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デコピン
「…失礼します。」

元SPK同窓会(なんて絶対本人達の前では言えないけれど!)中のニアの捜査部屋、会話していないタイミングを見計らって入室する。
もっともほとんどの時間、この部屋に会話なんて存在しないのだけど。

「失礼します。マスカットティーお持ちしました。いかがですか?」

声をかけると近くに立っていたリドナーとジェバンニがありがとう、と顔をあげこちらを向いてくれる。
レスター指揮官は両手に資料を抱えているので「ここに置いておきますね」と近くのテーブル上、コースターと共にグラスを置く。すぐに「ありがとう。いただくよ」と渋い声が返ってきた。

「ニアは…」

その下でふと聞こえた声。

「念の為いただきます」

失礼なことばの発信源は、視線を落とすと目に入る寝そべった姿勢のニア。

失礼なのは人と話す気があるのかと問いたくなるその姿勢のことではなく、「念の為いただいておきます」という言葉の方。

「さして好みではないけれど他に口にするものがない時仕方なく口に含むかもしれないから、"念の為"いただいておきます」もしくは「あなたにしては珍しく美味しくできているかもしれないから、"念の為"いただいておきます」の意。
何にしても失礼この上ない!

「はいではどうぞ!」

生意気な態度に言い回しだこと。

私は不満の力を込めグラスを握ると、ニアの手元に置いた。
ご心配なく。あなたのはマスカットティーではなく作業しながら飲めるようストローを差しておいたミネラルウォーターです。

「…いただきます」

ニアは嫌味を言ってしまった手前バツが悪そうにしながら受け取る。挨拶の感じから若干の反省はした様子だった。とても分かりにくいけれど。

*

静かに部屋を出ようとした時、リドナーが自分のグラスを見つめて、一言「ん」と発した。
続いてジェバンニも、ひらめくような表情を見せ「これ、美味しいですね」とリドナーの反応に付け加えた。

「本当?!」

振り向いた私は気を良くしてついつい語ってしまう。

「良かった!皆さんがいらっしゃるからアイスティーで、何か爽やかですっきりするものないかなって、この間店頭で悩みに悩んで試しに買ってみた紅茶なんですよ〜!」

つい余計なことをぺらぺらと。だってあの日は本当に、悩みすぎて店員さんも呆れて「もう好きにしたら?」と言い放つくらいだったんだもの。

「ナイスチョイスね。今日みたいな日にぴったり」
「そんなに迷わなくても、ナナさんのセンスなら間違いないですよ」

リドナーとジェバンニが立て続けに嬉しいことを言ってくれるので、私はにやける顔を手で抑えた。

「そう言ってもらえて嬉しい〜!」

感激しているとレスター指揮官もどれどれ、とグラスに口をつけた。
爽やかに目線を上げた指揮官の言葉を待てば更にお褒めの言葉を頂戴できそうだった。けれど視線の向こう側でニアが指人形にデコピンしているのが目に入り、私は慌てて「ではごゆっくり…!」と部屋を後にすることにした。

*

作業が終わり、三人が帰るのを見送った後、グラスを下げにニアの捜査部屋に向かった。

「失礼しても…?」
「好きにしてください」

普段ならどうぞ、と答えることが多いのに、好きにしてとは…なんだか不機嫌な予感。

「私うるさくしちゃいました?」

問いかけてみれば。

「いいえ」

即答が返ってくる。

「…ニア。怒ってる?」

ちょっと甘えるように聞いてみる。

ニアは再び指人形を並べ端から気が向いた人形をランダムにデコピンで倒してみせた。

「いいえ別に」
「なら、良かったけど…。さて、グラスだけ持っていきますよ」

声をかけると、ニアは寝ころんだまま自身のグラスを私の方に差し出してくれた。受け取ろうとしゃがむと、今度はグラスを引っ込めてしまった。

「おっと。何」
「私もマスカットティーで構いません」

…?

ニアの突然の申し出の意味を考える。

「あれ、ミネラルウォーターの気分じゃなかった?」
「いえ、まさに求めていた通りのチョイスでした」

はて。それなら何故。

「みんなと同じものがいいとか?」

ニアがそんなこと言う訳がないと思いながら聞くと、まさかの「はい」との返事で、私は思わず「えっ!?そうなの!?」と声を上げてしまった。

ニアも協調性というか、仲間に入りたいみたいな気持ちになったりするのね…!

新しい発見をした気分でいると、目の前の探偵さんは髪を弄りながら不愉快そうに続ける。

「皆と同じがいいとか、協調性ゆえとかそういった理由ではありませんので誤解しないように」

はて。それなら何故。
同じ疑問が頭をよぎる。

「よく考えてください。あなたは浮かれすぎなんです。横で盛り上がられると気が散って捜査に支障をきたします」

ああ、なんてつらい響き。そっか…。

みんな真面目に捜査しているのに、勝手に差し入れたり余計な会話をして、邪魔になってしまったんだ。いつもなら冷たい口ぶりの中にも気遣いを感じるニアが、今は本心から不快がっていると感じて胸がぎゅっと痛む。

「ごめんなさい。
今度からはニアの部屋で喋ったり笑ったりしないようにします…。あんまり出入りもしないようにする」

しゅんとして答える。うっかりすると視界が曇りそうで目頭に力を入れて堪える。
すると、きつく眉根を寄せたニアが鋭くこちらを向いて言い放った。

「あなた、こうなりたいんですか?」

言うなり目の前にあった指人形にデコピンする。透き通った肌に不釣り合いな関節の目立つ指が、滑らかに弧を描き指人形を吹っ飛ばす。

こうなりたいかって…どこまで本気か分からない恐ろしい問いかけに固まる私。ニアは呆れたように続ける。

「ナナさん、敏感なのか鈍感なのか」
「へ?」
「ナナさんが喋ったり笑ったりしなくなるのはそれはそれで困ります。ここに来なくなるなど言語道断です」
「…だって、じゃあどうしたら」

改めて問いかける。無反応を決め込んで空気のように部屋に来いってこと?それこそ異様で捜査に支障をきたすこと請け合いだ。

ニアは黙って目を細め、しきりに髪をくるくると弄る。そして少しの間を置いて言いづらそうに口を開いた。

「…つまり、他者の前では気をつけていただきたいと」

「へ?」

さっき地の底まで落ち込んだ気持ちが、急に盛り上がってくる。それって…。

「ニアの前だけなら喋ったり笑ったりしてもいいってこと?」

自分で言っていてその意味に恥ずかしくなる。
ニアはのっそり上半身を起こして向かい合う姿勢になると「それくらい自分で考えてください」と放ち、注意するように小さく私のおでこを指で弾いた。柔らかな指先が瞬間触れて、離れていく。


明日はみんなと同じものを用意しよう。
だけどもし、雑談するならニアのそばで。

私はチリチリと熱いおでこを抑えながら、そう決めた。

デコピン
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