「俺も。」2
Vを重ねたような音が一瞬聞こえて、咄嗟に頭上に手を伸ばす。携帯を手に取ると画面には「メロン」。これもまたマットのいたずら。
何度も電話しようとしたから、メロンが誰を指すか考える間もなく分かる。
待ってた。良かった。本当に良かった。
すぐに折り返す。
コール音を耳にしながら、頬で電話を切ってしまわないよう気をつけながら、慎重に布団の中で寝返りを打つ。
「悪い。起こしたか?」
耳に届いたメロの声。良かった。本当に良かった。ちゃんと無事でいてくれて。
「大丈夫。」
「思いっきり寝起きだけどな、声。」
「うるさい。気にしないでくれたまえ。」
「予定より遅くなったのに連絡できずすまなかった。明日にはそこに到着する。」
「そっか、良かった。どこ行ってたの?」
返事は、分かっているけど。
「…。」
「返事分かってるのに聞く私。」
「お前がそういうこと言うのも分かってるから問題はない。」
「そう。で、答えは?どこに行ってたの?」
「…シークレット。」
「知ってる。」
今度も無言だけど、メロは笑った。何かそんな気がする。
「無事で良かった。心配したよ。早く顔が見たいから、とにかく早く帰ってきてね。」
「あぁ。」
「でも急ぎすぎて事故にでもあったら大変だから慌てずにね!」
「あぁ。」
明日にはメロの顔が見られる。
数日ぶりに三人が揃う。明日作るのは絶対ポトフ。みんなで食卓を囲んで食べよう。
チーズとかチョコフォンデュも用意すれば、男どもも黙るだろう。結局ポトフを口にするのはほとんど私だけかもしれない。それでも欠くものがなくなった食卓は、きっと素晴らしく楽しい。
うんとあったかく、うんと幸せに、そんな風に過ごそう。絶対。
嬉しさと逸る心に身体がもぞもぞと動く。毛布に包まれた足先が毛並みをなぞる。自分の体温であたためられた安全な世界。耳からは、メロの声。
少し黙っていたのでメロが気を使う。
「寝てたんだろ?もう切るから寝ろ。」
「え、やだ。久しぶりに声聞けたんだもん。もったいない。」
「睡眠時間を削る方がよほどもったいないと思うが。」
「じゃメロは眠くなったら私と電話してても切るの?」
「切るな。」
「そうかな…いや、切るかもね。メロなら。薄情だし。ふふふふ。」
「笑うなっつーの。何かテンションがおかしいし、寝ろ。」
「4時にかけてくるからだよ。」
「後でうるさそうだからちょっとサインしただけだろ。」
掛け合いのように会話を交わせることがどれだけ貴重で大切な時間か。
深夜だからテンションがおかしいんじゃないよ。嬉しくて、つい調子に乗ってるの。いいでしょ?
「マットは?」
「いるよ。早く戻ってきてくれた。」
「そうか。」
「妬いちゃう?」
「あぁ、俺のパートナーに手出すなよ。」
「うわー、朝方のメロギャグきつい。」
「絶対マットに言うなよ。」
「墓穴を掘る方が悪い。」
三人でまたくだらないやり取りができるかもって、そう考えてニヤニヤしちゃうよ。早く帰ってきて。
チュンチュンと早すぎるスズメの声が聞こえる。スズメさん、もう少し寝た方がいいよ。…私も。
「…い、おい、今寝てただろ。」
「…ぇ、ねでません。」
「いびきかいてたぞ。」
「うそっ!」
「…冗談だけど。いい加減寝ろ。」
「何で?メロまだ何か用事あるの?」
「ねーよ。戻ってる。」
「そう。寒くない?冷えてない?」
「あぁ。」
「いや、さむいよね…うん…さむいとおもうわ…たいへん…だね…」
「お前…半分寝ぼけてるだろ。寝ろ。」
「…寝ない。」
「寝ろって。」
「…寝ないよ〜。」
「寝なさい。」
「…はい。」
くっく…と笑う声がほんのりと聞こえた。何だろう?あぁ、多分メロの笑い声だ。何が面白かったのかなぁ。
でもダメだ。段々頭が回らなくなってきちゃった。
「おやすみ。」
「おやすみ…あのさぁ」
おやすみって言ってから色々話し止まらないのが、夜の電話の醍醐味なんだからな。
「あのぅ…」
でも、眠すぎる。
眠すぎて、適当に思いついたことを口走る。
「はやく、あいたいよ。」
もう重い瞼に負けながら、私は自分で何と言ったかも分からず絞り出す。
「…も。」
その後に聞こえたメロの声も、何て返事したのか全然分からなかった。
手の力がガクッと抜け、携帯を頭の真横に落としたことに気がついた時には、通話は終了していた。
抵抗の理由を失った私は迫る眠気にもう抗わない。
夢のような明日を夢見て意識が深く落ちゆく感覚に身を任せる。
明日には三人揃う。
メロが何て言ったのかは、その時に聞けばいいよね。
「俺も。」