかでそれを願う自分がいる。

「ねぇB、私って何歳まで生きられるのかな」

煌めいた瞳がこちらを見つめようとするので慌てて目を逸らす。あれを正面から受け止めてはいけない。
ただ瞳の中で光がいくつか反射しているだけだ。恐れることはない。落ち着け。

「さぁ」

話は聞いたふり。"普通"の声色を出すのが我ながら上手くなった気がする。演技派。
ナナは、"真っ赤と真っ青ではどちらが濃い色か""Lはどんな人だと思うか"と次から次に問いかけては、答えを聞く前に満足そうに顔を傾ける。主観が結論になる問いは愚問。他愛ない会話を好むのは女の最も愚かたるところ。必要のないことに思考を費やす暇なんてない。

残り寿命など頭上を見れば明らか。
子どもの頃見た時ナナはそこそこ高齢まで生きられるようだった、確か。
父さんや母さんとは全然違ったからね。

最初はただ嬉しかった。
幼き日の自分にとって、愛しいナナが長く生きる事実は希望だった。

だが次第にその希望は翳り出す。
ナナの未来はどうせ自分とは関係ないところで続く。末長く幸福に。
きっとそこに自分は存在しない。それなら残るは絶望のみ。

あの溢れる笑みも、柔らかな肩も、透き通るような肌も、いつか誰かのものになって手が届かなくなって

自分を置いて幸せになるだけなら、いっそこの手で壊してしまいたい。お願いどこにも行かないで。
もしナナが誰かのものになってしまったら。それがL、なんてことがあったら。生きてはいけない。ナナの唇からこぼれる、声も希望も高鳴りも、他人に明け渡すことなどできない。

自分の手元に、永遠に置いておきたい。
今腕を掴んでしまったら、危ない。
ナナはどんな顔をするか。うろたえるだろうか。薄く恐怖を滲ませた白い顔を思えばゾクゾクとした興奮が身体を駆け抜ける。これがありのままの自分だと告げたらナナは受け止めてくれるだろうか。

「ねえ!聞いてるの!?」

突然目の前にナナの顔が現れた。正面に向き直させる為、両の肩に触れられた手のひらの感触。これを、独占できたなら。

思わず視野に混ざる数字の羅列。
長いこと見ないようにしてきたそれは、寿命として極端に長さが変わった様子もなく順調に彼女の頭上で揺らめいている。

「私って何歳まで生きられるかなって聞いてるのよ」

数字揺らめく頭上と煌めく目を避けるように下げた視線で、既に見飽きる程見た苺のようにあかい膨らみとこの距離。真っ赤と真っ青だったら真っ赤を選ぶね。噛み付くようにして、深いところまで奪ってやろうか。

「そんなこと分かる訳ないだろう」

安心しな、そこそこ長生きだよ。
だからもうこれ以上刺激しないでくれ。


「B」

ナナが静かに名を呼ぶ。
B。アルファベットの二番目。自分を指す記号。望むことなく与えられた唯一の存在意義。

「…見て。それを望んでるの」

そう言うと彼女は背中を曲げた妙な姿勢で自分の頭上をこちらに捧げる。…何を。

「よく分からないけど、Bが人の頭上の何かを見てるのは知ってる。目線を見てれば分かるわよ?」

「は!何言って…。霊感があるとでも言いたいのか?」

「何が見えてるのかは分からないけれど。それがあなたを苦しめているのなら、私はそれを受け止めたい。言動から推測するに、寿命や命の期限のようなものじゃないかと」

「随分飛躍した発想をするね、そんなこと口にしたらハウスでの君の立場が危うくなるよ?迂闊な発言はしない方がいい」

「…私の専門は心理学よ」

たった一言で黙らせる。それで言い返したつもりか。いけ好かない。

「…私は誰よりもBを見てる」

ナナが頭上に手を伸ばす。左の肩から熱が逃げていく。
触れられる予感が、手首を掴みたい衝動をかろうじて抑える。

温かい手のひらが頭部に届き、まるで全てを許容してもらえたような気分になる。これは誤解だ。思い上がり、勘違い、都合のいい解釈。

「別に立場が危うくなったっていい。私が見ているのはBだけだから」

Bだけ。

生まれて初めて自分の存在そのものに声をかけられている?強烈な違和感。
唐突な言葉に、理解が追いつかない。ナナの言葉は何を意図している?真意は。

「普段は割とお喋りなのに黙る。動揺、戸惑い、弱みを隠す、警戒、」

「そういうことして楽しいか?悪趣味だ」

「…楽しい。人間らしいBが好きなの。

あなたが」

気が付けばからかうような言葉を発する口元に力づくで噛み付き押さえつけていた。
僅かに鉄の味がしたがナナは恐がらなかった。
ナナが恐がっていたのはただ一つ、拒絶されること。…それは自分も同じだが。

「…命が尽きるその時まで、Bと一緒にいたいの。さて、私はあとどれだけBの側にいられる?」

「さぁ」

今度は本音の相槌だ。
自分がどれだけ生きられるか分からなければ、どれだけ一緒に過ごせるか等見当もつくまい。
自分が明日死んだら、ナナがどんなに長く生きようと、一緒にいられるのは明日までだ。

そんなこと、ナナだって分かっているはずなのに、結局結論より感情でものを聞いてくる。

認めざるを得ない。
こういうところがナナの悪い癖であり、どうしようもなく抗えないところだと。

数式も実験結果も差し置き、初めて感情で結論を出してみる。こんなものは願望が見せる虚像。いわゆる偶像。むしろ空想、ファンタジー。

それでも自分の結論はこうだ。

"未来の見通しは、そんなに悪くないかもしれない"

浮かんだ言葉は出さずに飲み込み、代わりにもう一度、ナナの全てを奪うべく口を開いた。

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