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special
何だかこれでいいのか、浴衣の襟が気になる午後五時半。
そろそろ向かわないと…玄関先で聞こえる聞き慣れない複数の足音に焦ると、こういう時に限ってぶわっと汗が出てしまう。

「どした?」
「襟、変じゃない?」

様子を見に来たマットに相談すると、濃くなってきた陽に照らされたマットの顔がにっと笑顔を浮かべた。

「変じゃない。可愛い」


**


「わぁ〜続々と人が集まってくね〜!」

昔の人にとっては涼しかったのかもしれない浴衣も、現代人にしてみればそれなりの厚着な気がする。
高揚で蒸した空気の中、夕方に吹く風はちょうどよく心地いい。少し落ち着いたセミの鳴き声が、逸る気持ちに押しやられて遠くから聞こえるよう。

今日は花火大会だ。今年はみんなで行こうと、あれは何のはずみだったかそんな話になって以来、本当に楽しみにしていた。
浴衣を揃えたのは私だけではない。なんと同行者の四人もだ。からころと下駄の音を絡ませながら進む私たちも、この時を彩る人の波の一部だと思うと、どうしようもなく胸がいっぱいになった。

「あーー見て出店!わたあめ!!袋まで可愛い〜」
「買ってくか?」
「いいのっ!?」

ブルブルとうるさい発電機の音、眩しい電球と色とりどりののれん。目にしただけで心ときめく出店通り。
ぽろりとこぼしただけの言葉を、メロが掬ってくれた。すぐに屋台へ近づいていく後ろ姿に、うきうきとついていく。

注文を受けた日焼け姿のおじいさんは、珍しいものを見るかのように金髪の浴衣姿へ不躾な視線を送るけれど、メロはそんなことはお構いなしにいくつかの袋を指定して、代金を支払う。
さらりと落ちて跳ねる毛先が濃紺の浴衣によく映えて、とても綺麗。サマになってる。

「ラムネ5本仕入れてきた!」

すぐ隣のドリンクワゴンでナイスな買い物をしてきてくれたマットが戦利品を見せつけると、メロが「おお、サンキュ」と答えた。マットは「割高だ」と文句を言っているけれど、それはこの夜の思い出分、思い入れ分の割増代。そう思うといつもより派手な出費も気にならないから罪なものだ。

こういう時、本当にメロとマットは頼りになる。午前のうちに、花火の上がる川沿いに穴場を見つけて確保しておいてくれた。
屋台と人混みと、それから共に歩くこの空気感を味わいながら悠々と進むことができるのは、二人の功績に他ならない。

「一名迷子になってます」

ニアの声に、ふと我に帰った。

「ん?…あ、エ…じゃなくて竜崎がいない!」

こんなところではぐれたら大変だ。慌てて周囲を見回すと、迷子は斜め向こうのお面屋さん前ですぐに見つかった。

「えっ!お面?欲しいの?」

近寄って確認すると、黒い瞳に赤や黄色の光を灯したLが指をくわえてひょっとこのお面を見つめている。

「今時でも売ってるのね、ひょっとこのお面…」
「使えそうです」
「何に」
「顔を隠すのに」
「え、がっつり顔に着用なの?」
「通常そう使用するものでは」
「うーーーん、祭りの時は斜めじゃない?」
「斜め…」

じっと見つめたまま黙ってしまったLについ財布の紐がゆるんだ。

「分かったもう、買ってこ買ってこ!」

勢いでひょっとこと、ついでにニアの分のお面を購入してしまった。
どうせ今夜数時間しか使わない。だけどそんなことは、そんなことではなくてとても重要なことなのだ。

これらはなんといっても、楽しい時間を、楽しく演出する為の最上のスパイス。

「私につけろと」

おかめのお面を手渡されたニアがそう言ったきり絶句したけれど、こうなったら気にしない。
聞こえなかったふりをしてLの頭上へ手を伸ばせばほら、こんなにもうきうきする。

「はい、こんな感じ。気に入った?」
「しっくりきませんが、まぁこうしておきます」

Lの頭へ斜めにひょっとこ面を配置した後は、ニアの方へ振り向く。

「はい、つけてあげる」

有無を言わさぬ調子でにっこり笑いかけると、ニアが渋々お面を手渡してくれた。


**


「わ、よく見えるねっ来て来てニア!竜崎!すごいよー!二人、有能すぎる!」

川沿いにある土手の下、確保された場所へたどり着くと歩きにくかった混雑が嘘みたいに穏やかな空気に包まれた場に出た。
ちらほらと人はいるけれど、いい感じに距離が開いていてリラックスできる雰囲気だ。
5人でおさまるのにちょうどいいゆったりした大きさのシートが綺麗に張られていて、それでも周囲にまだ余裕がある。

