Late night love call
し…もし… ど…しま…た…もしもし… どうしました
切れ切れとした言葉が繋がって、心地良い声が聞こえたと感じた時、ハッと気が付いた。
「ナナさん、どうしましたか?」
Lだ。
あれ…捜査が忙しいんじゃなかったの…うとうと。
「もう少しで区切りがつくところです。何かありましたか?」
ん…なんもないよ。ねむいの。
「はぁ…。なるほど。」
さすが名探偵は察しが早い。とっても疲れちゃってさ。すぐ寝たい。でも動けない。あーん、うごかなきゃ。いや、ここで…寝ちゃおうかなぁ。風邪ひくよね?だめよね?
「ひきますね。ベッドで寝てください。」
うん。でも動けない〜。
あのね、私、Lが捜査に行っちゃったから寂しいっておもってたの。
だって一人じゃ話し相手もいないし、いやLもそんなに口数は多くないけどさ、いてくれたら全然違うでしょう?
それで、仕事もつかれて、ああ…って横になってたら…ねちゃってた…。
でも良かった…Lが帰ってきたなら一緒にねる…。
「そうしましょう。」
頑張ってうごくから…引っ張って…起こして?おねがい。
抱っこ抱っこ…抱っこして?ねぇ、える…
…
何てふわふわ気持ちがいいんだろう。
そうかと思えば、いや、何だか肌寒い気もする。
でもこのまどろみから抜け出せない。
身体が重い。瞼も重い。そしてやはり
確かに、寒い。
一体今が何時か、自分がどんな状態かも分からない。
はっきりしているのはただ一つ、べらぼうに眠い。
多分、これで十度寝くらい。起きようとしては夢の続きへ真っ逆さま。うとうと…あぁ。
十何度目か、再び至福の瞬間に堕ちかけた時、玄関の方でガチャリと音が鳴った。
ん!?
途端に意識がはっきりして上半身を持ち上げる。
見たところ外は暗い。夜だ。それか深夜に近い朝方。
私はパジャマ。そう、ちゃんと寝る準備はしてある。ただ、寝室に行く前にリビングでうとうとしてしまっただけ…。煌々と部屋を照らし続ける点けっぱなしだった電気に、少しの罪悪感を覚える。
時計を見ると深夜3時だった。こんな時間に一体誰。リラックスした格好は無防備すぎて、一人で迎える深夜3時は悪い予感が先走る。
カチャ…とこちらに繋がっているドアが開けば…
「える〜〜〜っ!」
そりゃそうだ、こんなセキュリティばっちりのマンションに入って来られる泥棒がそうそういるわけない。
寝起きの頭の動きは鈍く、そのことに気がつくのに時間がかかった。湧き上がる安堵感に、つい半泣きになって立ち上がる。
「一瞬こわかったよーー(涙)!」
ぎゅーーっと思いきり抱きつけば、大きな手の平が背中に添えられる。
いつもより冷たい手。ピタリ張り付いた胸から感じる呼吸も、少し息が上がっているような。
「あれ?しばらく戻ってこられないんじゃなかったっけ?」
クリアになった思考回路が数日前の会話をピックアップする。今週は帰れないかもしれない、とか確かそんなことを言っていたような。
それにしても、手に…ジーンズ…TシャツまでLの外側全部が冷たい。寒い中を帰ってきたんだなぁ。
「冷えてる。風邪ひかないでね?」
下からLの身体を撫でるように這わせた手は、頬をゴールに選ぶ。
よほど身体が冷えているのか、それとも寝かけていた自分の手が温まりすぎなのか、両手でLの顔を包むと手のひらの熱が急速に奪われていく。
何かあったかいものでも飲む?
そう聞こうとした時だった。
Lの両腕が後ろに回って肩を包み、丸ごとぎゅううと抱きしめられた。
Lの頬を挟んだ私の腕はアルファベットのYの字になって潰され、ちょっと苦しい。何かつらいことでもあったのかな…?
