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「ナナちゃん、コーヒーお願いできるかな?」

初めて疑いの言葉を打ち明けられた時のように、今夜もLと私の他に月くんだけが捜査本部に残ってしまった。

「あ…はい、ちょっと待っててね」

半分上の空で返事をして、私はキッチンへと足を進める。

お湯を沸かし、待っている間に布巾で作業スペースを拭きながらぼんやりと考える。今回の件はつくづく私を落ち込ませた。こんなに動揺してしまうのではLの側で仕事をするのに向いていないのではないか、と。

ポケットのあたりに手を落とし生地の上からそっと撫でた。Lからの預かり物がポケットの内側から自身の存在を主張している。


*


「これです」

キッチンにきて小声で話すLから、華奢なチェーンの通された指輪を受け取ったのは数十分前のこと。

「?」
「別件で捜査中の事件にて扱われた、最重要となる物的証拠です。ナナさん、これをしばらく預かってください」
「えっ!何で私が…」

声を上げないよう注意しながら死角でコソコソと会話する私たち。

「"いかにも"な人物が持っていたのでは意味がないんです。失くさないでくださいよ」
「い、いやいや!できないですって!」
「お願いします。私言いましたから」
「竜崎待ってください!ちょっ!」

…せめて私の話を最後まで聞いて欲しかった。"最重要物的証拠"はタイミングがなくポケットに入れたままになってしまい大変に心許ない。重ねて神経を使う出来事が発生して私の脳内は静かなる大混乱を迎えた。


*


コーヒーを淹れ終わり、Lと月くんのところへ届ける。三人ともに無言で妙に気まずい。

空気にいたたまれなくなった私はシンクに残った食器を片付けようと再びキッチンに向かう。さて!、そう掛け声しようと思ったその時、月くんの声が届いた。

「ん、これナナちゃんの落し物?」

掛けられた言葉にコースターでも落としたかな?とキッチンから顔を出した私は、床を見て血の気が引いた。

そこに落ちていたのはLから預かったチェーン付きの指輪。
さいじゅうようぶってきしょうこ。

「ひゃあぁあぁあ!!」

妙な声を上げ、屈んで拾おうとしている月くんを静止するよう手を出しながら走る。チェーンの端を持ち上げた月くんから奪うべく勢いよく指輪を掴んだ。

「ありがとね!!!」

お礼を言って指輪部分を引き寄せる。これでこの話はおしまい。頼むね、頼むよ?






数秒待ってみたものの月くんはチェーンから指を離さない。こちらの様子を注意深く観察する顔つきに冷や汗が出るのを感じる。

「随分慌てて…珍しいね。さっきの、何だろう、指輪?」
「え!!ちがうよ!!」

必死な否定がかえって疑いを深めた。月くんがチェーンをぐっと引っ張り、指輪が私の手をすり抜けて飛んでいく。

「かっ、返して!」
「…これ、やっぱり指輪だね。ナナちゃんの?」

違う!

違うけど、違うなら何故持っているのか、その方が怪しいことに咄嗟に気がついたのは私にしては上出来だと思う。

「そう!私の!返して!!」
「…自分のなら何でそんな慌てる必要がある?」

しまった!

「た、大切なものだからっ!」

ああ、聡明な月くんが相手だ。次に問い詰められたらうまい言い方はもう思い浮かびそうにない。

おもちゃを取り合う兄妹のように手を上げこちらを交わす月くんに必死についていく。

「ん、刻印もあるね。なになに」
「わーーー!!!」
「・ ∞ X…」
「…!」

その瞬間Lが満を持して椅子から飛び降りた。

この世の終わりみたいな顔、と表現されるであろう私の絶望顔がLに向けられる。Lはこちらを見ず、ぺたぺたと近寄ると月くんから指輪をさっと奪い取った。

「嫌がっています」
「何だよ竜崎…」

ああ、Lに怒られる。クビかもしれない。とにかく月くんが指輪を物的証拠の品と気がつかないで済んだならそこだけはかろうじて助かった。

「ナナさん、もう真相を告げましょう。構いませんか?」
「…え?」

それって、私たちが付き合っていることをバラすということ?

「だめだめだめ!だめです!!」

必死に止める私と、Lの言葉がちょうど同じ時に重なった。

「ナナさんは婚約してるんです。そこに彫ってあるでしょう、Xと」

「あ、あぁ」
「捜査には全く関わらない方です」
「はは…そうだったのか、じゃあ言ってくれればいいのに」
「月くん、あなたはキラの疑いを持たれてるんです。フィアンセの名前をイニシャル一字だって知らせたくないのは当然のことです」
「竜崎…僕はキラじゃない」

二人の間に流れる空気が途端に固くなる。
私は自分も知らない婚約者の話についていけず混乱していた。
物的証拠に何故私のイニシャルが?偶然の一致?

「勝手な真似をしてすみませんナナさん。しかし明かしたのはイニシャルだけなので、万一月くんがキラでもお相手の命は守られると思います」
「僕はキラじゃない!」
「そうですね、今は」
「竜崎!」

二人は呆然とする私を置いて、言い合いながらモニター前に行ってしまった。

えーっと、一体…これは…?

狐につままれたような気持ちで、私はその場で立ち尽くした。


*to be continued*
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