頭上ではつい先ほどからどーん、どーんと身体の芯まで響くような大きな音が鳴り始めていて、上を見たり少し進んだり、立ち止まったり場所を探したり、忙しかった。

「座ろう!!早く早くっ!」
「待って待って今スイカも出すから。下駄ここでいいよね?」
「飲み物…あ!ラムネあったよね!」
「うう〜〜〜最高!楽しみ〜〜!」
「焼きそばも買えば良かったかな?うーんでも食べないでしょ?その分綿あめも買ったし!ふふふふ〜!!」

「誰と会話してるんですか」
「…好きにさせとけよ」

突っ立ったニアが一人興奮する私に突っ込み、メロが呆れたような、でもとても穏やかな声で制する。

「おっよく見えんじゃん」
「今のは牡丹ですね」

シートに収まったマットとLも今宵に相応しい会話をしている。

カットして持ってきたスイカを広げ、一通り休む準備ができてから、改めて正座した。次々重なる音に、胸は打たれっぱなしだ。

「わあ…!!」

音が鳴る度自然と声が漏れる。それは少し離れて座っている人たちも同じで、周囲のところどころで同じタイミングに歓声が上がる度、景色を共有している風流さに心が踊った。

嬉しくてつい横を見ると目に入る、赤や緑に照らされたL、ニア、メロ、マットの顔。

花火、お部屋からも雰囲気を感じられるから十分だと思っていたけど、やっぱり近くで直接見るのは格別だった。
この暑さも、暗さも、涼やかな虫の声と大輪が咲く音も。みんなで同じ空間を感じていることも。

「わぁ…この迫ってくる感じ、大好き…」
「芯入りの菊、定番ですがさすが見応えがありますね」
「うん…!あぁワタリも来れば良かっ…あ!!そうそう!」

急にあることを思い出して横に置いていた保冷バッグの中へ手を突っ込んだ。昼間、準備している最中訪れたワタリに、袋を手渡されたのだった。

「ワタリから、何かもらったの」

目的の袋を取り出して確認すると、中に入っていたのは緑の筒が五本と高級そうな紙皿のセット。

「これ。お菓子?」
「…竹ようかんですね」

Lはこの暗がりの中、見るなりそれが何かを判別する。

「竹ようかん!素敵!どうやって食べるの?」
「大抵ピンか何か付属されているので、それを使用して竹の底に穴を開けます。すると水ようかんが滑り出てきますよ」
「俺もちょーだい」「俺も」

手を伸ばすみんなにそれぞれ一つずつ竹の筒と紙皿を配った。

各自手元に夢中になった隙に、頭上ではまた花火が上がる。
連続して上がってくれると夜闇が華やかに照らされて、繊細なお菓子の支度に一役買ってくれるようだ。

「さっぱりしてていいね」

マットの声に気が付くと、ニアもメロも器用にようかんまでたどり着けていてびっくりしてしまった。
うまくピンを差して空気穴をあけたはずなのに、私のだけなかなかようかんが筒から出てきてくれない。

密かに焦って小さく振っていると、突然手首にLの手が触れた。
下から押し上げるようそっと誘導されて私の口元に筒が近づく。

「出ない時は息を吹き込むんです」

出てこないところを見られていた気恥ずかしさと、さりげないアドバイスにどきりとする。言われるがまま近付いた竹の筒、底の部分に息を吹き込んでみると、するりとようかんが顔を出してくれた。

「わ、本当だ…!ありがとう」

そっとお礼すると、Lの頭上でひょっとこが"どういたしまして"とウインクしたみたいだった。


**


「綺麗だった〜!!」「楽しかった〜!!」

感嘆の声がまたしても独り言のようになってしまうのだけど、そんなこと気にせずに繰り返しながら、メロとマットと三人でシートを片付ける。
荷物を任されたひょっとことおかめさんは横で静かに佇んでいる、午後九時。

帰り支度を進めていると、突然近くで大きな声が聞こえた。

「わっ!モデル?」
「うわ、ほんとだ!」

有名人でも来ているのかと声の方を見ると、驚いたことに声の主である中高生くらいの男女数人の視線は、まっすぐこちら…いわゆる浴衣を着た外国人の方へ向いていた。
楽しそうに盛り上がっていた彼らは、まだシートに座ったまま、みんなで振り向き調子に乗ってはしゃぎ出す。

