お風呂上がり
わしゃわしゃわしゃ、と銀髪の王子様の髪をタオルドライしている最中、床の上にニアが落とし物を発見した。「何ですか、これ」
「?」
後ろから覗きこんで確認すると、見覚えのある綺麗な刺繍のハンカチが、ニアの指先で形を崩してぶら下がっている。
「あっそれ頂き物のハンカチだよ。なんちゃらっていう人が作ったなんとかっていうブランドの高級なシルクハンカチなんだって!」
「…価値を理解してるんだかしてないんだか」
「してる!使いどころが分からないから大切にとっておいたのに見かけないと思ってたの。タオルに混ざっちゃってたとは」
「要するにナナはこのハンカチに思い入れを持っていないってことですね」
「ちがーう!いいのよ、ここぞって時に使うんだから!返し…あっ」
ニアに弄らせると何されるか分からない。そう思って高級ハンカチを奪い取ろうと手を伸ばすとさっと避けられてしまった。
「形崩れるから畳んでおいてよー」
「はい、畳みました」
「じゃ、返して」
「私の髪、まだ湿ってます」
ハンカチが気になって手の止まった私に抗議するかのように、ニアは振り向いて主張する。
"角度的にこうなってしまうだけ"みたいな顔をしてるけど、首を傾げて、上目遣いで、絶対狙ってやってると思う。
けれど、私がそれにめっぽう弱いのもまた事実。
「髪乾かしたら絶対返してよ?皺つけたら怒るから」
「……」
「聞いてるの?ニア」
「……」
「あっ!!」
むすっと黙り込んだニアを怪訝に思い、再度覗きこむと、ニアが自分のパジャマの胸元にするっとハンカチを滑り落とす瞬間を目撃してしまった。
「ちょ、なにやってるの!?」
「あなたが随分これを大切にするので」
やや挑戦的な表情を浮かべるニアは制裁を加えたと言わんばかりの口調だ。
ハンカチにヤキモチ…?
「やだー返して!匂いついちゃう」
「!失礼ですね私は清潔です」
「そういう問題じゃないの!」
「では、」
どうぞ、取ってみてください。そう言ってニアがこちらに向き直る。
変な闘争心に火のついたニアは面倒くさい。反射的に襟元へ伸ばしかけた手を一瞬止めてしまったら、勝ち誇ったような顔をしている。
悔しくなって、私は第3ボタンまであいたパジャマの襟元から、ニアの胸元へ向かって真っすぐに手を差し込んだ。
肌触りのいいパジャマとニアの肌の間は体温で温められた空気で満たされている。
身体を拭いたことだってあるんだから、別に意識することもない。と、思うけれど、変に撫でまわすことのないよう慎重に手を進める。
第3ボタン以降は閉まってるからすごーく狭い。
そしてニアが上を向いているからすごーく顔が近い。キスしてしまいそう。
指先に当たった生地を掴んだら、ズボンの生地だったようで持ち上げることができない。
途中、腕が意図せずしてニアの肌に触れてしまった。
「あっ」
わざとらしくニアが声を出して心底どきりとする。
「手つきがいやらしい」
「仕掛けたニアがやらしいんだよ」
「絵面は完全にナナが変態ですけどね」
「うるさ、あっ!発見!」
するーっと取り出したハンカチは、残念ながら若干皺がついてしまっている。
ニアを睨みつつ、再び奪われないようにハンカチを抱きしめた時だ。
「…わあ、いい匂い」
思いがけず本音を漏らしてしまった。
ほんのりとだけど、確かにニアの香りだ。
清潔な、洗練されたしゃぼんの香り。
「ん?私今度こうやって使おうかな…!ニアポプリ」
ひょんなことからたった今、使いこなせないでいた高級ハンカチの活用法を見つけてしまったかもしれない。
「調子がいい…有料です」
「お金取るの!?」
「当たり前です。機密情報ですよ」
「うわー大袈裟」
そう言いながら、ハンカチを鼻に当てるのが止まらない。
だってだって、これならいつでも、ニアの香り。
「支払いが惜しいなら、ナナにも同じことをしてもらって交換で手を打ちます」
「きゃぁっ」
ニアが私の胸元を引っ張ったので驚いてひっくり返ってしまった。
追い打ちをかけるニアとじゃれ合うようにくっついていると、ハンカチのしわなんてすっかり忘れて本物のニアの香りを確かめたい気持ちでいっぱいになる。
くすぐるふりをして抱き付いたニアは、ハンカチよりずっと強く、頭がくらくらするくらい、凛と高潔な香りがした。