いつもと違うのは何故?
昼食の片付けが終わり、シッター達におやつの準備を任せたナナが心の中で驚きの声をあげたのは、花壇に水やりしようと玄関を出た時だった。(あら珍しい!)
ナナは目を離せないまま花壇に近付く。視線の先で子ども達に囲まれている、しゃがんで一層丸くなった背中はLのもの。子ども達と一緒に花を眺めている。
「これは?」と質問を飛ばせば「銭葵です。」「ペチュニアです。」と花の名前をすらすら答えるお兄さんは、ちょっとした物知り博士として辺り一体の人気をさらっていた。
「お兄さん、こんにちは。」
「おや、ナナさん。」
Lはまるで今気付いたと言わんばかりの素振りで振り返る。
名探偵は常に白々しい。
「ナナちゃん!この人すごいの!お花の名前なんでも知ってるんだよ!!」
興奮した女の子達が何人かナナに近寄り、ナナの手をとったり着ているワンピースの裾を掴んだりしながら報告してみせた。見開かれた目は、新しいおもちゃを手に入れたかのようにキラキラと輝いている。
「物知り博士さんだね〜!」
相槌をうってナナが頭を撫でてやると、皆再びLの周りに集まった。
ナナは少し離れた花壇の端から水やりを始める。
耳に届く話を聞いていると、Lと子ども達が一緒に過ごすのはどうやら初めてではないようで、皆"物知りお兄さん"に虫の名前を聞いたり、手品をせがんでみたりしている。
(のどかだな〜)
のんびり陽気に僅かに眠気を誘われながら、清々しい気持ちでナナが作業を続けていると、ビシャッという水を含んだ音と共に何かが服に当たったような軽い違和感を覚えた。
「あ!!」
斜め後ろに視線を落として確認すると、着ているワンピースの生地の一部が濡れて濃い色に変わっている。
手品を披露したLが、コップに入っていた水を失敗したように見せかけナナにかけたらしい。
「ちょっと!」
「失敗してしまいました。」
「わざとでしょ?」
睨むナナに、表情を変えず手品を続けるL。
着心地に影響はないので気にしないよう自分に言い聞かせ、ナナは再び水やりに戻った。ところがその後も何かと"失敗"続きのL。うっかり足を踏んだり、うっかり行く手を阻んだり、うっかり服を引っ張る猫背男に、とうとうナナが我慢の限界を迎えた。
「みんな!こんな人と遊ばない方がいいわよ!」
不機嫌を顔に出し、室内に戻ろうとしたその時、子どもの一人が指摘した。
「どうしてお兄ちゃん今日変なの?」
(?)
ナナは立ち止まって振り向く。
発言した小さな男の子以外にも皆同じような気持ちを持っていたのか、それぞれ口を突くように言葉が飛び出して重なった。
「どうして今日はちょっと意地悪なの?」
「ナナちゃん、いつもはもっとお兄ちゃん優しいんだよ。お兄ちゃんのこと嫌いにならないで?」
「今日のお兄ちゃんいつもとちがーう!」
騒がしくなった花壇の下、物知りなお兄さんは表情を変えずに言葉を返す。
「そうですか?そんなつもりはありません。」
納得のいかない子ども達は更にヒートアップして、普段のLと今日のLとがどんなに違うかを証言する。
ナナは何だか気恥ずかしい気持ちになってしまう。Lの手前、どんな顔でそれを聞けばいいものか。子ども達はそのことに、全く気がつかない。
ひとしきりダメ出しをくらったLがぽつりと一言、
「皆さん、名探偵ですね。」
と答えた。子ども達は博識な大人を言い負かした高揚に、認めた!と歓声をあげる。
「ですが、何故私がいつもと違うのかを当てられなければ真の名探偵とは言えません。」
Lが余計な出題をして、感化された子ども達は再び我先にと各々の意見を口にする。
「ナナちゃんのこと嫌いなんじゃない?」
「ナナちゃんに嫌なことされて、仕返しとか!」
「それかも!」
ワイワイと盛り上がる皆に「ではまた会った時にあなた達の推理を聞かせてください。」と残すと、Lはそっと立ち上がりナナの腕を掴んでその場をさりげなく抜け出した。
*
二人は並びながら歩く。
濡れた服を気にしながら進むナナに、Lが一言「さっきの推理はあなたには簡単だったでしょう。」と投げかけた。
question!!
いつもと違うのは何故?
「し、知りません!」
ナナとしては見当がつかない訳でもないが、自分の口からは到底言えそうにない。
見透かしたLが続ける。
「知らないんですか?男というのは意中の人物に対して…」
「わああっ!わー!わー!いいです!大丈夫です!説明しなくて!」
真っ赤な顔で必死に止めるナナに口元を緩ませたLは、彼女の頭をぽんぽんと撫で、おろした手をジーンズのポケットに突っ込むとそのまま先に進んだ。
風邪をひかないよう、身体に当たらない場所を狙ってうまく濡らされたワンピースをなびかせながら、ナナはその後を追いかけていった。