距離
いつになったらこの世から事件がなくなるの?そう嘆きたくなる。
キラ事件が解決してから、5年。
ニアは休むことなく、次々舞い込む事件の捜査をし続けている。
**
私はずっと側にいた。
行くあてがなかった。
それにニアを一人にしたくなかった。
年々ニアのクマが濃くなる。なるほど、あの人のそれはこうやって形成されていったのかしら、とLを思い出す。
かつては自分のことを自分のやりたいようにやっている様子だったニアだけど、少しだけ柔らかくなった。
言葉も態度もきついけれど、内心を表に出す時、少し意識して調節しているんだろうなと感じる。
むやみに放置されていくだけだった捜査済み資料の山が、いつからか彼なりの憤りと共に存在しているように見えた。
ねえ、ずっとここにいて、あなたが見ているものは、あなたにどんな感情を与えたの?
同じ年頃の若者が楽しそうに遊びまわっている姿を見かけるとふと思う。
それとニアが求めるものが違うのは当然のこと。
それでもここで。
あなたは
私は
何を見続けて、何を得たかな。
そんな風に思うことがあるよ。
**
きっかけがあったとすれば。
キラ事件が解決してから、2年後のこと。
少しずつ日常が過ぎていく中で、私はニアの誕生日を祝った。
ニアは私が側にいることを拒否しなかったけれど、歓迎している様子でもなかった。
お互いそこに、ただ存在していただけ。
それでもその日は明るく過ごしたくて、ケーキを持ち込み、無理やりお祝いの真似事をした。
ニアは「ありがとうございます。」とか「お構いなく。」くらいのことは言った。
一口ケーキを頬張って、「悪くないですね。」とか、そんなことも。
だけど、頭の中では同時に何かを追い、探しているのが分かった。
それでもいい、ニアの側にいるというのは、そういうこと。
この場所から窓の方を向くと、ちょうど下の方の景色が遮られ空だけが見える。
「たまには空を見ることも大切よ!」
特に意味はないのに、お説教みたいに声をかける。
向かい合って座るソファーに流れる空気は間延びして、少しだけ居心地が悪かったのだ。
「あまり興味がないので。」
ニアも特に意味はなく、いつものようにマイペースに返事をした。
だけど。
何の気もないつもりだったのに、空に包まれる気持ちでいたら、
穏やかな部屋の中で穏やかじゃない資料に囲まれて、ニアと二人、ぽっかりと孤独の中に取り残されているような気がして。
自分達の身に起こった出来事、喪失の大きさが、堪えようのない波となって押し寄せ、私は突然、泣き出してしまった。
あんなに泣いたのは、久しぶりだった。
傷はいつまで経っても癒えないでいた。
時々私が静かに泣いた気配があっても、ニアは放っておいてくれた。
はなから共有する気などなかったのかもしれない。
圧倒的な無力感に、このところのそれとは違う、ぼろぼろと大粒の涙が溢れてしまい、私は自分でも混乱した。
そして混乱した頭で、ニアの方をつい見てしまったのだ。
またいつものように、冷たい、ただ目の前の状況を分析するような目をしているだろうと思っていた。
でもその時初めて、ニアが目に狼狽の色を滲ませているのを見た。
きっと他の人なら気が付かない…ごく僅かな違いだったけれど。
いつものあの冷静な目ではなかった。
ねぇ、あの時あなたは何を思っていたの?
**
それ以来、ニアはほんの少しだけ柔らかくなった。
経験していくコミュニケーションがこれだけでいいのかと思いながら、
それでもニアは年月を重ね徐々に変化していく。
こんな閉じこもった世界の中で、あなたは成長していくのね。
何を見て、
何を感じて。
**
そんなことを思いながら、迎えた誕生日だった。
ニアの部屋の前にケーキを持ってきて、さあこれから突入!というところ。
私は深呼吸をして、今日はもう大丈夫。と扉を開けた。
そして思ったのだ、いつになったらこの世から事件がなくなるの?と。
だって相変わらずニアは捜査に没頭している。
近寄れないくらいに重ねたトランプタワーがそれを物語っている。
「ニア、ケーキ持ってきたよ。」
「あぁ…そこに」
「誕生日は一緒にお祝いするって約束。」
少し口を尖らせて言う。
「…」
返事はないけれど、ニアはちゃんと立ち上がる。
笑っちゃう程幼稚だけれど、これが24歳のニアなりの変化。
二人でまた窓の外を見ながらケーキを食べる。
「ニア、お誕生日おめでとう!」
私は一人で盛り上がる。
例え二人だけでも、お誕生日会は楽しくなくちゃ。
「ありがとうございます。」
早速ケーキをパクつくあたり、やっぱり少しあの人の面影を感じる。
「今年も…綺麗な空。」
爽やかに透き通るブルーは、グラデーションになりながら窓の外の景色を彩っている。
「もう泣きませんか。」
まさかのタイミングで、ニアはそんなことを言う。
でもちょっとした会話をしてくれることが嬉しい。
「泣きません。」
少しにやけるような、してやられた、といった表情で私は答える。
話すこともすることもないのに、二人でソファーにとどまって窓の外を眺める。
幸せだなぁ、
そんな風に、思ってはいけない?
でも私たち、ここまで来るのにとても時間がかかった。
「また一年よろしくお願いします。」
ニアが一言告げる。
すっかりシャープになった輪郭。
色気を持った髪の毛、首筋。
でも目つきは相変わらず。
この距離感になるまで、本当に時間がかかったよね。
でも、私達は静かに、確かに近付いている。
「うん。」
私は小さく返事をしてから紅茶を啜り、窓の外に視線を戻す。
青空を眺めながら、来年もお祝いできますように、そう祈った。
*end*
happy 24th birthday!!!Near**
2015.8.24