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春の訪れ
「友達…ですか。ナナを友人と思ったことは一度もないです」

ひとかじりすると粉がぽとぽとと固まって落ちる、苺大福を含んだニアの口元。

「ふうん」

言って無造作に投げ出した私の足は、シートから少しはみ出す。緑の先端が肌に擦り寄ってちくりちくりと刺激を与えてくるけれど、そこまで不快ではない。柔らかな春の訪れに、悪意なんて感じないから。

あたたかい日が数日あった。
たったそれだけのほんの少しばかりの予感に、のこのことやってきた草はらの上。シートのお供は紅茶と甘いもの、土の香りとつれない恋人。

風がやや強くひと吹きすると、シートの端がめくれ上がった。冬が終わったみたいと浮かれていたけれど、いかんせん早まっていたようで風が吹けばまだ肌寒い。
往々にして季節の変わり目には、こんな失敗をしてしまう。

ふうん、そうなんだ。

私、ニアの友達になったことはなかったのね。


「え」
「?」
「ちょっと待って。じゃあ最初私のこと何だと思ってたのよ」
「…」
「…近くにいるじんぶつ、とか?」
「ナナ…前より鋭くなりましたね」

ニアは残りの一口を放り込み少し頬を膨らませる。
私はニアが普段やるようなじとっと湿った視線を送って、彼の方に向き直った。


まぁ、そりゃ誰だって初めは近くにいる人物よ。近くにいるところから全ては始まるの。その"距離の近さ"が心か、身体かは時と場合による。

私たちの場合は、心と身体と…どちらの距離が近かったのだろう。どちらも近かった気がするし、どちらも遠かった気だってする。

「近くにいる人物が一気に恋人になりますか!」
「なったってことはなるってことでしょうね」
「え〜納得いかない」

唇を尖らせたままなんとなく、ニアのこぼした大福の白い粉を指先でつぶした。


*


納得いかない、と不貞腐れているナナの横顔。下を向いた睫毛。

”彼女の鈍さに呆れる”が少し。
”好都合と捉えるが適切”が大半。

何も一目見た瞬間から熱烈に焦がれたという訳ではない。
単に友人という視点で眺めたことがないだけだ。

近くであれこれと世話を焼いては勝手に怒り勝手に泣き勝手に喜ぶ。

その目まぐるしさをうっとうしい友人だと思う前に、愛らしい人物と認識したに他ならない。

つまり彼女は飛び級だ。意識した時にはもう囚われていた。

何を勘違いしているのか 唇を尖らせているナナのことを、今も言葉では表現しがたい気持ちで見つめているというのに。


…けれど。


”彼女の鈍さに呆れる”が少し。

”好都合と捉えるが適切”が大半。


真相を伝えるのは悔しいので、しばらくこうしておこうと思う。


何もかもがもう少し、温まるまで。


春の訪れ
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