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とある幸福
ソファに座って窓の外を眺める時、ふと空の青さの違いを感じる日がある。

例えば今日とかは、まさにそうだ。

ハウスにいた頃とは違って感じる空。

抑圧からの解放?
そんな大袈裟なもんじゃないな。別に悪い思い出をあそこに持っている訳じゃない。

澄み渡って綺麗か、フィルターに濁りがなくなったかと問われても、気持ちよく頷くことはないと思う。今だってこの現実は馬鹿にしたくなるほど可笑しくもあるし、薄い透明の膜に視界を覆われているかのようにどこか非現実的だ。


…それでも。


「ねえ、マットのお誕生日っていつ?」

ナナが訊くのを目の前に捉え、とびきり柔らかで心地好いその音色にくすぐられると、こっちの世界はもしかしたら"本当"なんじゃないのかって

そう思うことがあるんだよ。


横に座っているナナの頭上へ腕を伸ばす。触れた毛先を潰すように手を乗せる。わざと軽快に。すぐに温かくなる指先。人の温もり。

「ごめんね?教えられません」

もったいぶったひと時に騙され、まさかの「もしかして」へ期待した煌めく瞳に不満で下がった瞼が重なる。

下唇を突き出して不貞腐れた顔。モテないぞって言いたいけど、案外簡単に真に受けるから言わないでおこう。

その表情はモテないぞ。
だけどそんなつまらない表情だって、他の誰にも見せたくない。


矛盾なようで
矛盾なんてしてない。


崩したその表情も

頑張っても完璧にはなりきれない未熟で至らない君の全ても

持て余すほど抱えているのに、そのどれか一つだって誰にも譲れない気分なんだ。変だろ?

ナナは俺の指先を絡め取って距離を詰める。ふわりといい匂いがする。
くらりと、倒れたくなる。

「ヒントだけでも…お願い!誰にも言わないから!」

女ってこわいよ。親しくなったらこんな風に至近距離で見つめてくるんだもの。

褐色の瞳の中に当惑している自分を見つけて、誤魔化すようにナナの額を指ではじく。

「いてっ!何よー…!」

短気なナナはすぐムキになる。静かにこちらへ向き直りながら、ちらりとやった視線で俺の額を狙っているのが分かる。

隠しているつもりで仕返しの時を待つその顔。
膨れた頬、反撃を含んだ唇。

無邪気な彼女に少しくらい、ヒントをあげたくなってしまう。当ててもらいたくなる。誕生日なんて後付けの数字だから、本当はどうだっていいんだけど。


「ではヒントをあげましょう」

言いながらナナの髪をするりとひと束掴み、鼻を寄せる。

「ナナシャンプー変えた?」
「え!シャンプー?変えてないよ?」

目をきょろきょろとさせながら、シャンプーをヒントにナナは早速考え出す。全然ちがうよ、ヒントはシャンプーじゃない。

「俺変えたんだけど気付いた?」
「気が付かなかった。煙草の匂いの方が強いんだもん」
「うん、せーかい。シャンプーは変えてない」

そう、注目すべきはシャンプーじゃない。気付くかな?と思いきや、まだ彼女にとっては捻り過ぎらしい。

茶化されたと勘違いしたナナは「はあ?」と漏らし不満そうに眉をひそめる。

「どういうこと?ヒントが分かりづらい!」

鈍感だな。いや、普通はこんなもんか?
ヒントは「匂い」だって。自分の鼻をとんとん叩いてみせたら、ナナも同じように指を鼻に当てている。

目を丸くして、鼻を叩きながら懸命に推理している。さっきの言葉に引っ張られて、まだ俺の髪を見つめているナナ。ばかだな、可愛い。

「あ、今笑ったでしょ?」
「笑ってないよ」
「笑った!マットのヒントが分かりづらすぎるんだからね?」
「可愛いって思ってた」
「うそ!」

本当だよ。

「どうかな」
「あ!今重ねてバカにしたでしょ?もー、知らないっ」
「拗ねんなって」
「拗ねてない!マットの誕生日が来てもお祝いなんてしないって決めただけですー」

勝手に聞いて勝手に機嫌を損ねていくナナ

あぁ、じれったい。

「いいもん別に、教えてくれないって分かってたし…ぅわっ!!」


どうやら人のことを短気と言っている場合ではなかったらしい。

唇を尖らせ刺々しい視線をよこす姿に堪えきれずナナを引き寄せてしまった。

しっかりと強く抱きしめると、腕の中からくぐもった声で「何よー」と文句を言うのが聞こえた。それなのに抵抗しないでここに収まっているのが、結局のところ、彼女の答えだ。指先と頬がぴたりと肩に寄せられる。黙ってしまうナナは、やっぱり可愛い。


「これ、答えなんだけど」

少し抱き合って呟いたら、また間抜けな声が聞こえてきた。

「は?」
「答え。今なに考えてた」
「…マット、落ちつく匂いだなぁって」
「そうそう、」
「へ?」
「…本当に鈍いね」
「何よーー!!」
「匂い。数字にすると?」
「に、お、い…2、0、1…」
「そ」

ゴールを前にしたナナがバッと勢いよく胸から離れる。
目を動かしながら真剣に考えるその姿こそ、充分すぎる誕生日プレゼント。

他には何もいらない…なんて陳腐な言葉を並べそうになる。
こんな感覚を知るなんて、思ってもみなかったから。


「2、0、1…にじゅう…いち…21日!?」
「何でそうなる!」

仰け反ってソファに寄りかかり、とことん鈍いナナを観察する。

答えが近いから拗ねたりはしないらしい。口を閉じ薄っすらと頬を赤くしたナナは恥ずかしそうにこちらを見つめ最後の一詰めを練り直す。

「え…待って待って…んー?」

顎に指先を当てた姿でナナは部屋の中を見回し始めた。

さて、次こそ正答できるかな。


カレンダーを無事に見つけた横顔を見守る。
ナナが今日の日付に気がつくまであと、3、2、1…


誕生日なんて後付けの数字だから、本当はどうだっていいんだけど。

だけどこういうのも、悪くないね。


「わーっ!もしかして…!!」


ナナが歓声を上げる直前、窓に切り取られた今の青を眺めてそう思った。


とある幸福

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