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「だーーかーーらーー」不機嫌。
「深い意味はないですって!」
無愛想。
「私に自信がないだけなんです。…ねえ」
駄々こね。
シャワーを浴びようと浴室まで来たのに、Lが扉前にしゃがみ込んで動かない。
我慢の限界が来て私はついに声を荒げる。
「エル!!」
「そうですそうしてください」
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事の発端は、私がLにしたとある提案。
「油断しそうだから、疑いが晴れるまで常に敬語で話そうと思うんです」
Lはその場では「そうですか」としか言わなかったので、てっきり受け入れたものだと思っていた。
ところがコーヒーカップを交換しに行ったら、びっくり。
ザラザラドロドロになった砂糖が、カップから溢れてトレーを汚していたのだ。
どれだけ角砂糖突っ込んだんだ…
怪訝に思いながら片付けた辺りでLは席を立ち、どこかへいなくなってしまった。
そしてこれ。
そろそろシャワーを浴びさせてもらって自分の部屋に戻ろうかな、と考えていたところ、浴室のこんなところにLが指を咥えて座り込んでいたのだ。
「何やってるんですか!?」
「気にしないでください」
「…じゃシャワー浴びるのでどいてください」
「嫌です」
「…」
「…」
「では私は自分の部屋のシャワーを浴びればいいですか?」
ため息と共に吐き出すと、Lはさもこちらが察しの悪い人間であるかのように反抗的な視線を寄越す。
「そんなこと言いました?」
「言ってませんが、そこをどいてくださらなければそうする他ないですから」
言っていてまどろっこしい。
常に敬語も疲れるな。でも公私で完璧に使い分けられる自信がなくなってしまった。陰でたった一言「ちょっと」と言っただけで月くんに勘付かれてしまうのだ。もっと大きな墓穴を掘ってしまってからでは遅い。
私はどうしたって、"夜神月"にこの関係を知られたくない。
「竜崎」
「…」
「返事してください」
「私は竜崎ではないので」
「子どもじみてると思いません?」
「思いません。大切なことなので譲れません」
…大切なこと。
そうだよ、私だって。
大切な関係の為だもん。
「じゃあ部屋に戻ります」
「勝手にどうぞ」
そう言ってはみたものの、一日の終わりがこんな別れ方では後味が悪い。それに何よ…譲らないって言った側から勝手にどうぞ、なんて。
我慢の限界が来て私はついに声を荒げる。
「エル!!」
「そうですそうしてください」
私はしゃがんでLの前にぺたりと座る。
「だって…不安なんだもん。私、失敗しそう。ううん、絶対してしまう。
もしLとのことがバレて、一緒にいられなくなっちゃったらどうしよう…。
Lとずっと一緒にいたいの。
だから…」
視界がぼやけ、歪みだす。
一度浮かび出してしまったらもう止まらない。
涙と本音はポロポロととめどなく溢れてくる。
「おいで」
Lが引き寄せてくれる。
素直に従って胸の中に収まる。両腕にしっかりと抱きとめられればこんなに幸せなことはない。頬を擦れば伝わってくる、Lの温度。
だけど、だから。それ故に怖い。
これを絶対に失ったりしたくない。
ひっくひっくとしゃくる呼吸に合わせた肩が、小刻みに震えるのを抑えられない。
Lは黙ったまま、落ち着くまでしばらくそのまま抱きしめていてくれた。
「あなたに"エル"と呼ばれることが、いかに特別なことか」
二人の温度がすっかり混ざって、一体どこからが相手の体温か分からなくなった頃、Lが口を開いた。
「ナナがそう呼ぶのを止めるのなら、あの者によって私たちの関係に水を差されたのと同じことです」
私はハッとする。
そうだ…秘密にしたい一心で、二人の関係を蔑ろにしては本末転倒だ。
「あなたが何かミスをしたとしても私が必ずフォローします」
そこまで聞いて、全部を言わせてはいけないと思った。
「L…ごめんなさい。ごめんね」
私はLを抱きしめる。
Lはもっと強く私を抱きしめる。
頬に相手の熱を感じているのに唇を合わさずにはいられなくて、私たちは何度もキスをした。導かれるように誘われるように、奪い合うように、そして確かめるように。
何十回目か、唇が離れた時に訊いた。
「シャワー、浴びてもいい?」
「どうぞ。上がってもまたシャワーを浴びることになると思いますが」
Lを貪るのに夢中になり、床の上に倒れ込んだせいで乱れた髪を指先で整える。
「分かった。待ってて」
私は返事をして、やっとのことでボタンに手をかけた。
*to be continued*