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弱味
「ナナ」

今日は一段と静かで、考えを巡らせてるんだなと感じていたニアが口を開いた。

「…はい。」

横目で確認する。さっきから黙々と組み立てていたのはプラスチック製の線路。
オモチャの電車が走る擦れるような音だけが響く。

「上の階に上がっていてください。」

「え…何かお邪魔ですか?」

「いえ。」

邪魔じゃないのに、上に行けとは矛盾している。

それでもボスの言うことは絶対。
ニアがそう言うからには理由があるし、

例えなかったとしても、私が逆らう理由だってない。

「…分かりました。」

「20分程で構いません。キリのいいところで降りてきてください。」

「…?分かりました。」

よく分からないけれど、20分後頃何かのタイミングが巡ってくるのだろう。

ニアは多くを語らないから分かりづらいけど、相手に伝わらないようには話さない。
だから私は大人しく上の階で待機し、時間を待てば、自ずとタイミングが読めるに違いない。

階段を登ったところにある仮眠室に入る。
静かに扉を閉めたところで、すぐにニアがSPKメンバーを呼び出した。

(普段だったら私がいても関係なく話をするのに…)

私は雑用をしているだけだから、いても何の役にも立たないし、それどころか邪魔ですらあると思う。

けれどいざこうやって上階から下の階の雰囲気を感じ取っていると、仲間外れにされたような疎外感がある。

(まったく…私も随分立場をわきまえてないな。)

自己嫌悪しながら下の階の様子を探る。

「…悪い策じゃないと思います…」

何か言っているのは分かるが、どんな策の話をしているのかまでは分からない。

ここで静かに耳を澄ましているだけで、タイミングを掴めるだろうか。

「…今までのメロのやり方から考えて接触したら何をされるか…危険では?」

レスター指揮官の少し大きめの声をちょうどよくキャッチできた。

それと同時に冷や汗が出る。メロって、確か夜神粧裕を誘拐した…ニアに対抗して何をするか分からない危険人物…だったはず。

そのメロと接触する可能性があるって…どういうこと?

得体の知れない恐怖に襲われ、身体が強張る。
でもニアの話を聞き逃す訳にはいかない。
ドアに張り付いて、より声を拾えるよう集中する。

「…わかりました。私もやります。」

いくつか交わされた会話の後に、リドナーが答える声が聞こえた。

私もやるって…メロと接触する作戦に乗るってこと?
いくら優秀な捜査員でも、危険すぎる。
やっと少し会話を交わせるようになったハル・リドナーの、強い眼差しと美しい横顔が浮かぶ。

「抜けたいなら今のうちです。言ってください。」

最後にはっきりと、ニアの声が聞こえた。語気の強さが違ったから、こちらまで届いた。

腕時計を確認する。この部屋に入ってから18分程。

足音の気配に、そうっと扉を開け隙間から下を覗き見る。

それぞれの捜査員が本部から出て行くところ。
皆が真剣な表情で、今あの場で顔を合わせるのは憚られると思った。

あぁ、だからニアは、私が彼らと顔を合わせないで済むようここで待機することを命じたんだ。

ニアは無神経に見えて、いつだって最大限の配慮を怠らない。

こんな事件の最中でも、胸は熱くなるものだ。
でも絶対に、彼に好意を寄せていることを悟られてはいけない。

私は忠実なお手伝いであり、役に立たない一般人。
ニアとは知能レベルが違いすぎるし、何より状況も立場もわきまえずにこんな想いを持っていると知られたら、軽蔑されてしまう。

