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おまたせ逢瀬
立ち上る蒸気を胸いっぱいに吸い込み、心地よい香りにふう、とため息をつく。
白いカップを傾けて啜るはハーブティー。一日の終わり。キッチンの片隅。

ぽたぽた水分を落とす蛇口を軽く揺すり音を止める。これで良し。邪魔のない至福のリラックスタイム。

最近とても忙しかった。私もLも。同列に並べるのもおかしいかな、Lが忙しければ私も忙しくなるのは当然。例えLが暇になろうとあの人の相手をしていたら忙しそうだけど。

「いや、あの人が暇になる訳ないな。」

例え話でも少し突飛だったかもしれない。気が付けば独り言が漏れていた。

ハーブティーのお供は、目の前に広がる残念な光景。散らかった室内。
Lのプライベートルームにはちょこちょこと来ていたけれど、それはお菓子の作り置きやワタリに頼まれた用事の為で、こんな風に約束をしてゆっくり過ごす為に訪れたのはいつぶりだろうか。

「私の話ですか?」

「ぇるっ!いたの…ごほっ!!けほけほっこほっ…」

振り返るとLが立っていた。少しだけ疲労を滲ませた私のボス。
半分恐怖したまま飲み込んでしまったハーブティーが勢いよく気管に届き、大きくむせ返る。
完全に気配を消したLの登場にドキドキ。勿論、驚きで。

「…びっくりしましたっ!」

「びっくりした、です。もう一回。」

「はい?もう…。

びっくりした。驚かさないで。」

Lのご所望通り敬語を解いて言い直すと、指の添えられたご機嫌な口が「やっと二人きりになりましたね。」とイタズラ調に呟いた。

「そうですね。…ぁ。」

おっと、またうっかり。
言ってすぐ、自分の口元を押さえるハメに。

Lが"やっと"と付けた通り、私たちは最近全然二人きりになれなかった。おかげで敬語の方が馴染んでしまった。
みんなの前でうっかり馴れ馴れしく会話してしまうよりは、二人の時間にうっかり敬語を使う方がずっと安全だからいいじゃないかとそう思うのだけど、Lはこれをあまり良しとしない。

少し不機嫌になったLは私からカップを奪い取り、中身を一気に飲み干してしまう。ちょうど目線の高さで動く喉仏。

「L!それ甘くしてないよ!?」

「…おかげで著しく口に合いません。

が、」

苦虫を噛み潰したような表情で口元を拭ったLがカップを持つ手とは反対の手で私を引き寄せ、包み込むように後ろから抱きしめた。

「目的は果たしたので構いません。」

目的?そんなに抱きしめたかったか?
分からないなりに考えてみるけど。

そんなことより、久しぶりすぎて。

Lってこんな匂いがしたっけ?
男らしい、けれど清潔で上品で、何だか色気がある匂い。こういうのをフェロモンていうのかな。

寄りかかった冷蔵庫以外で背中が温まる感覚も久しぶり。
じわじわと実感がわいてきてしまう。ハウスにいて、Lという人に想いを馳せ憧れていたあの頃。

「L…苦しい、です。」

「…。」

「苦しい…ってば。」

向きを変えようと思ってもそれを許してくれない強い腕。

「ナナに何故ちょっかいを出したくなるのか。」

「はい?」

「分かりますか。」

「さぁ…。いつも迷惑してます。」

強気に返してみるけれど、胸の中では蘇った想いが大きなときめきになり、うまいこと緊張が抜けてくれない。
腕を緩めたLが私の肩を掴んで回し、私たちは久しぶりに恋人の距離になる。吐息がかかるくらいの。産毛だって見えちゃうくらいの。

「ナナの他人には見せない顔を見たいんです。一人占めしたいんですよ。」

本気なのか、重ねてからかっているのか分からない。
それにこんなことを言われたらどんな表情でいればいいかも分からない。
けれど普段何を見ているか分からない黒い瞳の奥が、今確かに私を見つめていることだけは分かる。
それはこの瞬間に存在する真実。

憧れのLが私を想ってくれていると確信しても、いいんだよね?

「待ちくたびれました。今日は離しません。」

「ちょ…大サービスで…鼻血出そうです。」

「ナナが鼻血を出す姿も見ておきたいので気兼ねなくどうぞ。」

「嫌です!」

話しながらじりじりと迫る上半身、近付く愛しい口元。

「…こうできるのも久しぶりです。」

仰る通りです、ところでLから私への敬語は例外なのですか。
少し睨んで目の前の胸元を小突く。

「ナナ…待ちましたか。」

気遣ってくれる問いかけ。
意地悪なボスが曲げた人差し指で頬を優しく撫でてくれたら、憧れの人に甘やかされていると自覚するのに時間はかからない。

わざと恐く作った顔が自然に緩み、近づく唇に応じる頃には、敬語なんてどこかに吹っ飛んでしまった。

「…待ちくたびれたよ!」

おまたせ逢瀬
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