可愛いって10回言って?ニア編
「ナナ!今日ニアがゲームに負けた罰でナナに可愛いって10回言うから、楽しみにしとけよ♪」「ばっ!罰って…」
可愛いって言うのが罰だなんて失礼しちゃう!
可愛いって10回言って?
ニア編**
ニア編**
これからニアの部屋に行くのに、マットがおかしなことを言うのでちょっと、いやかなり入りづらくなってしまった。
ニアが私に可愛いなんて…言う訳がない。
そうだ、気にするだけ野暮ってもんよ。いつも通りにいこう!
心を決めた私はニアの部屋をノックする。
「入りまーす!」
タイミングを見て部屋に入ると、ニアは床に寝そべっていつものようにロボットを組み立てていた。
「おや、可愛いナナさん」
!
早速私の予想は覆され、覚悟してなかった展開に言葉を失ってしまった。
「…」
「どうしたんですか。可愛いナナさん」
「いやいやいや、ニアこそどうしたんですか」
「どうもしませんよ、ナナさんが可愛くて可愛くて」
ニアが、ニアじゃない!
一体全体どうしてしまったのか。何をやったんだか知らないけど、ゲームとやらに負けてしまったショックで、こ、壊れた…?
「可愛いナナさん、」
「ちょっと待って、おかしいってば!」
堪らずストップをかけると、ニアは滑らかに言葉の続きを引き取った。
「同感です、可愛いと言われて全ての女性が喜ぶとは限りません。やめです、やめ」
「へっ?」
そうか。私に罰ゲームのことを隠すつもりもないし、そもそも可愛いと思っての発言ではなかったのね。
分かってるし、妙な感じがなくなっていいのだけど、心のどこかで膨らんだ何かが急速に萎むのを感じる。
嘘っこの言葉でも、聞けなくなってしまうとそれはそれでちょっと残念。甘くてくすぐったい響きではあった。数秒前の出来事はこのままあっという間に封印され、今可愛いと連呼してくれたニアは都市伝説と化すのだ。
何てもったいない。黙っておけば良かったかな。
「今更黙っておけば良かったなんて考えている訳ではありませんよね」
「え」
「図星ですか」
ニアはロボットを持ち上げ、下から覗き込むようにしてパーツの角度を確認する。
「い、いやいや、恥ずかしいし!」
「…」
ニアがこちらを振り向き、試すようにじっと見つめてくる。
ああ、正直にちょっと楽しみだったと白状しようか。でもそれだとねだってるみたいよね、何より可愛いって言われたいと自ら乞うなんて情けないような。
惜しい気もするけど、実際恥ずかしいし…
冷静に回転する頭と乙女心に揺らぐ胸の狭間で、考えが行ったり来たりする。
淡い後悔とここを逃せばもう聞けないのではという焦り、とはいえ真意ではない言葉が本心で嬉しい訳ではないし、結論が素早く導き出せない。
あぁどうしたら。
「ナナさんがそうやってうまく表現できないで葛藤している姿は可愛いですよ」
ロボットを飛ばすように動かしながら、今度はこちらを見ずにニアが言う。
また始まった。きっと困惑する私を見て楽しんでるんだ、意地悪な人。
小さく尖らせた口は何の言葉も紡ぎ出さず、私は立ち尽くしてニアのパジャマのしわをぼんやりと眺める。
次に口を開いたのもニアだった。
「…今のは本音です」
ぼそりと付け加えられた言葉は、決して小さな声ではなかった。
それなのに。はっきりと言い切ったのに、本当に言ったのかどうかよく分からない不思議な響き方だった。
こちらを見ず、独り言のように呟いていたからかな。
さっきまでと違って感じる"可愛い"は、今度は正しく胸をときめかせる。
高鳴る鼓動はセーブが効かず、今はもう純粋に嬉しい気持ちだけが私を満たしている。
「あの、」
ニアがストレートに表現するから、私も本音が溢れた。
「私は可愛いって言われると喜ぶ方、です」
言い切ると、何だか熱くなった目の奥に安堵感や幸福感みたいなものが急激に湧きあがって、涙腺を緩ませる。
こんなことで目が潤むなんて、おかしいよね。
そんな私に気付いてか気付かずか、ニアがダメ押しの一言を。
「知ってます」
丸くなった背中越しの発言、今度は聞き逃しそうなくらい小さな声だった。
私はニアに気付かれないように目尻を軽く拭う。
こんなニアが見られるなら、たまにはゲームに負ける彼もいいかなぁなんてニアの嫌がりそうなことを考えて、私は思わずにやけてしまった。
少ししてニアが決意表明した。
「もう絶対言いません」
「何でよ!言って!」
「本音が出ましたね」
「…参りました」
*end*