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機微
ただいま、と声をかけても反応を示さないので、ナナはニアが眠っているのだと思った。

時刻は5時半。ずっと起き続けていたので、早朝というより深夜という気分で迎えた夜明けは、つい先ほどまで見ていた日本のニュース映像の喧噪につられたのか少しけだるく感じられる。
しっかり寝て、そして映像を見ていただけの自分でこうなのだから、ここのところ張り付いて興味を持ち、実質aキラを見つけることが不可能となったニアには、どっと疲れが押し寄せている頃だろうとナナには思われた。

セキュリティロックの作動を確認し改めて向き直ったナナの目に入ったのは、3Dプリンターのワークスペース上にいる眠り姫のような青年。
ホワイトシルバーの髪が台の上できらめくように波打ち、はだけた室内着から覗く白肌はいつ見てもドキリとさせられる。
無防備なようでいて他を寄せ付けない、何を掛けても0にしてしまう、世界随一の頭脳を持つ青年。

"L"はつい30分ほど前、珍しいことに負けを宣言していた。
いつだって多くの謎は解く側に不利な状況で表出するもので、久しぶりの「死のノート騒動」も相変わらず推察されることを大いに拒んでいた。
まず罪に問える話ではないから具体的な捜査に及ぶ訳もなく、被害者が出ていない現状犯人がいるとも言えない。

当初からニアの目的は1つだった。

"個人的に見てみたい 会ってみたい"

レスターとリドナーに打ち明かした言葉を、ナナはある光景を目に浮かばせながら反芻する。
…アクティブさに欠けるニアが見せた、数分の華麗な動き。

大量に配置したモニターで世界中のニュースを並行確認中だった。ニアがふと立ち上がり、ナナは追われるようにして彼を見た。
彼女はその時、彼の重い灰色の瞳の中に静かな閃きが宿っているのを見た。

ガラクタ箱を引っ張って3Dプリンターの前に陣取ったニアはそれから流れるように配線を組み替え夢中になってキーボードを叩き、あっという間に謎のオブジェを形作った。
ナナは話しか聞いたことがなかったので言及は避けたが、心の内で「ニアが見た死神はこんな姿だったんだ」と思い馳せた。以前見た妙におどろおどろしい姿をした人形はもしかしたら"アレ"だったのかもしれない、と腑に落ちる感覚もあった。

それは、ニアの記憶の中に死神も、デスノートの件も、色褪せることなく留まっていることが証明されたような瞬間だった。
どれだけの事件を解決しようと、彼の頭脳はその能力を持て余してしまう。

もっと、もっともっと分からないものを。
もっと、もっともっと、掴めないものを。

ニアが欲していることを痛いほど感じていたナナは、彼を引き付ける今回の件を恨めしくも好意的に感じていた。


なのに。


日本が混乱するニュースを見終え、レスターとリドナーを送り出した後戻った部屋は空虚に満ちていた。
最初からあちらで完結している話だったのだ。ましてや、死神とやらが関わっているのなら自分たちでコントロールしようもない。

冷静にしていたつもりだったのだろうか。他の案件をこなすスピードが下がり、この間ナナとの会話もほとんどなかった。
静かな嵐が過ぎ去った今、ニアはそのことに気が付いているのだろうかとナナは眠り姫を見つめる。

探るように近付いたナナは、遠慮なくニアを押しのけて同じくワークスペースの上に寝転がる。
少しだけ強く感じるニアの香りをナナが"これはフェロモンだ"などと考えていると、低く通る声が彼女の耳に届いた。

「ここは安全とは言い難いので寝ないでください」

「あ、起きてたんだ」

応答しないナナのように、ニアも彼女の言葉には返事をせずじとっと重い視線を向けるに留まった。
当たり前だろう、と言わんばかりの投げやりな視線は彼女を貫いてもっと遠く、どこか別のところを見ているようだ。

ナナには適切な言葉が見つからない。
そもそも、何を言ってもLを満足させることそのものが不可能なのだ。

過剰な退屈は常に孤独と共にある。
それを拭うことは、自分にはできないのかとナナは自問自答を繰り返す。
強く愛していても、それとこれとは全くの別問題だ。
それでも傍にいる者として、ナナはニアの隣に横たわる。
薄く接触する二人の半身が徐々に温もりを増していく。投げやりなままのニアの手を、ナナがそっと握る。

