日常
冬なのに、チョコが溶けるとはこれいかに。口にしてみたらニアが言った。「俳句ですか」って。
違います。
メロが暖房のきいた部屋にチョコレートを置きっぱなしにしているから。もうそれ、食べちゃっていいかなーと思った次第で。
「あ?柔らかくしてるだけだし」
ほんのりとした嫌味を含む悪口を聞きつけたメロが、マグカップを持ってこちらへやってくる。こたつの、テーブルが揺れる。
「あっ私もココア飲みたい!!」
どうせぎろっと睨まれて「自分で作れ」と言われると思ったら。
「カウンターに置いてある」
メロがそう言うから、嬉しくて胸がふくふくしてくるよ。
「わー!メロ様!優しい!」
「だろ」
「私のは」
「お前のはない」
ニアとメロの、お互いにやる気のないやりとりだって心地よい。
がちゃがちゃ音を立てて玄関から入ってきたマットが、門松とかしめ縄を持ち帰ってきた。
「おいおいすげー混んでるけどなんなんだありゃ」
どうやら年末の買い出しに行ってきたらしい。おかえりー、と声をかけて私はこたつに戻る。
「お前と同じこと考えてる奴がいっぱいいただけだろ」
「もっとゆっくりしろよ…日本人…」
げっそりしているのに、箱のみかんとお餅と、あんこに海苔。何かと買い込んできた様子に思わず笑ってしまった。
「え、みかんまだあるよね?食べきれなくない?」
「買った者に責任を負わせましょう」
うつぶせでこたつに腰まで埋もれたニアが、フィギュアを組み立てながら言うと、マットが反論した。
「じゃ先に仕入れたみかんの方を購入者のLに食ってもらおう」
何て反論するかしら、とキッチンを振り向けば、立ったままみかんを頬張っているLが目に入る。
「もうなくなりました。それよりマット、あんはどれくらいあります?」
「えーっと、500g」
「…足ります?」
むっとしたLに嫌な予感がする。
「え、今年はずん胴サイズのおしるこはいらないよ」
「いりますよ、足りないでしょう」
「ずん胴洗うの大変だから絶対やだ!」
「仕方ないですね……では大鍋3つに分けて作りましょう」
「ええ…分かってないよね?材料もないし」
ぶーぶー言いながら、私も寝そべってこたつの中にもぐっていく。
がたん、とテーブルを揺らしてしまい「おい、こぼすなよ」とメロに注意された。
**
テレビも何だか見たようなものばっかりだし、どこかに出かける予定もないし。
のんびりというより、退屈な年の瀬。
あとはお蕎麦を食べて、カウントダウンをして、少しみんなで他愛のないお喋りをしたら、各々寝るだけ。
そりゃそうよ、12月31日が1月1日になるだけのことなんだから。
そうだ、でも1月1日といえば…
「おとしだまだ」
「何ですか急に」
ニアは、私が何か言うとすぐに突っ込んでくれる。急速で「何ですか急に」って言えるニアも結構すごい。
「お正月になるからお年玉」
「ああ……」
「お年玉か」
「いいね、お年玉」
そんな時私たちは年長者へつい視線を集める。
唯一こたつに入らず、ダイニングの椅子に乗っていたLは、視線に勘付いてじとっと私たちを見返している。
L様なら、アタッシュケースに入ったお年玉を用意することだって可能に違いない。
と「お年玉ちょうだい」が却下されることは折込み済みで馬鹿げたことを考えていたら。
「いいでしょう、お年玉」
まさかの返事がかえってくるから、カウントダウンを控えた私たちは俄然目が覚めてくる。
「特製すごろくで私に勝てたらいいですよ」
すごろくの用紙をつまみ上げてぴらっと見せるLに、こたつの面々は沸きあがる。
「いくらくれる!?」
「ナナは言い値でいいですよ。小切手で出します」
「ひゃっほう!」
「いや、ナナは無理だろ」
「やってみなくちゃ分からないでしょ」
「どれ……」
ごろごろけだるかった年越しの夜が、急に華やかになる。
「ちょっと待って!今ジュース取って来る!」
「じゃ俺グラス取るよ」
マットと並んだキッチンで「みかんも持ってく?」「さすがに買いすぎた」と会話するのもわくわくする。
こたつについたらL特製すごろくの始まり。マス目に書いてある難題を、読み取るところから躓いている事実は内緒。
あと5分で新しい年になりそうだけど、今は小切手をかけてそれどころじゃなく忙しい。
マス目の内容を見ようと乗り出して、メロと頭をごちっとぶつけるのもご愛嬌。
みんなといると、何でもない瞬間が、胸を満たす喜びになる。
外に出られない、用事もない、退屈に感じる瞬間だって、こんな風に過ごしていける。
日付が変わっても、私たちったら誰も何も言わなかった。
だけど明日もあさっても、何の変哲もない日々を一緒に過ごしていこう。
去年はありがとね。
今年もよろしくね。
誰も口にはしないけれど、この日々に、心を込めて。
日常