目的地
まさか女の部屋に盗聴器仕掛けることになるとは思わなかった。とか言ったら嘘になるか?
こういうことについても散々経験を積んできたし、俺がやれることと言ったら最初からこれくらいしかないかもな。
とはいえ、今まで想定してきたよりずっと…
「これ…トラップじゃないよな?」
思わず口に出すと、目を細めたメロは微かに首を傾け同じく疑念を持っていることを示した。
模木が行動を共にしている女のホテル。
第二のキラを疑ってここまで来てる訳だが…今までハウスで想定してきた状況よりずっと容易く事が運んでいる。
監視カメラも大して多くないし、センサーの類もない。
こんなに簡単に入れるとなると逆に怪しい。
あの女を囮に使って、俺たちがここに来るのを待ち構えているのでは。随分可愛らしい華奢な子だったし。
…いや、客観的な話。俺としてはナナの方がずっと好みだけど。
誰にも聞かれてないけど何となく言い訳する。
こんなことナナの前で言ったら拗ねるのが目に見えてるから。可愛い奴。
先にテストで仕掛けたカメラで女の部屋は割り出し済み。
清掃員用の制服は業者に金掴ませて手に入れた。
おかげでホテル内でも怪しまれず動きやすい…が若干臭い。
メロは滞在客を装ってそのまま。俺が部屋に入る時だけ一緒に来る気らしい。ずるいし目立つっつーの。
「…開ける。」
女の部屋のドアに手をかけ、メロの方に振り向く。
「OK」
近くの壁に寄りかかっていたメロが部屋に滑り込む態勢を整える。
振り向きざまに目に入った、肌のただれた顔には内心まだハッとする。
自分の目的を果たす為に必要なことなら何でもする。相変わらずだな。
中に誰もいないのはチェックアウト履歴から確認済み。躊躇いなくドアノブに手をかける。
音を立てずにやや重いドアが開く。
押し出された部屋の空気がフワッと顔にかかる。
甘ったるいフローラルの香り。ナナが嗅いだら「ちょっとキツすぎる匂い!」とか言ってむせるかも。笑いながら咳き込むナナが浮かぶ。
中は想定通り無人。まず無言で全体を確認するが室内の機器に俺らを待ち構えている様子はなく、安堵…というより気が抜ける。
「…あくまで重要人物なんだよな?」
「あぁ…。」
あの女は重要人物だが、きっと大切にはされていないんだろう。
そう感じずにはいられない脆弱さ。
俺だったらナナをこんな部屋に居させたりしない。
「もたもたしてる暇はない、俺がノートを探す間に設置の方を頼む。」
メロがこちらを見ないまま告げる。後ろ姿だと髪に目が行く。ストレートになるとシャープなイメージだな。その方がメロらしいかも。
「分かった。」
逆撫でしないよう余計なことは言わずに従う。今は盗聴器を設置して安全に脱出するのが最優先。
**
鼻から余計な匂いが入ってチョコレートが不味い。
邪魔だと感じた匂いは、マフィアのアジトだろうがホテルの女部屋だろうが変わらないものだと理解する。
見たところ殺人ノートが置いてある気配はない。既に模木と相沢がここを確認しているはずだから当然といえば当然だが。
マットが見た女が第二のキラなら、何故ここでこんな待遇を受けている?
現在では疑われていないということか…?それならわざわざ女がLAまで来ている意味が分からない。
あまりに緩い管理…女が逃げることは想定していないのか。
この状態が罠でなければ、盗聴器を仕掛けたところで気がつく可能性は低いだろう。気がついたとしてもニアと関わりがあった以上、俺が模木を尾行することはキラも想定済みのはず。
手がかりになるものがないか見落とさぬよう慎重に見て回る。
贅沢な暮らしぶりは見ているだけで分かる。
贅沢…
唐突に「見て!贅沢!」と目を輝かせたナナが脳裏に浮かんだ。
何年前か…こんな季節だった。
ホットチョコレートを振る舞うと張り切ったナナに言われるまま、ハウスの庭で待っていた。
やや冷たい空気に包まれた昼下がり。あまり明るいとは言えない空の下、パキパキと小枝を割る音と共に気配が近づいてきて振り向く。
鼻歌交じりのナナがランチョンマットを木の葉の上に直接ひき、デコボコとするその上にカップを並べ終わったところで俺が揚げ足を取った。
「直かよ…。」
「何よ!それがいいんじゃない。不満…?」
強気な口調とは裏腹に、少し不安げになる目元を見ては何も言えない。
別に…と返したその時、秋風に煽られた木が枝を大きく揺らし、黄や赤に染まった色とりどりの葉が頭上を舞うようにひらひらと落ちてきた。
「見て!贅沢!」
「大好きなチョコレートでしょう?
