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禁断症状
「…ない」

私はお財布を覗き込んで愕然とする。小銭すら、ろくに入っていなかった。どうしてこうなった!?

禁断症状


ここでの生活費はワタリが振り込んでくれている。
しかし振り込まれている額を正直に二人に告げると、某◯ット君がゲーム機に注ぎ込んだり、某◯ロ君が質のいいものならポンと高額を出したりするから、具体的にいくら受け取っているかは言わないようにしてきた。
慎ましくやっていこう!と生活に回すお金を少なく設定してみた今月、気が付けば手元に置いておいた使えるお金がもう底をついていたのである。

「仕方がない…!」

私は例の作戦を決行することにした。


*


次の日ーーー

「ナナ、チョコレートがない」

メロが早速私の元へ確認にきた。そう来ると、思っておりました。

「メロ、本当にごめん!今月お金がピンチで、チョコのストックがないの…!」
「は?」

一瞬固まる空気。

「何がピンチだろうとチョコレート切らすなんて有り得ないだろ」

怒ってるのに放心したような物言いのメロは、吊り上がった眉に困惑の色も合わさって怖いけどちょっと可愛い。

「ごめん…ごめんね…!明後日にはお財布も潤う予定だから!」
「明日じゃねえのかよ」
「ごめんなさい」

しゅん、と下を向いて見れば、メロもこれ以上は言えない、と少し静かになる。

「…分かった」

ふう〜〜!怖かった!
でもこれで明後日まで乗り切れば、無事にお金もチョコレート問題も解決する。これでよし。

と、そう思っていたのですが。


*


「ナナ…!!」

マットが慌てて私の部屋にやってきたのはその日の夜のことだった。

「メロになんかあった!?」
「え…?」
「すげーーイライラしてて手がつけられないんだけど…」
「げっ!本当…!?」

事情を説明すると、マットは青ざめた顔になり、恐れながら小声で言った。

「俺だってチョコ切らしてるメロ初めて見るぞ…」

まずいことをした予感にやっと感付きつつ、ここは乗りかかった舟。安易にお金を引き出してしまえばきっとずるずると消費してしまう。
明日1日をどうにか無事に過ごせば解決する!と、この時の私はまだ高を括っていたのです。


*


次の日ー

「ナナ…どっかに…余りのチョコとかないのか?」
「…」

ない。壁に手をかけがっくりとうなだれているメロに申し訳なくなりつつ、私は小さく頭を下げた。

するとメロは意を決したように突然マットの部屋に行き、ゴソゴソしていたかと思えばゲーム機一式を箱に入れて持ち出してきた。

「ちょっ!!お前何してんだよっ!!」

マットが慌てて止めるのを制し、メロが据わった目で続ける。

「これを売れば今すぐ買える」
「あとちょっとの辛抱だろっ!スルメ食ってろスルメ!」
「…馬鹿にしてんのか?」

メロはバタン!!とドアを叩きつけて自分の部屋にこもってしまった。

ああ…これは盛大に計算を誤った。
私は気まずさと申し訳なさと、自分もチョコレートが無性に食べたくなる微妙な気持ちを抑えてテーブルに突っ伏す。

「マット、ごめんね」

呟けば、「明日までの辛抱!」と返ってきて救われた。

*

夜。
夕食があることはあるのだけど、メロ用のチョコレートがないので全く話にならず。
マットと二人、しょぼくれて食事をする。

私のあまりのしょぼくれように、マットが「気にすんなって!」と声をかけてくれた。ここにきて三枚目兄ちゃんの優しさが身に沁みる。

「今度から気をつける…」
「ナナも悪気なかったんだしさ!もう少しなんだから機嫌直せよ、な?メロ!」

半泣きで誓う私に見かねたマットがメロの部屋に向かって大きく声をかけてくれる。途端、内側から部屋のドアに何かを投げつけた音が聞こえ、私とマットは顔を見合わせた。

(大丈夫だって…)

声を出さず表情だけで伝えてくれるマットの顔も、若干引きつっていて全く説得力がなかった。

*

いよいよ深夜ー

二人が寝静まった後、明日お金をおろす為の準備に、こっそりキッチンの戸棚を開けに行った。

お財布お財布…とがさごそしていると、何かが手に触れる。

(ん?)

私はそれを取り出し愕然とした。

(チ、チョコレート!!!)

たった数日ぶりなのに銀紙に包まれた板チョコに胸が踊る。包装のせいか禁欲生活のせいか、手に持った薄い四角がキラキラと光り輝いて見える。
我慢して我慢して待ち焦がれたチョコレイト、食べたらさぞかし美味なことだろう。

今すぐメロに届けてあげたいけれど、たった一枚で満足できるか分からないし、せっかく眠りについたところを起こすのは悪いかな、余計不機嫌になったりして…と気が進まない。