捜査以外のことに興味を持たないニアの側で少しのお手伝いができ、彼の声が私の鼓膜に響くことを許されているなら、それ以上望むことなどない。

上に上がって20分が経った。

再びしん…と静かになり、オモチャの電車が走るシャーシャーという音だけになったのを確認すると、「降り時は今だ。」とはっきり分かった。

*

「戻りました。」

「…。

メロを捜査員に接触させます。」

「はい…。」

「メロがどのような形でSPKに迫るかははっきりしませんが…あなたに危害を加えることはないと考えています。」

「…。」

そんなこと、分からない。怖い。

「無関係な者に手を出すことはしない男です。

ですから

万一メロと対峙するようなことがあっても決して抵抗せず、大人しく待機するか、言いなりになってください。」

「…はい。」

右手で撫でるように左手を抑えながら、私は慎重に頷いた。

*

「お気をつけて。」

一時帰宅するリドナーに声をかける。
私は例の話を知らないと思われているから、余計なことは言わない。
どうか、無事で。

「いつも見送ってくれてありがとう。ではまた。」

リドナーは動じた様子は見せず、迷いのない後ろ姿で去っていった。

*

だいぶ夜分になってきた。
ジェバンニとレスター指揮官は泊まりなのかな。

簡単な食事を用意した方がいいか確認しにニア達の元へ行く。

「ニア、

「ニア!!」

私の声はレスター指揮官の叫ぶ声で掻き消された。

「!!」

声の方を振り向きモニターが目に入ると、衝撃的な映像が映し出されており戦慄する。

「リドナー!!」

銃を突きつけられ歩くリドナーと、その後ろに恐らくメロ…が見え思わず叫んでしまう。

「ナナ落ち着いてください。リドナーがメロと接触していたことは分かっていました。指示した通りに。」

指示した通り…ニアに言われた通りに…。

震える手足を必死に抑え、極力目立たない暗めの壁際につく。
待機。大人しくここで待機すれば、きっと大丈夫。いや、絶対大丈夫。ニアがそう言ったのだから。


「メロ ようこそ。」


ニアのこんな声を初めて聞いた。

何が違うかと聞かれたら、うまく説明はできない。
けど、聞いたことのない声。
メロ…一体どんな…。

「銃を捨てろ!」

レスター指揮官とジェバンニが威嚇する声につられ、顔をあげる。

メロ。

顔に火傷の痕がある。ニアとは雰囲気の違う、金髪に黒革の服。目つきの悪さだけは似ているかもしれない。

「俺はおまえのパズルを解く為の道具じゃない」

激昂したメロがニアに向かって銃を構え、声を出しそうになる。だめ!ニアの言う通りにしなくては…。

でも…恐ろしくて見ていられない。
目を固く瞑って下を向き、ただただ祈りを捧げる。

バッと動く音が聞こえ、目を薄く開けて確認すると、リドナーがニアを庇いメロの銃を抑えていた。

メロは少し落ち着いたようだ。

ほどなくしてニアがメロに写真を渡す。

二人が殺人ノートについて会話をしている。
重ねた両手を胸元に当て待つ。早鐘のように打っている鼓動が伝わり、再び腕が震えだす。

互いの用件は済んだのか…

メロがくるっと振り向き、ここから出て行く為の歩みを進める。

鋭い視線で周囲を探るように見回し、

刹那、

何事もなく通り過ぎると思った視線が私と合ったところでピタリと止まった。

息が止まる程恐ろしく、目が離せない。

だめ。ニアの言った通りに。
私はただ大人しくその場で立ち尽くす。どうか…どうか。

信じられないものを見るかのように少しばかり見開かれた目、その視線を前に移しながら「ふっ…」とメロが息を漏らした。

「ニア、お前に弱味ができるとはな。」

メロがにやりと笑いながら告げる。

「…。」

ニアは何も答えない。

「タイミングが違えば脅迫に使えた。」

「タイミングが違えばここには居させません。」


「ニア」「メロ」


二人がよく分からない何かで繋がっているのは分かった。

でも何をやりあっているのか、真意は掴めない。

「どうせ行き着くところは同じだ。そこで先に待っている…」

メロはそう言い放つとチョコレートをかじって歩き出す。

リドナー、ジェバンニ、レスター指揮官…それに私。

皆固まったまま動けない。

ドアが雑に閉まる音が聞こえると、足の力が抜けその場でへたり込んでしまった。

リドナーが「ナナ大丈夫ですか?」と駆け寄ってきてくれる。

リドナーこそ…銃を突きつけられていたのに。ほとんど動かない顔の筋肉に精一杯力を込め笑顔をつくる。

*

そのままリドナーに誘導され仮眠室に向かった。休むよう言われ、ベッドに腰掛ける。

「リドナーこそ大変な瞬間だったのに…どうぞ休んで?迷惑をかけてしまってごめんなさい。」

心から謝罪する。こんなことでは私がここにいても邪魔にしかならない。

「いいのよ。あなたはニアの…弱味なんだから。ゆっくり休んで。
今夜はお互いによく眠りましょう?」

リドナーは小声でそう告げると、部屋の入り口に向かってしまう。

「ぇっ?」

私がその意味に驚き振り向くと、色っぽい仕草で口元に指を一本当てたリドナーが、悪戯そうに微笑んでドアを閉めるところだった。


ニアの弱味が…私…?

果たしてそうなのか、つい先ほどのやりとりを思い出そうとするけれど、何が事実で何が正確な発言だったか自信を持って思い出せない。

ぐるぐる考えているうちに、先ほどの疲れがどっと溢れ、身を任せるように布団に潜り込む。

そうだったらいいけど…

そんなことを考えているうちに、私は眠りに堕ちていった。

*end*
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