「おねーさんモテモテ―!ひゅー!」

本当に自分に話しかけられているかも分からないし、絡まれるのも嫌だなぁと気が付かないふりをした。
けれど既にばっちり目が合った後。テンションの違いあれど、特別な夜に高揚しているのはあちらも同じくで、次第に悪のりして声が重なっていく。

「無視ー?」
「兄妹?五角関係!?」
「カップルと友達でしょ」

五角関係ってどんなのよと思いながらも、大人数で盛り上がってるのを相手にしても仕方がない。

それに私たちの関係って、なんて答えればいいかよく分からないものだし…。

そそくさと片付けを進めるにも、シートを協力して畳んでいるだけでひゅーひゅー騒ぎ立てるので参ってしまった。


もう、もう!せっかく楽しく過ごしてたのにとんだ茶々が…!!

心の中で憤慨しながらもぐっと堪えて粛々と手を動かし、何とか引き揚げられそうなところまできた。

ところがその時、彼らのうちの一人が、突然ターゲットを変えた。

「ひょっとこさーーん!どーゆー関係ー?これからどこ行くのー?」

あ、まずい…と思ったのと、Lが彼らへ言葉を返したのはほぼ同時だった。


「特別に仲良しなので、これから一緒に家へ帰ります。いいでしょう?」


さも当たり前だと言わんばかりにさらりと放つL。何とも不敵な応戦の仕方。

言われた途端、うら若い少年少女たちはハッとした顔をして黙ってしまった。それはそうだ、こんなこと言われたら。息をのむって、まさにあんな感じ。

「ほら、行くぞ」
「…あっ、うん!」

メロの声に慌ててついていくと、一足遅れて「きゃー!!」「うわー!」とはしゃぐ声が聞こえてきた。


**


帰り道は来た時と同じように人の波に混ざって、まだ残る淡い興奮とぼんやり迫る疲れを実感しながらのろのろと進んだ。

帰ったら早くシャワー浴びたいなぁ。
小腹が空いている人には店じまいで安く買えた焼きそばと、そういえば昨日マットが作ってくれたハヤシライスがある。
冷凍庫にシューアイスもあったっけ。

疲れた足で非日常と日常の狭間を通り抜け、徐々に人気のなくなる路地裏を進むうち、いよいよ我が家まで近付いてきた。
道路にはもう、私たちの姿だけ。

暗い道はいつもと表情が違う。けれど今は四人が一緒だから心強い。

そんなことを考えていると、帰り際に声をかけてきた男女のグループが思い出されて、思わず笑ってしまった。

「ねえ…さっきのあれ、絶対誤解を生んだよね」

今からみんなで一緒の家に帰っても、何の色気もない平和な時間が訪れるだけなのに。
あの黄色い歓声、一体何を想像したのやら。Lったら含ませすぎだ。

「いいよなー!あいつらの方がよっぽど盛り上がってるぞ」
「補導です補導」
「おいおい…」

好き勝手重ねるマットとニアに、メロが呆れた声を出す。

でも続いたLの一言に、結局全員が飲み込まれてしまった。


「事実を言ったまでです」


呟かれた瞬間、暗闇にちょっとした沈黙が訪れる。


"特別に仲良しなので、これから一緒に家へ帰ります"


無言で足を進めながら、今きっと、私たちは全員で同じ言葉を咀嚼している。

私が答えあぐねた、私たちの関係。
口にはしないけれど、Lの言葉こそしっくりくる。

嬉しいような、気恥ずかしいような、要するに照れくさい気持ちだ。

つい揃えたように黙ってしまったけれど、重なった下駄の暖かくこもった音が沈黙も照れくささも軽やかに打ち消して。そうしてまた、数秒のうちに私たちはいつものやりとりに舞い戻る。


「…ハヤシライス食べる人」
「はい!今回かなり自信作!」
「寝ます」
「シューアイスありましたよね」
「あ、俺もアイス」
「ちょっ誰もハヤシライス食わねーの!?」
「あはは…不人気!私食べるよ!」


こうして。

他愛のないやりとりを熱帯夜に溶かして歩いたのが、今年の花火大会のしめくくり。


クライマックスの演目は、大変に印象的な"仲良しの実感"でした。


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