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正直に、正直に、真実を。
あぁ。そろそろ朝かぁ。
白んできた空をカーテン越しに感じ、眠りに戻ろうか動き出そうかふわふわしていたところ、じわじわとまぶた越しの視界が暗くなり結局目を覚まさざるを得なくなった。

「おはようございます。」

「…しきんきょり。」

「キスしようとしてました。」

「しないの?」

「寝顔にするのがいいんですよ。」

私はすぐに目を瞑る。
さぁどうぞ。さあ、さあ。

Lは即席狸寝入りの私の頬をつまむと、軽く引っ張って指を離した。

「本気で寝ている時に存分にしてるので結構です。」

「絶対、嘘。」

「その判断の根拠は。」

「Lが捜査以外のことに時間割くとは思えないから。」

「後ろ向きな恋人ですね。」

「どうも。

じゃあ前向きに考えて、何故寝ている私に存分と表現できるほど沢山のキスを?」

嘘でもいい。愛しいとか、そんな風に言ってくれないかなぁ。


「寂しいんです。ナナが寝てしまうと。」

真剣な目を携え、世界一の探偵の口が偽物の理由をさらりと告げる。嘘でもいい、は嘘だったと自覚する。
今度は私がLの頬をつまんで引っ張った。

「ぜっっったい、嘘。うそつき。」

「はい、私は嘘つきです。」

「それは正直ですね。」

ふふ、とつい笑ってしまう。おかしな、変わった人。

何故この人に惹かれたのか自分でも分からない。
こんなに考えてることの掴めない人なのに、側にいるだけで安心するし、話すと楽しい。

考えてることは掴めなくても、何をするかは大体分かるようになってきた。
私より早く起きて(いや、きっとそもそも寝ていないんだ。)今ベッドの外から私にキスをしようとした。…しばしの別れを惜しむキス。

「本部に行くの?」

「ワタリが来ています。」

「待たせたら悪いね。」

「いってきます。」

「?いってらっしゃい。

…珍しいね、挨拶。」

「いってきますと言ったらキスをしてもらえるものだと。」

彼らしくない言動の真相が愛らしく、私はくしゃくしゃのパジャマのままベッドから飛び降りる。
Lはちょうどいい位置に移動する。何それ、ちゃんとキスを待つ位置。また笑いそうよ。

「L、私は正直者だよ。」

そう言って抱きつく。柔らかいTシャツが頬に吸い寄せられるように馴染む。

「素晴らしいことです。」

上から聞こえる声。
背中に回した腕に力を込めて。心をまっさらにして正直に。正直に、真実を伝えるんだ。

「行っちゃったら寂しい。大好き。」

「あなたからしてもらいたかったのですが、」

私の声を聞いたLが肩を掴んで優しく離す。

「やっぱり私からにします。」

頬にちゅっとするはずだったキスが、唇に降ってくる。寝起きなのにね。
恋をしている時って滑稽だよね。
L、あなたも正直だと思うよ。

**

玄関で見送った後、部屋に戻って窓から外を眺めると、マフラーから白煙をもこもこあげた車が見えた。乗り込むLを見つめる。

テールランプが霧の中で光り、車体が遠ざかって靄の中に消えていく。
得体の知れない人。謎の多い人。
近いのに遠い人。

近づくほどに、触れ合うほどに、そう思わせられる。

昨夜、「難事件を解決する方法」について聞いた時、Lはこう答えた。

「あらゆる可能性を考え、抜け道がないよう地道に潰していくのみです。」

興味なんてなさそうなのに、テレビをつけて見ていた。膝を抱えた姿勢で、がやがやとうるさいバラエティー番組。

「面倒じゃないの?」

雑談のように話しながら、彼の様子を見る。

「真実をあぶり出す為には必要な作業です。」

「そっか。」

前を見ていたから、適当に返事をしているんだと思った。

*

外の景色はもやがかかり、窓ガラスに薄く張った水蒸気との境目も分からないくらい。

ツーっと指を這わせ、窓に落書きをする。
四角を描いて、端っこから塗りつぶしていく。

ラインに囲まれた薄い水蒸気に逃げ場などなく、私の指が左右に動く度最後の角に向かってガラスがクリアになっていく。
そうやって、地道に。確実に。
真実をあぶり出す、かぁ。

滴にもならない薄い結露が、塗りつぶした側からうっすらと新しい膜を張り出す。
そうやって塗りつぶしても、塗りつぶしても、環境が変わらない限りきっと、ずっと。
追いかけては謎が深まるのを繰り返してばかり。


突然後ろで着信音が鳴った。

ハッとして電話に出る。

「える…。」

「寂しくなっている頃かと。」

「さすが。大当たり。」

「私を見送ったまま、窓に落書きでもしているかと思ったのですが指先は濡れてませんか。大丈夫ですか。」

「はは…参りました。Lには隠し事できないね。」

「何を描いてたんですか?」

「…丸とか。それを猫にしたり。」

「…そうですか。」

名探偵は私が猫を描いた訳じゃないことに気がついただろう。
本当は何を描いていたか、何故だか言いたくなかった。

「今夜も行きますから、あまり落ち込まないでください。」

「うん。早く会いたい。

あ…でも、忙しいんでしょう?無理しないで。こちらは時々で大丈夫だから。」

物分り良く呟いてみる。
なんだ、私も嘘つきだ。

「ナナ…、私に毎日会いたいと、思ってくれますか?」

「ぇ…?うん、毎日会いたいよ。」

できることなら、勿論そうしたい。

「ではこちらに来るのはどうでしょう。あなたを秘密裏にビルに入れ、住めるようにする準備は既に出来ています。」

「ぇ…?」

話しながら見つめていた指先は、既に乾いた。
視線を逸らして目に入った窓には、ムラになった四角い跡。

「今夜迎えに行きます。必要なものだけ準備して待っていてください。」

「えっあっ!L!待って!
ごめんなさい、心の準備が…。」

「心の準備。」

「覚悟が…、」

覚悟が…まだ。
今すぐにでも行きたい。毎日一緒にいたい。出来るだけ長い時間、側にいたい。

だけど、そこに飛び込む勇気が。
この生活と、距離感を失う覚悟が。

私は再び目を瞑る。正直に、正直に、真実を。

「Lと一緒にいたい。けど、今は突然で覚悟ができない。ちょっと

ちょっとだけ、待って…?」

弱気。私は案外か弱い。自分の揺れ動く心には本当にびっくりする。
L、あなたに出会って知ったの。

「はい。そう思ったので、今夜も行くと伝えました。」

「…さすが。そこまでLは分かってたんだね。」

「あらゆる可能性を考え、抜け道がないよう地道に潰してます。」

そうやって、私が覚悟できるよう。
本当に側にいてくれるか、言葉にせず問いかけていると。

「面倒じゃないの?」

「真実をあぶり出す為には必要な作業です。」

「ふふ…参りました。でもあぶり出された結果、私の答えが望んだものとは違ったら?」

「導き出したい答えに誘導していくって手もありますね。」

「ズル。」

「嘘よりはまともかもしれません。」

「そうかなぁ。」

「どのみち逃げ場はないので覚悟しておいてください。」

耳元に届く声。

この電話に使った貴重な時間を捜査に充てることもできたはずだと、私にも分かる。Lは本当に、私に時間を割いてくれている。
朝は嘘つきって言ってごめんね。ありがとう。

「はい、覚悟しておきます。
大好きよ。…また夜にね。」

正直に、正直に、真実を。感謝を込めて伝えると、私たちはしばしの別れを惜しむ電話を切った。

正直に、正直に、
真実を。
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