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同じこと思ってる?って言いたくなるような。
失言だ。

「まずいって、どうかしましたか?」

松田さんのきょとんとした表情を受け、それを悟る。

発言は”え、もう10月31日!?”までで良かった。
1ヶ月があっという間だとでも言えば良かったものを。私の馬鹿。

向こうでこちらを振り向くことなくモニターを見つめるL。から感じる無言の圧。


**


嘘は嘘を呼ぶものである。

「いやぁ、ハロウィンスイーツくらい用意しようと思ってたの、すっかり忘れてて!」

そう言った手前、仕方なく掻き混ぜている。
ボウルの中、生クリームとかぼちゃのペースト。

ハウスで散々言われた言葉が脳裏をよぎる。

“嘘は管理できる範囲でしか用いないこと”

分かってるってば。大丈夫、ひとまずは問題ない。だってハロウィンスイーツを用意すれば、私は失言を誤魔化せる。


本当にまずかったのは、Lの誕生日を忘れていたことだ。


ぐるぐる混ぜる手元の揺れはそのまま、私の頭の中の揺れ。

(毎年なんだかんだお祝いしていたけれど、どう考えても今年は無理だ。例年通りにやるのはムリ。まず不可能。)

捜査中であることはあまり関係ない。ここ数年はいつもそうだった。
それより関係を隠して日本警察と関わっている今、私的な繋がりを感じ取られる方に問題がある。

この捜査本部は夜間にも人が出入りするし…。

それに元々、私がお祝いの言葉をかけてもL自身はどこか他人事で、「老化への道筋を順当に辿っているだけ」とか「祝福はいらない」とか屁理屈のようなことを言ってばかりでもあるし。

重なった要素に仄かな憂鬱を覚えて、なんとなく頭の隅っこに追いやっていた問題は、忙しさの波にのまれていつのまにか存在を隠していたらしい。

急速に思い出された今、情けないやら焦るやら。

ハロウィンスイーツだなんて、馬鹿みたい。
皆さんでどうぞ、なんて振る舞うよりずっと大切なことがあるのに。

不貞腐れてつい尖る唇を、誰かに盗み見られぬようすぐに引っ込める。
こういう気遣いだって、本当はうんざりなのだ。


…Lの生き甲斐ならば仕方がないのだけど。
私は早く元の生活に戻りたい。でも「元に戻る」なんて考え方を、彼はしないだろうから私も飲み込む。


傾けたスティックの先からさらさらと薄茶の粒がこぼれ落ちていく。

数年前、パンプキンプリンにメープルシュガーを入れたら喜んでいたから。
Lの目が、気に留めるようにパッと見開かれたあの瞬間が思い出されて、今でも胸がきゅっとなる。

だから、Lのクリームにだけはメープルシュガーを入れてあげる。

Lはずっと、特別。


**


「皆さんでどうぞ」

不本意ながらもできることはする。
この謎の事件に立ち向かっている勇敢な方々へのねぎらいは大切だと、本心で思うから。

「ああ、そういえばハロウィンの時期か」

相田さんが、この日を忘れていたような声をあげる。
彼もまた、はっと何かを思い出した表情をするので、つい気持ちが引き寄せられた。きっと奥様とお子さんとの時間のことだろう。

「わあ、美味しそう!いただきます!」

松田さんがにこやかにプリンカップを持ち上げて言った。


**


シンクを片付け、道具も整理して、私自身はフリーな時間になった。
あとはもう、「リュウザキ」の片腕として捜査の手伝いをする時間。

「竜崎、こんな時間に妻から連絡があった。申し訳ないが10分程席を外してもいいだろうか」

交代で仮眠を取りながら捜査を進める夜間。
夜神局長の申し出に、絶好のタイミングを見つける。
何せ今、私達と夜神局長しかいないのだ。これはチャンスではないのか。

まだ出してない、よけておいたメープルシュガー入りパンプキンプリン。日付は間もなく変わる。私のものになるところだった。

「構いません。本来休んでもらう時間ですから、焦らずに話してきてください」

Lが速やかに許可を出す。私は何でもない風を装って、慌ててコーヒーを用意する。

夜神局長は真面目な方だから、きっと最短で用件を切り上げて戻ってくる。
私とLとワイミーさんの3人でいられる時間は短い。5分と見積もるべき。

「ナナさんも、すまない」
「お気になさらず」

通り過ぎる夜神局長に(むしろ長く席を外してくれてもいい!)と若干不謹慎で勝手な念を送りながら、笑顔を向ける。

ドアが閉まる。足音が遠ざかって、数秒。

もう戻って来ない。
シンクの私と、PC前のLと、アイロンをかけるワイミーさん。
今ならいける。

そうタイミングを取って、急いでエルの元までトレーを運ぶ。

私が近づくと、デスクの上にスペースを作るLはさすが察しが良い。

「エル。いちおう、おめでとう」

念のため言葉は最低限に。でもどうしても、それくらいは口にしたかった。

「ナナさん、ありがとうございます」

ちら、とこちらを見た後にプリンを手にするLは、いつもと同じ動作と雰囲気だ。参ったよ、L。ここじゃそれが正しい。

でも一口プリンを食べたLは、わざわざ憎まれ口を叩いた。叩いてくれた。

「忘れてたくせに」

だけど今となってはそれすら嬉しい。

だってその言葉、私達でないと理解できない。

「いらないって言ってたくせに」

同じような言葉を返して、空のシュガーポットを回収する。

その瞬間、やはり真面目な夜神局長が大幅に予想を上回って戻ってきた。

「夜神さん…早いですね」

そう放ったLの台詞は、声量が違えば夜神局長へ向けた言葉だと思っただろう。

だけど、Lの声は小さかった。ドアの前の夜神局長ではなく、私に言っていた。
だよね、早すぎるよね。私も同感。


同じこと思ってる?って
言いたくなるような。


久しぶりにエルの声を聞いて、お互いに話をして、こんな会話とも呼べなそうなやりとりだけで顔がにやけそうになる。不思議と振り向いた足取りが軽くて、こんなにも気持ちが高揚するものかと思ってしまった。

禁断症状なのかしら。
前はこの人に、そこまでときめかなかったのにな。

制限されることで欲する気持ちが増えてしまうなら、この期間中に私がLに夢中になってしまうこともあるのかもしれない。


……そう思うと、事件解決を急がねばならない、と改めて思えてくるのだから、全く、動機が不純で困りものである。
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