「それはこちらの台詞です。」
「ふぇ?」
潰され窮屈な私は、Lの胸元でくぐもった声を出す。
「風邪、ひかないでください。ほら、抱っこしましたから。ベッドに行って寝てください。」
ん。
デジャブ。
そんな会話をしたことがあるような、ないような。事態を飲み込めないでいる私が突っ立っていると、Lが床を指差した。
見れば、そこに落ちていたのは私のスマートフォン。
「あ。…え?」
「スマートフォンを弄りながら寝て仕事中の恋人に誤操作で電話をかける、まさかそんなミスしないとは思いますが。1時間ほど前に…ナナさん、あなたから電話がありました。」
青くなった私は慌ててスマートフォンを手に取り発信履歴を確認する。
あった。"竜崎さん"と偽名で登録してあるLの番号。やってしまった…。
「風邪ひかないでね?なんて私の心配している場合ですか。」
「ぅ…ごめんなさい…。」
はぁ。Lの邪魔をしてしまった。幻滅されただろうか。これだから恋愛なんて面倒だ、なんて思われてしまったらどうしよう。
気持ちと共に下がる視線が、目の前のTシャツを捉える。意味もなく注目してしまう編み込まれた繊維の一本一本、さっき抱きついた時に出来た、ほんの少しの毛羽立ち。
その視界の横で白地に包まれた腕が持ち上がると、前髪の隙間から体温を測るようLの手が私のおでこにあてがわれた。
Lは更に、手を上にずらしてしまう。これでは寝起きの顔が丸見え。
恥ずかしさに固まりながら目を上に向けると、Lは体温だけでなく私の表情も確認しているみたい。
「問題なさそうですね。」
「…へ?」
解放された前髪がハラリ、おかしな形になって下りてくる。
「何かつらいことでもあったのかと思いました。」
…!
それ、さっき私も思ったよ。
大失敗に萎んでいた胸が、急にホカホカと温まり出す。
こういうのって…
「ふふ…相思相愛。」
思わず笑ってしまうと、つめた〜い視線を浴びせられる。彼は不機嫌だ。
「続きは明日聞きます。とにかく寝室に行きましょう。身体、冷えてますよ。」
「えっ!そう?Lこそ冷えてると思ったんだけどなぁ。」
「体温まで相思相愛なんでしょう。」
うまいことを言うから、さっきの失敗から少しだけ立ち直る。
「今度から気をつけます。忙しいのに、電話しちゃってごめんね。」
改めて謝れば、
「あんなに甘えたナナも、ナナの本音も、初めて聞くことができグッときました。またいつでもかけてきてください。」
なんて嬉しい言葉をかけてくれるから。
少し恥ずかしくて、耳が熱く…
いや待て。
私の本音って?
私何を言ったんだろう。
かなり恥ずかしい予感。
「ちょっと待って…私なんて言ってた?」
手を引かれて寝室に向かいながら、尋ねる。
Lはこちらを見ないまま答えた。
「眠い、ここで寝る、風邪引くよね?」
「う、うん…。」
「動けない、疲れた、寂しい、」
「あぁ〜〜っ恥ずかしいぃ…!」
「それからこうも言ってましたよ。」
これ以上恥ずかしいことを!?
「一緒に寝たい、抱いて、頑張って動くから、お願い。」
「えぇっっ!!そんなこと!?」
「言ってました。だから急いで帰宅したんじゃないですか。まさかここまでさせておいて寝ぼけてたなんて言う訳じゃありませんよね?」
「えええ、でも!!」
眠気がどんどん覚めてくる。
促されるままベッドに腰掛けると、Lが含み笑って耳元で囁いた。
「身体の芯まで温めてあげます。」
ここで待っていてください、とシャワーに向かう後ろ姿を見ながら、私は覚悟を決めた。
(もう眠れそうにない…!)
Late night love call
思った以上の可愛い寝起きに欲情したとは
とても言えない
思った以上の可愛い寝起きに欲情したとは
とても言えない