それをあえて寒い外に出て、温めて飲むの…。
季節の風を感じて、こんな風に木の葉を眺めながら!こういうのを、贅沢って言うのよ!」
興奮してまくし立てる口調、自らの計らいがうまくいったことに心底満足している様子だ。
「メロもそう思うでしょうっ?」
嬉しそうに満たされた笑顔をこちらに向けるナナを見て、確かにこれこそ贅沢かもしれないと思った。
何物にも代えがたい…誰にも譲れない貴重な時間――
「俺がこんなことしてるってバレたらナナに怒られそ〜…」
マットの呟きが聞こえ我に返る。
ナナ…ハウスで無事に過ごしているだろうか。
もうあの頃と同じようにはなれないのかもしれない。
それでもどこかで祈り続ける。必ずキラを掴まえ、ナナにその知らせを届けることを。
「良かった…」と安堵の声を漏らし泣くだろう。
…それとも俺の変わりように傷つくだろうか。
**
「…できた。」
我ながら鮮やかな手つき。
こんなわざとらしい場所(椅子の下!)につけるのは初めてだけど。
「持ち腐れだな。」
もっと素直に感謝を言えないものかと思うが、これはメロなりの褒め言葉だ。
「人が来ないうちに出るぞ。」
痕跡を残さないよう注意しながら出口に向かう。
先に廊下に出て人気がないことを確認する。何でメロは変装しなかったんだ。
こっちは作業してる時も部屋の匂いと制服の微妙な臭いが混ざってかなり不快だったってのに。早く着替えたい。
メロも無事に部屋を抜け出し、フェイクで滞在用に確保してある部屋に先に向かった。
女の部屋の鍵を確実に閉め、後を追う。
メロが確保した部屋のドアノブを回すと、完全に閉まらないよう内側からつま先でメロが支えていたので、思った以上にスムーズに開く。さすが気遣い上手。
「うあ!臭かった!」
制服を床に放り投げ、着替え終わった身体が求めるまま煙草に火をつける。
「悪いな。」
「ん?」
聞き返したけど分かってるよ。メロは自分で決着つけたかったんだろ。
若干不本意な仕事だったけど…ハウスで学んだ者にとってはごく当たり前に想定されていたこと。
久しぶりに面白いと感じた。メロが出て行ってから退屈してたから。
メロが出て行った後…ナナは放心状態だった。
俺は絶対あんな思いはさせない。数日の用事で出掛けるとしか伝えてないし、実際数日のうちに決着をつけたい。
戻ったら…その時ははっきりさせる気でいる。
覚悟を決めて、口に出す。
「メロも無茶するよな。
ナナのこと…大事に思ってるんだろ?」
空気が止まるようにしん、とする。
…黙るなよ。否定しろよ。
それじゃまだ好きだって認めてるみたいだろ。
無言のメロに胸の中で憤る。
それじゃ俺が、ナナの側にいるのが許されないみたいだろう。
それなのに俺は何も言わない、言えないでいるんだ。腑抜け。
*
言葉少なにホテルを後にする。
「さっさと終わらせよう。」
こんな事件終わらせて、この気持ちにも決着をつける。
ハウスにいた時は、自分がLの跡を継ぐことになったらそれでもいいと思っていたけど、ニアやメロとは熱意や覚悟が違うことを実感する。
謎を解くのは楽しみの一つだが、俺はそれ以上にナナといる時間が楽しくて好きだ。
自分の愛する人と平和に時を過ごすことの方が大切。
その大切な人を守る為にも事件を解決する、とか言われたら敵わないけどな。
そう言われたら、どうすればいいのか俺にはもう分からない。
「あぁ。」
メロが答える。メロはどういうつもりで…いや、考えても仕方がない。
ナナに関しては引かないって決めたから。
完全に屋外の雑踏に混ざった時、後で合流する段取りを決めてメロと別れる。
数歩進んだところで振り返ると、人混みに半分消えかかりながらチラチラとメロの金髪が見えた。
敵わないかもしれない。
でも叶うかもしれない。
メロと、ナナへの想い。
「面倒くせ…。」
独り言を誤魔化すように煙草を咥え火をつける。
揺らぐ煙を追うように見上げると鈍色の空が目に入った。
もっと明るい、もっと穏やかな陽の下へ行く。そこでナナがいつまでも笑えるように。そこに一緒にいられるような存在に…。
俺は俺なりの熱意で覚悟を決め前へ向き直ると、再度足を踏み出した。
destination ―目的地―