何より私自身が妙にチョコレート恋しくなっていたし…このままこっそりひとかけらだけいただいちゃおうかな…。

魔が差してチョコを持ったまま自分の部屋に入ろうとしたちょうどその時、メロが眠れない様子で部屋から出てきた。


瞬間、目が合う。


Lを彷彿とさせる少しクマのできた目元…視線が私の手元まで下がった直後、その目が見開かれた。

「ナナ!それ…!」

メロは見たことのない勢いで私の方に突進してくる。もう私の手元以外、チョコレート以外は目に入らないという様子。

並々ならないメロの雰囲気に、愚かにも私は慌てて部屋に逃げ入ってしまった。
メロは必死になって私の部屋に滑り込み、豹のような目つきでこちらを睨んでいる。

「それ…渡せ」

じりじり迫ってくる様に身動きが取れない。部屋はさながらサバンナだ。睨まれた草食動物のように固まる私。この後きっと、捕獲される。

「今渡すから!怖い!メロ目が怖いよーーっ!」

最近はずっと穏やかだったメロの本気に、私は恐れ入って嘆きの声をあげる。
渡そうと思うけれど、じりじり近寄られると怖くて後ずさりしてしまう。

「あ、焦らないでってば…」
「いいからよこせっ」
「きゃあぁっ!!」
「…っ!」

後ろ向きのままベッドにぶつかり、チョコを奪おうと近付いたメロと重なりあって私はベッドに倒れた。

メロはそれでもまだチョコを取り上げることに夢中で、左手で私の右手首を抑え、もう片腕は私の左手首を抑えながら指先ですかさずチョコレートを奪った。

私の身体を抑えたまま口で器用に銀紙を外すと、チョコレートをパキパキ音を鳴らして黙々と食べはじめるメロ。

本当に野生の動物みたいだな…と、捕まったことで急速に落ち着きつつある胸と頭で、冷静に眼前で揺れる金の毛先を観察する。

私にのしかかる豹メロがひと思いにご馳走チョコを食べ終わったその時、物音に駆けつけたマットの怒鳴る声が響いた。

「メロ!!お前何してんだよ!!」
「あ?」

だるそうに顔をあげたメロは、こちらを見ながら口をパクパクするマットを見て、事態を把握し始めた。

事態というのはつまり、パジャマのはだけた私をベッドに押し倒し、手首を抑え、抵抗できないように馬乗りになっているという事実。

「てめえいくらチョコの禁断症状だろうと言い訳になんねえぞ!!」
「ちがっ!これはっ…」

瞬時に跳びのき、弁解の言葉を探すメロ。
ひどく動揺する姿が気の毒になり、私は助け舟を出した。

「あ、マット…私がチョコレート見つけてすぐ渡さなかったからなの。取り合いになっちゃっただけで、その…」
「取り合い?何もされてないか?」
「されてないされてない!」

手と首を振る私を見て、肩を下ろすマット。

「…いくら禁断症状でも女襲ったりするかよ」

その様子にメロが不機嫌に応戦した。

「…ほとんど襲ってたみたいなもんだろ」

つられてマットまで不機嫌になってしまい、場の空気はこれ以上ない程に居た堪れない。

「まぁナナが無事ならそれで」

マットは吐き捨てるようにそう言うと、扉をピシャリと締め部屋に戻った。


二人してベッドに腰掛けたまま。
部屋の中は気まずい沈黙に包まれ、時計の秒針だけが小さく響く。

「…メロ、ごめんね。チョコがないことでメロがこんなに不安定になっちゃうとは思わなくて…」

改めて謝罪すると、メロは額を抑えて頭を下げた。見たことがないくらい背中が丸まっている。

「いや、すまない。まさか自分でもこんなことするとは…」

マットには威勢良く返したものの、自分の行いについて猛省している様子。
よく見れば、月明かりの下でほんのりと明るい金髪の隙間、耳の方まで赤くなっている。気にしているメロを見て胸が痛くなった。きっかけを作ったのは私の方だ。

「手首、痛くないか?」

メロが思い出したように手を掴み、胸を痛めていたくせに私は驚いて反射的に手を下げてしまった。

「…わりぃ」

気まずそうに視線を投げるメロに、何て言ったらいいのか分からない。
決して怖がってるとかそういうことではなくて、今は意識してるからこれ以上ベッドの上で密着しつつ、肌に触れられたらどうすればいいか分からなくて。
そう思っただけなんだけど、伝わってるかなぁ…。

「あの、違うの!嫌がってるとかじゃなくて」

いや、悦んでいるという訳でもないのだけど!

「ちょっと、その…今はドキドキしちゃって…」

捻り出した言葉のチョイスは、よく考えると誤解を呼ぶものだったかもしれない。
気まずく見上げると、顔を赤くして目を泳がせたメロの表情が飛び込んできて、私の言葉がどんな風に伝わったかは計り兼ねた。

それでも少なくとも、メロがこの世の終わり程に落ちこむ様子ではなくなったので安心した。

「大丈夫!ほら!夜中なんだから、ちゃんと歯磨きしなよ!!」

からかうように軽く睨んで見せると、メロは苦笑いして立ち上がった。
部屋を出る背中に新しく誓いの言葉をかける。

「明日はちゃんとたんまりチョコ準備しとく!!」
「…頼む」

メロはこちらを振り向かないまま返事をすると、静かに部屋を後にした。


*


緊張の糸が解けベッドに後ろ向きに倒れこんだら、さっきの光景が蘇ってしまい心拍数が上がった。いけないいけない、一つ屋根の下にいることを初めて意識してしまった。

もう絶対にチョコだけは切らさないようにしようと学んで、私は胸を抑えつつ寝返りを打った。


*end*
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