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星に願いを
「今年もかぁ…」

見上げすぎて首も背中も痛くなるくらい。雲の隙間に少しでも見えないかなぁと期待した天の川は、今年も臨めそうにない。

「七夕って時期が悪いよ、毎年織姫と彦星は会えてない気がする」

バルコニーから眺める夜空はどんよりと曇って、私を…いや織姫と彦星を、がっかりさせるべくもやもやと景色をくすませている。

「また空想話に入れ込んでるんですか」

煌々と明かりを灯したままの室内から、Lが適当に返事する。
バルコニーに漏れる明かりさえ、今日は邪魔に感じてしまう。余計に星が霞んでしまう気がして。

それに。

「電気消してよ。空が見えなーい」
「明かりを消したところでナナの視界に好ましい影響があるとは思えません」
「いいから」

Lは面倒な目でこちらを一瞥して、それでも一応電気を消してくれる。手元のリモコンでぱちりだもん。それくらいは協力してくれなくちゃ。

「一緒に星見ようよー。天の川探そうよ」
「そこで何時間粘っても見られるか分かりませんよ」
「でもー」
「そこまでナナに想われる織姫と彦星が嫉ましくなってきました」
「なにそれ」

思わず笑ってしまった。私もたった今、Lの視線を独り占めするモニターをちょっとだけ妬ましく思っていた。というのは秘密。

「会えていない訳がありません」

青白く浮かび上がったLの顔は、七夕なんて風習に全く興味がないことを示している。それでもちゃんと、知識は持っているLが好き。

「雲も雨も地上に近いところで発生して初めて空を遮ります。今あなたが眺めている景色は星には全く影響しません」

モニターに熱い視線を注ぎながら、淡々と理屈を述べる口。

「一面的に捉えず、裏側を推し量ることを忘れないようにしましょう」

「おや」

そんなこと言うから、私も我慢できなくなってしまった。

「一面的に見てるのはLだって同じじゃない。私が空想話に花咲かせてると思ってるんでしょう?」

実際にそうでしょう、と語ったLの目が私を捉える。
自分に向かった愛情には不慣れでいらっしゃる。いくら名探偵といえども複雑な女心は簡単には理解できないらしい。

「七夕は口実。ここに来て欲しいって私の本心には、気がついてくれませんか?」

言い返すつもりが困ったのは、口に出してみたら思ったより情熱的な響きになってしまったこと。言った側からじわじわ顔が熱くなる。

小さく一言、Lに名前を呼ばれた気がする。けれど自信がないのは、突然部屋がモニターの青白さを失い真っ暗になったから。

「L…?」

ぺたぺたと聞き慣れた足音が近付くのを感じた。どうやら私の願い事は叶ったらしい。

部屋を抜けて夜の薄闇に顔を出したLが、早々に口を開く。

「もっと素直に言えないんですか」

「言えないから七夕があるのだよ」

「…その説は初めて聞きました」
「ふふ」

くるりと肩を回され私が捉えたのは、変わらず曇った空。それから視界の下の方に、ちょっとだけ映る白いTシャツ。

後ろから柔らかく抱きしめられて、Lの匂いに包まれる。暑いのに、触れたくなってしまうの。まるで病。
織姫と彦星は遊んでばかりいたって。分からなくもない気がする。だって好きな人といられる時間は、一瞬一瞬がこんなにも貴重なのだから。

「ねえねえ、私は一年に一度じゃやだな」
「…飽き足りませんか」
「足りない!もっと!Lとくっついてたい!」

もう何も照れることはない。ご所望通りの素直さで話すよ。L、君の願いも叶ったと言えよう。

振り向いて胸に頬を押し当てる。どれだけくっついても一心同体になんてなれないから、せめて一番近い距離で側にいさせて。

「ナナ」

Lが私の頬をつまむようにして軽く引っ張る。こっちを向けってさ。

「ふ?」

目が合うと、ちょっとだけ妖艶さを滲ませたLの瞳がうわっと近付いて、唇も心も全てさらわれてしまった。

頬をつまんだ手がゆっくりと耳の後ろへ這って、ぐっと強く引き寄せられる。息もできないくらい熱いキス。

「…っ」

やけにゆっくり離れていくからぎりぎりまで吸い寄せられていた唇、火照った顔も焦らされた呼吸も、全部全部伝わってしまう。

恥ずかしくて目が見れない。
だけどもっと、こうしていたいと思う。

触れずとも熱が伝わる、瞬きのまつげが頬くすぐる距離で。

「先程の発言は撤回します。織姫と彦星には同情を覚えました」
「それはまた突然だね」

Lのキスが再度降ってくる。唇の横、頬、首筋…。

「例え雲の向こうでは会えていようとも」

ちら、と這わされた舌に身体がぞくぞくして胸が疼く。天の川を探したいというのも本心ではあったのだけど、思わずして情熱的になってしまった一連の言葉は違う意味でLに火をつけてしまったらしい。

「私も、一年に一度では到底足りそうにありません」

耳の側でそう囁かれたら、何もかも放り出してしまいそう。私達だって織姫や彦星と同じ。相手に溺れて冷静にはいられない。


「ち、ちょ、ちょっと待って!」
「何ですか、誘ったのはあなたの方です」
「そ、そういうつもりではなかったんだけど…あ、嫌って訳ではないんだけど、ここ、仮にも外だし」
「気にしません」
「星が!星が見たいの!」
「…今度はどういう意味ですか」
「そのまま受け取って…」

服の中へ滑り込んできた手を何とか制し、腕の内側に収まったまま前を向くと、期待はずれなLは顎を私の肩に押し付けて不満げだ。

「Lと星が見たかったの」
「私はナナと部屋に戻りたいです」
「ごめんねってば!もう少し粘りたくて…
…あ、ほら、見て見て!雲の隙間!!」

「…あぁ、あれですね。見事です」

指差した先、雲の隙間からやっと見ることのできた天の川。きらきら煌めいて夢見るほどに綺麗で、ため息が出ちゃう。

何てラッキー。願ったそばから本当にLと星が見られるなんて。

「願い、叶っちゃった!」

嬉しくてLを振り向く。ついでに首筋と…ほっぺたにもキスしてしまえ。

「ナナ」
「ん?」

突然引き剥がされ、手首をがしっと掴まれた。

「次は私の願いが叶う番です」
「わぁっ!」

ひょいと横向きに抱えられ目線がゆらりと不安定になった。落っこちそうで怖い!

でもこうなったらこうなっただ。
覚悟を決めた私はLの首に腕を回して耳にまたひとつキスをする。

煽られたLが振り向いて、彦星みたいなことを言い出した。

「今宵は存分に遊びましょう」


星に願いを


移動しながら何度も唇を重ねた。逃れられない熱さは夏のせいにして、増していく熱にどっぷり溺れてしまおう。

Lの彦星役はなかなか面白かった。

けれど私は織姫役を引き受けなかった。

ノリが悪いって怒らないでね。


だってもっと近くにいたいし、ずっと一緒にいたいから。


一年に一度じゃ、到底足りない。
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