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くらくら
「あ、なんか、くらくらする」

玄関を抜けてすぐ、壁にもたれてそう言ってからほんの少し経った。


くらくら【副】目眩がして体が倒れそうになるさま


ミーンミーンジジジ…という鳴き声を近いのか、遠いのかよくわからないまま受け止め、ぼんやり眺める庭の景色。

緑が青々として、空はよく晴れて、綺麗だ。
彩度が高い。

でも私がいる場所は日陰になっていて、美しい景色はフレームの向こう側。
コントラスト高め。

ひた、と急におでこが濡れて冷たくなり、「ひえ」と声が出た。
視線を上に向けると、薄いブルーのアイスキャンディを口に加えたメロが「?」の顔をしてこちらを覗き込んでいる。よく見れば、スティックの先に溶けたアイスのしずくができている。

「垂れたー」

不服申し立てすると、メロは上を向いてアイスの最後のひとくちを口中に放り込む。喉仏がこくんと動く。
それから顔を戻して「感謝しろ、冷やしてやったんだ」とドライな視線でそう言った。

「べたべたになるー。おでこにアリが来ちゃう」

眉をしかめてさらに文句を言ったら、メロは指先で私の額をぬぐい、ちゅっとその指先を舐めた。

思わずぼけっとしちゃうよ。
私の額にも同じことをしてくれたらいいのに。

でも私の額には、メロが用意した濡れタオルがあてがわれる。そしてついでに軽くごしごしされる。
若干不服ながらも、その冷感に思わず体の力が抜けてしまった。

「はぁ〜…きもちいい…」

セミがミンミン鳴いている。
集中して聞いてみた鳴き声、少しだけ遠いみたい。

「…ったく、無理すんなよ」

「うん、ごめんね」

甘えてわがままに不服を言ってみたけれど、メロが優しくしてくれるから、ついつい本音が出てしまった。


炎天下に外出してしまったのが失敗だった。
久しぶりにメロと2人で歩けて嬉しくて、ついついはしゃぎすぎた。
帰宅して気が抜けてみたら、この通り。

メロは手際がいい。
水分補給の後、縁側の日陰で風に当たるよう言われ寝転んでいるうちに、冷たいタオルと自分のアイスを用意して、さっと戻ってきた。

そして、あぐらをかいた足の間に私の頭を乗せて、優雅に私の頭上でアイスをしゃりしゃり食べ始めたのだ。

ミーンミーンと、ジジジと、私のとくんとくんと、頭の上のしゃりしゃりが織りなすハーモニーは悠然として美しく、非常に癒しの効果があった。

「少しは楽になったか?」

メロが私の頬や首筋に手の甲を当てて、温度確認する。ぬるいのに、心地いい。

目を開けると、差し込む明るい光を背景に、こちらを覗き込むメロの姿が視界を埋めた。

傾いた頭を追いかけて、メロの肩から髪がさらさらと滑り落ちる。
その揺れた毛先が、頬の表面をなぞってくすぐったい。

目元は影になって暗いけれど、こちらをじっと見つめてくれているのが分かる。
的確に私をつかまえる鋭い視線は、それでいて気遣いをまとっていて温和だ。

光の当たったメロの、オレンジの髪の毛の中に包まれているみたいで、夢見心地だ。ふわふわして、とても幸せ。胸いっぱいで、倒れてしまいそう。


だめだ、眩しい。


「うーん、くらくらする」


そう言ったら、メロは案外素直だから自分の対策が功を成していないことに若干怪訝な顔をして、「もう少し休め」と柔らかく付け加える。

どうかな、体はもう元気だよ。
これ以上休んでも、メロメロだからくらくらは治りそうにない。
こちらの熱は、悪化の一途。


でもまぁ、自ら侵されていくのも大いに有り。


彩度もコントラストも高い縁側の、光量がもう少し減るまで、このままで。


くらくら
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