無言が重なる部屋の空気は重さを増していくようだ。
その重みがじわじわと二人を押しつぶして、このまま寝てしまうのはどう?とささやいている。
それでも二人は共に、決して眠くなどなかった。
ただ妙な興奮と、期待と、興味と。
湧きあがって持て余した感情を処理すべく、不器用に戸惑っているだけ。

からりと鳴った小さな音を探って、aキラと記された指人形を拾い上げたナナは、ニアの腕をぐいと直角に立て、ゆるく丸まった指先にそれを差し込む。
ニアが力を抜きされるがままにしているのをいいことにナナは指人形の脇を軽く擦り、くるくると指の上で回転させる。
ふとナナが油断して腕を支えていた力を抜くと、ぽてっと音を立ててニアの腕がナナの腹の上に被さった。
指人形が彼女の横へ飛んでいく。

「重い…おーもーいー」

そう言ってナナはニアの腕を彼自身の腹部へ跳ねのける。しかしさっと指人形を拾い上げたナナは先ほどの姿勢に素早く戻り、いそいそとニアの横に張り付いては再び彼の腕を掴んだ。
そしてまただらんとしたニアの腕を無理やりに立たせ、指人形を差す。
ナナの力が緩めばニアの腕がまたしてもナナの腹にぽとりと落ちる。

「おもっ!重いーお、も、…あっわざと力入れてるでしょ!?」

何度か同じことを繰り返しているうちに、ニアが故意に力を入れ始め、ナナの腹に乗った腕は彼女の力では引きはがせなくなった。
大人が二人して何をやっているのかと、ナナが噴き出したところで唐突に拗ねる時間は終わりを迎えた。

「ひゃっ」

ぐわりと半身を翻しニアがナナを抱き寄せたので、彼女の口から笑い声の名残が漏れる。
その吐息、声色を閉じ込めるようにニアは強くきつく両腕を使って彼女を抱きしめる。
抱き付く、と表現した方が正しいかもしれない。
逃がさないように、漏らさないように。
八つ当たりして、ぶつかるように。
こんな風にしても問題はないか、確かめるように。

ぎゅうう、と遠慮せず力を込める腕の中は苦しいに違いない。
けれどナナはただ身体の力を抜いて、手のひらをそっとニアの背中に添わせるのみだった。

二人の匂いも温度も混ざり合って、ひとつのかたまりになる。

鼓動だけが、近づいたり離れたりして、二人が別の人間であることを示している。

動き出す街の中。高いビルの上。

忙しなく動くニュース画面と、点滅する機械アラート。

広い室内。適温。

喧騒からは限りなく遠い場所で、それを堪能するかのように静かに。


ニアは、意図せずして掬い取られた髪の先を撫でられ、優しい温もりが時折ぽん、ぽん、と背中で不規則なリズムを刻むうち、自分の感情の機微について正確に把握理解したような安心感を得ていく。


*


充分に時間が経った頃、ニアが口を開いた。

「…捜査依頼、来てますか」

「うん。ロジャーが可哀想なことになってます」

ナナの冗談交じりの報告を受けて、ニアはため息を漏らした。
しかしもう、彼が再び"L"になっていることが感じ取れたナナの心は軽い。

もう一度ひときわ強くナナに抱きついたニアは、顔を埋めた先で彼女の首筋にキスをひとつ落とす。
それから繊細な動きでナナの頭に手を添え腕を引き抜き、ニアは流れるように自然に彼女の髪を撫でた。

「行きます。ひと眠りしてからでいいので手伝ってください」

ナナの身体の上を美しい光沢を放ってニアの髪が滑り去っていく。

「あ、でもここは危険なので寝るならベッドで寝てください」

変わったようで、変わっていないような。
変わっていないようで、確かに変わっていくニア。

そんな彼に差し伸べられた手を取って、ナナも答える。

「寝なくて大丈夫。すぐ手伝うよ」

気持ちの切り替わった二人は、連れ立ってロジャーの元へ向かっていった。

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