チョコレートクッキー
キッチンに広がるチョコレートの甘い香り…オーブンから天板を取り出し、冷ます作業に取り掛かる。
綺麗に整った丸、こんがりと黄金色に仕上がった、自信作のクッキー。
「よし!今日も大成功っ!」
一人、満足の声を小さくあげ、私はそうっとクッキーをケーキクーラーに乗せる。
粗熱が取れてきたこの小さいやつを…「あじみ…ハッ!」
忘れてた。最近Lと一緒になってつまみ食いしていたら、ちょっと体重が…。
それでお菓子の味見断ちを決めたんだった。
少し名残惜しい気もするけど…いつも作ってるクッキーだし味見しなくていいか、と目線を湯煎したチョコレートに向かわせる。
出来上がったクッキーに、これからチョコをまとわせる。うーん!美味しそうっ!
そうこうしているうちに、キッチンに近付く足音が聞こえてきた。
さて、甘い匂いに誘われてきたのは誰かな?
*
「うまそう。」
「美味しくできたよー多分。」
つかつかつか、とメロが足早に近付いてくるので、私は即座に振り向きストップをかける。
「だめだよ!これまだ冷まし中!あっ」
制止する私の肩に軽く手をかけ動きを抑えると、メロはひょいっと手を伸ばしてチョコクッキーを一枚さらってしまう。
「うま…ん?」
「ん??」
「これ…いつものやつか?」
「うん。あれ?味おかしい?」
「いや、うまい。」
「何それー。」
メロは少し怪訝な顔をしたけれど、気持ちよく平らげてダイニングテーブルにつく。
「ココアくれ。」
「はいはい。」
チョコクッキー食べてココア飲むって、メロはどこかのカカオ産地をまるごと担ってる…等、余計なことを考えながらココアを注ぎ入れる。
「はい。」
と座っているメロの近くまで寄ったところで、勢いよくマットがキッチンに入ってきた。
「うまそーー!」
「あぁ!ちょっとだめ!」
またしてもつまみぐいを阻止できず、マットもぱくりとチョコクッキーを口に放り込んでしまう。
「うま…ぁっ!げほっ!ケホ…」
食べた途端、マットは咳き込むようにして胸を叩く。
「やだっ大丈夫!?」
「勢いよく食べすぎてむせた…ゴホッ」
「もぉー。気をつけてね?」
近寄って背中をさすってあげる。
触れる手のひらに温かさが滲む。
「ありがとー。何か飲み物ある?」
「紅茶でいい?」
私は確認して、用意を始める。
*
淹れ終えた紅茶を運ぼうと振り向くと、いつの間にかニアまで席についていた。
「気がつかなかった!いつの間に…あっ!!ニアまでつまみぐいした!?」
むぐむぐと動かしている小さな口。
「いただきました。個性的な味ですね。」
「それって美味しくない時に多用される表現なんですけど。」
「文字通り、ナナらしい味、という意味です。」
「いやみーー!もうニアにはあげないっ」
口を尖らせドアの方を向くと、ちょうどLが入ってくるところだった。
私は慌てて尖らせた口を元に戻す。
「見えてましたよ。」
「えっ?」
「くちばしみたいになってました。鶏か何かを目指して?」
「違います!!
Lにチョコクッキー作ってたんだよっ。もう冷めたから…食べてもいいよ〜。」
自分用に一枚手に取り、顔の近くまで上げてにこっと自信作を披露する。
するとLがこちらに顔を寄せ、上下の唇ではさみ取るようにして私のクッキーを奪ってしまった。
「あっ!」
驚きと同時に、至近距離になった顔、一瞬感じたLの体温にドキッとして、言葉が続かない。
「…なるほど。」
Lは食べ終えると静かにテーブルまで進み、椅子に飛び乗るようにして膝を抱え座った。
「さあさあ、出来上がったからみんなどうぞっ♪」
明るい声を添え、盛り付けたチョコクッキーをテーブルに置く。
「おぅ。」とか「ありがとうございます。」とみんなが言う声を聞きながら、私も自分の紅茶の準備に取り掛かった。
*
そこにワタリが珍しく足早に入ってきた。
「あら、ワタリも良かったらチョコクッキーどうぞ♪」
私が勧めるとすぐに、ワタリはクッキーを口に運んだ。
そして…
「このクッキー…味が
「うまい。」
「最高!」
「イケます。」
「問題ありません。」
不思議なことに、ワタリが口を開くと同時に、4人も口を開き次々に褒め称えてくれる。
どうしちゃったのかと思えば、ワタリの告白でやっと真相が明らかになった。
「すみません。今朝方補充した時、砂糖と塩を逆に入れたような気がして戻ったのですが…やはりそうだったようです。」
「えっ!!」
じゃあ、これ激しょっぱクッキーになってたってこと!?
チョコレートの匂いで全然気がつかなかった…!
メロ、マット、ニア、L、それぞれの反応の意味が今更分かる。
「あぁ〜マット、ごめんね…咳きこんじゃって…大丈夫だった?」
「ダイジョーブダイジョーブw」
「だからナナらしい味だと言ったんです。」
「うーるーさーいーっ」
赤くなりながらニアを見る。
4人とも言ってくれたら良かったのに…でもこれもみんなの優しさ、なのかな?
「ワタリも塩と砂糖間違えるなんてことがあるのね!」
妙に感心していると、
「最後まで気がつかないナナもナナだけどな…。」
とメロがうなだれる。
「ごめんってばー…あぁっ!L!!」
全く予期せず多量の塩分を口内に受け止めたLは、よく見ると青ざめるようにダメージを受けていた。
「今すぐ甘いもの用意するからねっ!」
恥ずかしさと申し訳なさとが入り混じって情けなくなりながら、
それでもみんなの気遣いに胸がくすぐったくなる。
私は笑い出しそうになるのを堪えながら、慌てて角砂糖のポットを取りに走った。
*end*