あまえんぼはどっちだ?
ボタンを押しエレベーターが地下から上がってくるのを待ちながら、隣に佇んでいるLが爪を噛んでいることに気が付いたお昼時。今日はこれといった展開のない捜査状況。さらには空腹気味。待つことに機嫌を損ねないかそっと観察を試みて、ふとこの暴君が先日寝る間際に放った一言を思い出した。
「ナナはもっと私に甘えたらいい」
5日ぶりの睡魔がいよいよ彼の思考回路を遮断させるその直前、Lは今と同じく爪を噛み、不服そうに一言そう呟いたのだ。
「え、甘えるって…?」
聞くも虚しく、返事を内側に含んだあの日のLはそのまま眠りに落ちてしまった。
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(甘えるって言ったってなぁ)
何が”甘える”で、何ならLが喜ぶ”甘える”なのかいまいち見当がつかない。
高級なバッグや貴金属をおねだりしたらいいの?いや、L相手なら島が欲しいとか、そんな規模?
仕事に行かないでーって泣きつけばいいのか…。
(…それは、ただのわがままか)
明確な音はなく静かにエレベーターが到着する。乗り込みながらちらと横目で確認すると私に甘えるよう言ったことなどまるでなかったかのように、Lは虚ろな瞳で床を見つめている。
エレベーターの奥へLが位置するのを確認して、目的階へのボタンを押した。
向かうは捜査本部が置かれ捜査員が集まる階だ。
スーーンと僅かな重みを私たちにかけながらエレベーターが上昇を始める。
珍しく個室でLと二人きり。
(…あぁ)
この空間においてちょうどいい”甘える”を突如思いついた。大変なぎこちなさを引き連れながら、そっと足を後ろに下げる。
そろ、そろとおっかなびっくり近付いて、右半身をLの身体の左側にぴたりと合わせてみた。
何なら、頭もちょびっとだけ斜めに寄りかかってみたりして。
「…狭いです」
「…まあまあ、いいじゃないですか」
声に抑揚がないものの、そんなのはいつものこと。
避ける仕草はしないので問題はないと思われる。多分。
「もしやとは思いますがこれがあなたの”甘える”ですか」
「うん。ダメ?下手?どう?」
「…」
Lが少し間を置いて会話のテンポを崩すと、たちまちエレベーターの中は沈黙に包まれる。
それでも、Lの返事などよそに私は久しぶりの温もりを堪能する。拒否しないのが答えだと、本当は分かっているから。
「悪くないですね」
「ほんと?やった」
素直じゃない返事に適当な相槌を打って、あと何階分、こうしていられるか現在階を示す液晶パネルを確認した。
高性能なこのマシンは作動音の静けさに反してぐんぐん上昇しているらしい。残念ながらそう長くはこうしていられないことが分かる。
こっそり斜め上に位置するシャープな顎のラインに視線を向けたら、すぐにLが気が付いた。
目が合ったのでほんのり口角を上げて笑うと、Lの顔が覗きこむようにしてこちらへ向かってくる。
「ちょっダメ、監視カメラ」
「見るのは私かワタリだけです」
「ワタリに見られるじゃない」
「死角を狙いましょう」
「もう…」
どんなに言い訳したって迫ってくるLに喜べない訳がない。
ちゅ、と小さな音を立てて秘密のキスを交わすと、身体がふわりと軽くなりエレベーターが停止を控えていることが分かった。
**
「あれ?ナナさん、顔真っ赤ですよ?」
ドアが開くと目の前でエレベーターの到着を待っていた夜神局長と相沢さん、それから松田さんと鉢合わせた。
目が合った途端に松田さんに聞かれ胸がドキリと鳴る。
「そう、ですか?意外と中、蒸してて」
「閉じた空間ですもんねぇ」
「…はい」
慌てて返事をしながら顔を仰ぐと、ぬるい風が頬をなでる。
軽く会釈してすれ違った夜神局長がLに挨拶した。
「竜崎、昼食をとってすぐに戻る」
「ゆっくり召し上がってください。必要があれば呼びますので」
「いつでも、遠慮しないで呼んでくれ」
Lの言葉に夜神局長が重々しく頷く。
「竜崎もご一緒にどうですか?」
半分冗談めかして松田さんが誘うと、相沢さんが少し面倒そうな表情を浮かべた。
そんな二人をLはいつもの調子で受け流す。
「私は確認したいことがあるので」
「ですよねぇ〜。では、行ってきます!」
「竜崎、失礼します」
苦笑いした松田さんがエレベーターの中でボタン操作に腕を伸ばすのが見える。
閉まりゆくドアが先ほどとは立ち位置を真逆にした私たちと夜神局長たちを遮断した。
「確認、何かありましたか?」
今日は特にこれといった引っ掛かりはないと話していたような気がしたので声をかけると、何を言っているんだと言わんばかりの顔をされてしまった。
「大ありですよ」
「あれ、ごめんなさい。何か言ってましたっけ?」
考えを巡らせながら慌てて答える。
焦っていると、妙に生き生きと親指を噛んだLが言った。
「エレベーター内の監視映像」
その声に一瞬立ち止まったものの、すぐに意味が分かり「あっ」と小さな声が漏れた。
「やだ、消してよ!」
「私が映ってますから当然消しますよ……その前に脳裏に焼き付けないと」
「一回で覚えちゃうんだからだめ、恥ずかしい!」
「その照れた表情も今しっかり焼き付けました。ご馳走様です」
「なっ…!もう…」
何だか嬉しそうなLの目に見つめられて調子が狂う。
さっき松田さんに言われたばかりの自分の顔が、今また熱を持っていることを実感する。
それでもこんな風に言ってもらえて、喜べない訳がなくて。
にやけそうな口が恥ずかしくて黙っているとLに確認された。
「…いってきていいですか?」
エレベーターの中でぴたりと身を寄せる自分を頭に浮かべるとどうにも恥ずかしすぎるけれど。
「はい…いってらっしゃい」
Lが喜んでくれるならいいか、と彼に弱い私は結局頷いてしまうのだった。
あまえんぼはどっちだ?