幼少期の裏庭
Lは靴下を嫌がる割に、こういうことは嫌がらないんだなぁ。確かそんなことを思った覚えのある幼少期。
私たちは草の感触麗しい、薄い敷物を広げただけの場所に並んで寝転がっていた。
見上げた空には飲み込まれそうなくらい雄大な水色が広がっていて、その中をふわふわと綿雲が泳いでいた。
「綿あめみたい。食べてみたいなぁ」
その頃、私はまだ綿あめというものを絵本の中でしか見たことがなく、何の気なしにそう口走った。
「ナナは食べたことないんですか?」
「うん」
「甘くておいしいですよ」
「えっ」
この年頃では食べたことがなくてもおかしくないと思っていた私は、同士の裏切りの予感にはっと横を向く。視界の端でぼこぼこの布が歪む。耳にはくしゃくしゃと草の潰れる音。
「エル、食べたことあるの?」
「昨日も食べました」
「えっ」
更なる衝撃に言葉を失う。まさかハウスの中でも食べていたなんて。
Lは特別扱いされているから、そんな風に恵まれているんだ、と思うと、眩しいような寂しいような気持ちになる。
同じくらいの時期にハウスに来たのに、待遇がまるで雲泥の差じゃないかと。
「先日、ナニーにあなたの服は綿あめの匂いがする、と言われました」
「ふうん…」
「多分嫌味です」
「そうなの?」
どうしてLはそんな話をするのだろう、一瞬いつもより何だか意地悪めいて感じたのは、私がひねくれて受け取っていたからに違いない。
「嗅いでみますか?」
だってあの時、Lはそう私を誘ったから。
「いいの?…うん!」
Lは風変わりで、みんなが相容れない存在としていたけれど、自分には少しだけ距離感が違うのではないかと、そんな儚い思い込みがあった。
私は嬉しくて、言葉に甘えて大切な友人の白い服に頭を寄せた。
「うー…ん。何も感じないよ?」
「こうすると分かりやすいです」
匂いが飛ばないよう、Lが上半身を傾け腕を私に回す。
視界が暗くなって、するとほのかに甘い香りが鼻をかすめた。そんな気がした。
「あ…本当だ!ちょっと甘い。いいにお〜い」
実のところLの部屋のいい香りがしただけだったけれど、せっかくの厚意に応えようと一生懸命甘い部分を探して私は感嘆の声をあげた。
私にとって間違いなかったのは、何だかくすぐったい気持ちであるということだけだった。
背中に、Lの手のひらが当たった。と思った。
私はただ、その部分が温かくなっていくのを心地よく体感していた。
「何をやってるの!あなたたち!!」
私たちを見つけたらしいナニーが驚いて声を上げた時、私はまだ事態を飲み込めていなかった。
しかしぼんやりした頭と少し肌寒い感覚に、ああ寝てしまったんだ、と気が付くのに時間はそうかからなかった。
あの時、私はてっきり授業をさぼったことを怒られているのだと思っていた。
今になって笑いがこみ上げてくるのを押さえ、モニターの向こうのLを見る。
Lったら、間髪入れず「うっかり寝ていました」って答えていた。
「あれだと、早すぎだわ」
突然くすくす笑い出した私を怪訝そうに見つめたLは、今でも滅多に寝たりしない暗い目元をこちらへ向けて、「何ですか、急に」と決まり悪そうに呟いている。
つつむ